だれ
「はぁ……」
「……イル様、ため息つくのもうやめて貰えませんか? あの前向きすぎて鬱陶しい貴方がそんなんだと不気味で仕方がないんですけど」
「……カーチス、お前、言うようになったな」
カーチスは何故かゲンナリした顔で俺を見たあと、酒を勢いよく仰ぎ、ぷはーっと景気良い息を吐いた。
俺たちはレイク男爵領の街バロウズの酒場で夕食ついでに少々酒を嗜んでいた。
イレオラ地方にようやく着いたのは王都を出発して3日後、レイク男爵領に足を踏み入れたのは4日後の今朝だった。
隣国オーリアとの国境に構えられた砦をくまなく捜索するも、定時連絡のために城をたった兵は見当たらない。
砦に駐在していた騎士達もおかしいと思い使いを出したらしいが勿論、その騎士も城には着いていない。
丸1日をかけニルドの森を捜索するが手がかりはなく、当然精霊も姿を現してはくれなかった。近頃、フェリルや千年樹のティティー様の件で精霊を身近に感じていたが、そもそも精霊とは伝説めいた存在に過ぎないのだ、と痛感する。
「しかし、ため息つきたくなるのも分かります。トンプソン殿も仰って居ましたが、盗賊だの、不法入国者だの、野盗だのが多すぎますよねココは。国境付近ってこういうものでしたっけ?」
「いや……」
ここの砦の騎士隊長であるドリュー・トンプソンは一年前程から徐々に不法入国者や国境付近の諍いが増えだし、今ではひっきりなしだと愚痴をこぼしていた。
砦の人員で捌ける程度ではあるが明らかに多くなっている上、辺境の地であるが故に援軍の要請は断られてばかりだと。
正直に言ってトルヴァンの騎士や貴族の実戦経験の低さは問題だ。大昔に得た爵位を享受したまま、戦争に行くことも無くのうのうと国に仕えている貴族はもちろん、大半がその貴族の子息で構成された近衛騎士団はわざわざ面倒な国境なんぞにいきたがらない。
今回の遠征もウチが手を挙げなければ城でも王都でもない町の騎士達がかき集められて遠征隊が組織されただろう。
しかし、今回の遠征は非常に大きな意味を持つ 。厳秘の情報と特命を放棄して何が貴族か。平和で穏やかで美しいのが我が国の美徳だが、危機感がなく、色々な意味で他人任せなのは問題だ。
陛下や兄、マーデリック公爵の話によるとイレオラの精霊達がなにかおかしいらしい。不法入国者も治安が悪化しているのも無関係ではないだろうし、何より農作物の収穫高も魔石の採掘量も少しずつ減っている。
なにもかも‘加護’が減ったせいだ。
長年姿を見せもしない伝説めいた精霊に頼りきった結果がこれか、とため息も吐きたくなる。
「あ、でもイル様のそれは別件でしたっけ、フェリル嬢の」
「すまん、こいつにこの店でいちばん強い酒を頼む」
「ぇぇえええ! 潰す気ですか!?俺明日早番なのに、潰す気じゃないですか!」
「うるさい、団長命令だ」
カーチスはもちろん部下の誰にもこの国の危機を話す訳には行かないが……。
ニヤニヤと嫌な笑みでこちらを見てきて憚らないこの鬱陶しい部下を一体どうしたものか……。まあそもそも俺がカーチスにフェリルとのあれこれを話してしまったのが悪いんだけど。
「あいよ。ここいらじゃこの酒以上に強いもんはないよ。なんだい、あんちゃん失恋でもしたのかい」
「ははは、そんなところですね」
「ちょっと! 何勝手に俺を失恋させてんですか!」
恰幅の良い女将が樽瓶に並々と注がれたそれをドンッと置いた。カーチスは「え、本当に来たんだけど…」と青ざめているが知ったことではない。
「あんたら砦の騎士かい? それにしちゃあやけに品がいいし、見たことない顔だねえ」
