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たいじ





視界の端に映った見覚えのある赤毛に、僕は咄嗟に身を隠した。


「あれ? おかしいわね、ユーリ様がいらっしゃった気がしたのだけど……」


キョロキョロと辺りを見回した彼女は首を傾げて来た道を戻っていく。

小さくなる背中を見送って、はぁ、とため息をついた。



……なんで僕は隠れているのだろう。



つい数ヶ月前までは時間を作っては彼女に会いに行っていたはずだった。彼女との時間はまるで全てを忘れられるほどに穏やかで、常に深慮を、求められる立場であっても何故だかなにもかもが、どうでもよくなる心地になった。


彼女といる時だけは僕は僕の求める理想の自分であれる気がしていた。何事にも理性がざわめかず、心は酷く凪ぎ、冷静で落ち着いた自分である気がしていた。


近頃の僕と言ったら理想とは程遠い。自分の感情がよく分からず制御出来ずおかしな行動ばかり取ってしまう。交流会を体調不良で欠席した件など最悪だった。体調管理さえろくにできずあのフェリル・マーデリックに助けられるなんて……。

ただでさえ不要の王子だと言うのにこれでは不要どころかゴミじゃないか。

フェリル・マーデリックと出会ってからというもの何もかもが上手くいかない。自分が自分でわからずイライラして仕方がないし、その感情が鬱陶しくて仕方がない。



……多分、ティアナ嬢のそばに行けば、こんなぐちゃぐちゃな気持ちもどうにかなるんだと思う。フェリル・マーデリックのことに関するもやもやも、この気持ちの悪い感情に対する嫌悪と戸惑いも、何もかも忘れられるだろう。




「……じゃあ行けばいいじゃないか。なぜ隠れるんだ」




何故だろう。どうして僕は彼女から逃げているのだろう。あんなに恋しいと、会いたいと思っていたはずなのに……。



もうずっと、彼女を避けている。一時期は王族にあるまじく、彼女とどうにか結ばれたいとすら思っていたのに。今は会うのが恐ろしい。……何故?


その代わりに体調を崩して寝ているというフェリル・マーデリックの元へ通っているのも謎なのだけれど。……まああの背筋が凍るような目をした執事に阻まれて一度も顔を見ることは叶わないが……。一体あの男は何者なんだ。



「僕は何がしたいんだ……」





「ユーリ?」




柱の影に隠れたままだったところで、突然かけられた言葉に情けなくも肩が跳ねた。


バッと振り返ると、眩しい金髪と眉の下がった怪訝な笑顔と視線が交わる。



「い、レネー様」


「何してるんだ? こんなとこで」


「あ、その……散歩です」



笑顔を貼り付け飛び出した理由は割と苦しいもので。イレネー様は怪訝そうに片眉を上げたがそれ以上は何も言わなかった。



「それより、良かったな。ジェンシー殿下の件。片がついて。同盟も上手く纏まって良かった」


「はい。お陰様で……。色々とご迷惑をおかけして申し訳ありません」


「迷惑? 全然! 巻き込まれたのはお前の方だろ? 本当に面白い奴だよなフェリルは」



ははは、と笑いながら、あの時はどうだった、だの、あれは本当に驚いた、だの、楽しそうに語り出すイレネー様に何故かムッとした。まるで旧知の友のようにサラサラと流れるように話される思い出話はどれもこれも僕の知らないことだ。共に居た期間は長くは無いはずなのに、二人の時間は僕よりずっと濃密なものだったのだろう。



「ザイオンの使節団が帰るまで、公にはならないだろうが、婚約者役も終わりなのだろう? 良かったじゃないか、これでユーリも想い人と」


「イレネー様はどうしてここに?」



もうこれ以上聞いていたくなくて、発した言葉は思いのほか大きくてイレネー様は目を丸くした。


それから、斜め上を向いて顎に手を当てる。



「俺はユーリを探してたんだよ」


「私、ですか?」



やけに真剣な顔をして頷いた兄に、きちんと正面に向き直る。それから少しの沈黙の後兄は言った。



「実はな、フェリルに会いたくて」


「は?」



…………なんて言った?


聞こえた言葉が信じられなくて、間抜けに返した僕に、イレネー様はほんのり頬を染めてはにかんだ。



「随分、城に来てないだろ? 彼女。交流会でも忙しくて遠目で姿を見ただけだったんだ。話したいことがあるんだけど、会えなくて。マーデリック公爵に尋ねたら珍しくしおらしい顔で、体調を崩している、と言うじゃないか。用事ついでに見舞いに、と思ったんだが、彼女、仮にもお前の婚約者だった訳だしさ」


「……まだ一応婚約者のままです」



嘘だ。


彼女が本当に体調を崩しているのであれば、このままジェンシー殿下が国に帰れば終わる関係だ。聞かれない限り、フリをする必要はもうない。

婚約者役、だなんて脆い関係、既に破綻しているのに。僕とフェリル・マーデリックの関係はお世辞にもいいものでは無かった。全く噛み合わず振り回されっぱなしで調子は狂うし、最悪だった。



それなのに、なぜ、僕は咄嗟にこんな嘘を………。


何故彼女の打算もなく屈託のない笑顔がチラつくんだろう。飾らない真っ直ぐな言葉が懐かしいのだろう。なぜ、子供のような頭お花畑の無邪気な姿が羨ましいのだろう……。



「ははは、婚約者……まだ、そうだな。ジェンシー殿下が帰るまでか、そうだな」



ぐちゃぐちゃの気持ちの悪い感情に体全てを乗っ取られたようで混乱の最中の僕を置き去りに、イレネー様はうんうんと頷き、それから眩しい笑顔を向けた。僕には到底真似出来ない、フェリル・マーデリックと似た屈託の無い……。



「ではそのお前の婚約者役(シゴト)が終わってからで構わないけど、そのあと俺が申し込みに行きたいんだよな」


「も、申し込む?」



……なにを、



はにかんだ笑顔で頬をかく兄を呆然と見つめる僕はどんな顔をしているだろうか。いつものように笑顔を浮かべられているのだろうか? 尊敬するこの優秀な兄にまさか酷い顔などしていないよね、まさか、なぜ僕が……。


どくどくと嫌に鳴る心臓が痛い。喉がカラカラでひりついて、この意味のわからない謎の動揺をどうにか誤魔化したくて、僕は咳払いをした。



「彼女を俺の婚約者にしたい。役ではなくて、本当の」



依然として爽やかな笑み。少し照れくさそうに笑うイレネー様の瞳は、僕が知る兄よりずっとずっと、真剣で






「ユーリ、いいよな?」









吐き気がした。









いつもありがとうございます!

ブクマが1000越えました〜わーい!ありがとうございます(o_ _)o余裕が出来たらSS書こうと思います!

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