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てぃてぃーとくに


シーフーがフェリルを連れて屋敷を出て数日、私はあの日以来王城と屋敷を往復する毎日を過ごしている。


理由は簡単だ、もう馬鹿な王弟のままでは居られなくなったから。何しろ自分の娘が殺されかけたのだ。

目的は謎だが、やることは腐るほどある。


これまでだって私は兄に散々「精霊に頼らぬ治世を」と進言していたわけだが、これはいよいよ実力行使に出るしかない。目的が何にせよこの国の脆弱性をどうにかしなくては。



「なんなのかしら。ついにドレイクが死んだの?」


「ティティー様。勝手に私を殺さないでください」



兄ドレイク王が鐘を鳴らした途端、ふわりと現れた新緑色の髪の少女はそのまま腕を組んでビロードの敷かれた台に腰をかけた。


……ということで、まず頼る相手が城にただひとり常駐している精霊というのが皮肉な話であるが、この気まぐれな精霊に聞きたいことが山ほどあるのもまた事実。



「あら、ダミアン。アリエルは元気?」


「ええ、まあ、多分……。もう何年も会ってはいませんがやり取りする文で私を罵ってくるくらいには……」


「相変わらずね、元気そうで良かったわー」


ぐーーっと伸びをするティティー様に膝をついたままの私たちに彼女は首を傾げた。


「で、今日はなんの用かしら」


透き通るような新緑色の丸い瞳がじっと兄を見てそれから私を見る。何もかも見通すようなこの瞳はまさしく彼女の性質を表している。

彼女は千年樹と呼ばれるトルヴァンの神話にすら出てくる神の樹に宿る精霊だ。国中樹の根が張る場所全てから彼女は色々なことを知ることが出来る。


そもそも精霊とこの国の歴史は深く、大昔この地に住まう精霊と旅の人間が恋に落ちたのが建国の始まりと言われている。王族はその子孫で古くは精霊の血を引いていた、らしい、がおとぎ話のようなものだ。

戦乱に荒れ狂う大陸にあって、トルヴァン王家は戦争の放棄を誓い、小さい国土を広げず今ある国土と自然を守ると約束した。

代わりに精霊はこの国を守り水や大地に祝福を与えて、食物や資源を少しばかり豊かにしてくれる。…………と国民は思っている。


大方そのおとぎ話の通りであるが、元々精霊と人間は相容れない。仲が悪いとかそういう話ではなくて性質が違いすぎるのだ。


精霊は仕事とか約束とかそういうものも守れない。人間の常識ももちろん通じない。この国の精霊達の母であり、姉であるような存在のティティー様の言いつけに従って、なんとなーく気まぐれに風を操り、木々を動かし、国外の人間を惑わせ、侵入を拒み、なんとなーく水や大地を愛し祝福を授けているだけに過ぎない。

そのティティー様ですら大昔の始まりの王族の盟約をふわーっと何百年も守っている……というか、破る理由も別にないし、みたいなそんな感じだ。


それを人間はたくさんの年月を重ねる毎に精霊はものすごく偉大な力を持ちこの国を何者からも全力で護ってくれている、と思っている。


国王である兄ですらそうだ。


それは精霊という存在が人間の前に現れない為でもあるだろう。彼らは最早伝説めいた存在の精霊に対し過分な期待と過分すぎる信頼を持っている。まあそりゃそうだ、確かに精霊の力は絶大だし、ここ何百年もこの国は侵略を許していないし、何を隠そうこの私もアリエルと出会うまではそう思って疑わなかったのだから。この国は他とは違う、戦争ばかりの野蛮な国とは違う。これから先何千年先もきっと、安泰だ、と。



けれどそれは大きな間違いだった。



実際の精霊は酷く気まぐれで自由で、忠誠心など欠片もなく、束縛を嫌い人間の常識になど興味が無い。むしろ人間にすら興味が無い。

好きな時に気まぐれにちからを使い、好きな時に休む。

……考えてみればそうだ。もし精霊が全力でこの国を守っているのだとしたら国境付近の小競り合いも、紛争も、小さな内乱も、自然災害も皆無なはずなのだ。

私はアリエルと出会ってその想像上のものとの乖離に落胆し、この国の能天気さを痛感した。

けれど、まあ……確かに実際に見て見なければ分からないのも事実。今まで何ともなかったのだから危機感など持つはずもない。私だってアリエルに出会わなければそうして一生を終えたはずだ。



精霊と人間は本来相容れない。なんで私たちが結ばれたのか正直私も不思議ではある。いやまあ頑張ったんだけどね、本当。アリエル手強かったなあ……いやそれはどうでも良くて。


私たちは愛し合っているけれど、……だよね? 多分、え、そうだよね? そのはず。……ごほん、まあそのせいで国民にとって精霊は更に身近で更に信頼のおける存在になってしまった。だから盲目的に信じ危機感など欠片も持たず彼らは永遠の平和を確信してしまっている。


…………だが。



「ティティー様、貴方は以前風の精霊が2人おやすみしていた、と言いましたね」


「そうだったかしら?」


「近頃それは頻繁になってはいませんか?」



私の言葉にティティー様は更に首を傾げ、それから斜め上を向いた。


「うーーん、そうねえ。確かに最近ティティーの話を聞かない子が増えてるかもしれないわ。でも昔からそういう子はいるものよ」



アリエルがたまーにどこからか寄越す文によると近頃、今までそれこそゆる〜くやっていた守護を放棄する精霊がいるという。


「ええ、分かっています。あなた方が善意で守護を担っていることは……」



だが、問題はそこではない。



「でも、そういう方々の住処が偏っては居ませんか?」



私の言葉に兄は目を細め、ティティー様は眉を上げた。



「………例えば東の国境付近、イレオラ地方……ニルドの森やシャニール湖畔付近」


ティティー様がただでさえ丸い目をまあるくして、瞬きをした。


「そうね、そう言えば……」


「なんという事だ……」



なにかが、起きている。フェリルを狙った誰かが関わっているのか、そうだとしてどういう繋がりがあってどういう狙いがあるのかは不明だ。


しかし、確実に言えることは、この国が内側から何者かによって崩されているという事だ。












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