ぐびぐびと目を閉じながら酒を煽っているカーチスを尻目に俺はニッコリと微笑んだ。カーチスは酒が好きだが酒に弱いという残念な体質の持ち主で、自身が言った通り明日は早番だがまあ、気にする事はないだろう。遅刻したり腑抜けた様子であれば、俺が手ずから気合いを入れ直してやるまでだ。
「今朝王都から来たんです。補充のようなものなのでご心配なさらず」
「ああ、どおりで。あそこの砦の連中はここいらの村や町の出の荒くればかりだからねえ、あんた達みたいに上品で小綺麗な顔はなかなか見ないよ。こんなに綺麗な金髪に碧眼なんてまるで王子様みたいじゃないか」
王子様がこんなとこに来るわけないけどねぇ、と言ってガハハと笑う女将に合わせ客が野次を飛ばすが、ちらほらといる騎士達は顔を背け青ざめていた。
「いえいえ、こんなに素敵な店があるのならば王族の方だって通われるでしょう」
「まあ! やっぱり都会の男はひと味違うねえ、ほら、あんたらも見習ったらどうだい」
ほんのり頬を染めて客に檄を飛ばした女将から目を逸らしたカーチスが「げぇ」と言っている。それはどういう意味か問いただしたいところだが、普通に酔いまくって気分が悪い可能性が高いし今はカーチスなんぞに構っている暇はない。
「しかし、我々が補充される程近頃は物騒な事が多いようで……。我々騎士団の力不足を反省し、心配していたところです」
「ああ、そうだねえ。別にあんたらのせいってんじゃないだろうよ。騎士連中はよくやってくれてる。でも確かに、近頃ここいらの治安は良くないし、作物の実りもイマイチだ。領主様もめっきり姿を見せなくなっちまったし、不安だらけさね。もし本当に王子様にでも会えるんならこの状況を知って欲しいよ」
「王都に持ち帰りましたら、必ず陛下並びに大臣殿にお伝えすると誓いましょう」
「陛下に謁見出来るくらいの立場の人間なのかい? やっぱり顔がいい男は仕事もできるもんだねえ」
ガハハ、と再び笑った女将に笑みを返し更に顔色が悪化しているカーチスを横目に見る。
なぜだか周りの砦の騎士達も顔色が宜しくないが。
「して、女将。領主とはレイク男爵の事かと推測しますが、彼は何か病にでも?」
「いいや、そうじゃないんだ。使用人も随分帰しちまって、屋敷のものは外にほとんど出てこない。……まあでもあんなことがあったんだ、仕方が無いよ」
「あんなこと?」
目を伏せた女将にそう尋ねると、彼女はこくりと神妙に頷いた。
「娘が亡くなったんだ。ティアナっていう可愛い子だった。ここいらじゃ珍しくあんたみたいな金髪にくるみ色の瞳をした……」
「金髪に、くるみ色の瞳?」
ティアナ・レイク。
まさに何にも興味を持たなかった弟が、夢中になっている行儀見習いの少女のことだ。でもおかしい、彼女は確か、見事な赤毛に空色の瞳だったはず……。
「赤毛に空色の瞳ではなく?」
「はぁ? 何を言ってるんだい。私はあの子がおしめをしてる時から見てるんだよ」
「失礼。ちなみにどうして亡くなったのでしょうか」
「もう一年くらい前の事だったかね、ニルドの森で迷って、崖から落ちたんだ。まだ10歳だったのに……可哀想に」
「そんなに若くして……」
ティアナ・レイク嬢は確か16歳。俺も見た事も話したこともあるが、どう見ても10歳ではない。
「ああ、あの時の領主様と奥方様は本当に見ていられなかったよ」
「そんな不幸が……」
…………だとすれば、城にいる‘ティアナ・レイク’
は一体誰だ?
いつもありがとうございます!
長らく更新できず申し訳ございませんでした……。
またぼちぼち一日一話目指して更新していこうと思います。




