てんしがいうには
「それはお姉様が悪いわ」
「うん、それはねえさんが悪い」
馬鹿だね。二人の天使が声を揃える。
妹のネリーが片眉をあげ、弟のメディに鼻を鳴らされわたしは肩を落とした。
妹のネリーと弟のメディはわたしの三つ下の十四歳で、双子だ。見た目も中身もどちらかと言えば精霊である母に似たわたしとは違い、二人は父に似ている。見た目もさることながら、まず一ミリたりとも精霊らしいところを継いでいない。正真正銘の人間で、そして言ってしまえば貴族らしい。ついでにしっかりしている。
長女であるわたしが幼いころから森に籠ってしまったからマーデリック家のものとしてそうあらざるを得なかったのかもしれないけれど。
まあ、なにがいいたいのかというとわたしは二人に頭が上がらない。
「いや、でもシーフーが」
「そう、シーフーに助言を乞うことがまず間違いだよ、ねえさん」
「そうね、どうしてシーフーなんかに聞いてしまうの? あの男が一般的だと思ったら大間違いなのよお姉様」
「そうなの?」
「そうだよ、シーフーは大分おかしいよ」
「そうね、シーフーの言うことは大方おかしいわ」
「……だって、二人とも居なかったし、お父さんはぶっ壊れてたし」
そうなのだ。二人はわたしが呼び出されたとき、父方の母、つまりおばあ様の家にいたのだ。そしてようやく帰ってきたのが今日。一番頼りになる二人に頼ろうにも頼れなかった。
二人に詰め寄られてぶつぶつ言われて数時間、小さくなるわたしに二人は眉を吊り上げた。
「「それならなにもしない方がましだった」」
「……ごめんなさい」
貴族社会の流行や貴族子女の振る舞い方をしらないわたしがあのなんでも知っていそうな幼いころからの世話係に頼るのはしかたのないことのような気もしないでもないけれど、わたしと二人のシーフーの評価は随分と違うらしい。
「でもシーフーの言うことはいつも正しいし、」
「違うわ。シーフーは正しくない。シーフーは決して常識を言っているわけじゃないの」
「うん、シーフーはいつも偏っているだけだよ」
「それってどういう意味?」
わたしが首を傾げると二人は目を目を見合わせて首を振った。お父さんによく似た栗色の髪に蒼の瞳。まるで絵画の天使のような愛らしい顔が二つ。合わせ鏡のような神秘的な光景にため息をつきそうになる。精霊に似てなくても二人は本当に美しい。あのお父さんに似ているのにこんなにかわいい。しかもお父さんとは違って至極まともでとても聡明だ。
長い睫毛の下の綺麗な蒼の瞳が瞬く。
「別にねえさんが気にすることじゃないよ」
「とにかく、今のままじゃユーリウス殿下がかわいそうよ」
「かわいそう? でも本当に婚約者ってわけじゃないんだよ」
そう、ただザイオンの王太子を納得させるためだけの形だけの婚約者だ。別に何をするわけでもなく、王太子を断る口実の為だけの。それがおわれば只々他人に戻るだけ。
ユーリウス殿下もそれは承知だろう。彼だって、そういっていた筈。わたしがやらかしてしまったことを王族として仕方なく後始末を付けてくれている。
「まず、馬鹿なねえさんに巻き込まれたのがかわいそうだし、殿下には好きな方がいるんでしょう。その子はどうなるの? 公にはねえさんが殿下の婚約者とされるんだよ」
「言うなれば、横取りよ。その女性と殿下がどこまでの関係かはしらないけれど、……そうね、自分の獲物を横から手の届かない奴に掻っ攫われたようなものだわ。それが形式的なものだろうとなんだろうと気分が悪いでしょう」
「うん、それは腹が立つ」
自分の肉を掻っ攫われたら、わたしならそいつを数発ビンタする。成程、それは腹が立つな。この場合、殿下にとっても、その相手の女性にとってもわたしはそういうことになるのか。最悪じゃないか。
大きく頷いたわたしに二人はため息をついた。
「だから少しでも良い関係を築かなくちゃいけないでしょう」
「シーフーのそれは殿下からとことん嫌われようとしているそれだよ。そんな態度で喜ぶのは馬鹿な男だけだ」
「そうなの? 貴族の子女はだいたいそうしてるってシーフーが……」
「そうだよ、だから売れ残ってやたら必死に媚を売っているのさ」
「権力に目がくらんだ女性に誰が心を許すのかしら」
確かに。
それもそうか、とやけに納得したわたしに二人はまたため息をついた。
「殿下と本当に愛し合えなんて言わないけれどね、協力してもらう以上、それなりに歩み寄る必要があるよ」
「お姉様、正直に言って今のお姉様は酷い女よ。きちんと礼を尽くして。マーデリック家の娘であるのだから」
「……はい、ごめんなさい」
「殿下は王族なんだよ。対して僕たちは仕えている家臣だ。できるだけ迷惑をおかけしないこと」
「なおかつ、きちんと問題も解決してねお姉様。力でなんでも解決できる森とは違うのよ。ここは、人間の、それも王侯貴族相手の“社会”なのだから、それなりのやり方があるわ」
ずい、と愛らしい天使のような顔が二つ、にじり寄ってくる。わたしは後ずさりながらこくこくと頷いた。笑顔がやたら怖く感じて引きつった笑みを浮かべると、よろしい、とネリーが笑う。
背中になにか黒いものをしょっている気がするけれど、それはわたしの気のせいだろうか。
「というわけだから、シーフーの言ったことはまるっと忘れて頂戴」
結局、わたしはまたもや天使たちにこくこくと頷いて見せるほかなかった。
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