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いかりといかり





突然だが、私は命の危機を感じていた。



「旦那様、ふざけないでいただきたい」



目の前のどこかエキゾチックな美貌を持つ黒髪の男に素晴らしい笑顔で詰め寄られ、その長い体躯が私を閉じ込めるように立ち塞がっている。


余談だが私ことダミアン・マーデリック45歳、かつてここまで男に詰め寄られたことがあっただろうか。…。いや、無い。全然嬉しくないしな!


目の前の男は笑顔のくせに額にバキバキと血管を浮き上がらせていて非常に怖い。怖いったら無い。怖すぎて私だって怒ってたのになんか申し訳なくなってきた。ていうか、私のせいなの? 違うよね!ね!? ……とは言えない。だって怖いし。



「お、落ち着きなさいシーフー。幸い、フェリルの容態は落ち着いた。……まだ目を覚まさないけど」



ことは、昨夜、フェリルが死にかけながらも馬車に乗って帰ってきたことにある。

馬車に乗るまでは少し具合が悪そうででも自分できちんと乗った、らしい。……と御者が真っ青になりながら言っていた。


馬車が着く音がするなりなんなり、飛び出して行った忠犬……間違えたシーフーは、しばし行儀よく使用人らしく馬車の前で待っていたが、なかなか馬車から降りてこないフェリルに、すごい顔をしたシーフーが馬車の扉を破壊せんばかりの勢いで飛びついて行った。あ、間違えた、破壊したんだった。


フェリルはまさしく虫の息だった。顔面は痛々しく蒼白で、嘔吐したであろう吐瀉物に汚れ、息は弱々しく、体は熱くじっとりと汗ばみ、そして小刻みに震えていた。

思わず叫び出し近寄ろうとした実父である私をシーフーは押しのけ、フェリルを抱き抱えるとものすごく無表情で屋敷に走っていった。


毒、薬草に引くほど詳しいシーフーによると恐らくエンリルの中毒症状。

紫色のエンリルの花はごくごく薄めて、よく酒や料理に使われる。味はほのかに甘く香りは爽やか。

しかし、多量の摂取をすれば発熱、嘔吐、体のしびれを伴い、最悪の場合死に至る。

ものすごく貴重で高価なため、致死量で出回ることなど無いに等しいし、そもそも高すぎる。いくら城であっても厨房にある量はたかが知れているはずである。

それに、城の晩餐会で毒味やチェックがされていないわけが無い。……では何故?? ……誰かが、故意にフェリルを殺そうとした、か、もしくは別の目的の人物がいた。それを誤ってフェリルが口にした? だとするならば早急に兄に知らせるべきだ。そもそもあの厳重な城のしかも今日はザイオンとの交流会で、そんなことが出来る人物などいるのか? …とりあえず、まずは城に使いを出さなくては……。

従僕を呼び付け、さっさと認めた文を持たせ「火急」だと伝え行かせた。

もし、ほかの人物が目的だとすれば手遅れの可能性もある……が、エンリルの致死量ほどのものをそういくつも用意出来るものだろうか。





ハラハラしつつも、冷静に分析をする私の目の前でシーフーはてきぱきと薬草を煎じ薬湯を飲ませ、躊躇いもなく服を着替えさせ、体を拭いている。……年頃の娘にそれはさすがにいかがなものか……と思い声をかけると、ものすごい顔で睨まれた。


そりゃ私だって実の娘の酷い有様に焦ってはいた、が、シーフーのこちらを射殺さんばかりの目を見ると冷静になる。……なぜならあのシーフーが相当参って焦燥を募らせているから。


シーフーの指示にバタバタと慌ただしくはしりまわる侍女と硬い顔をしたままのシーフーを驚くほど冷静に観察しながら考える。



…………なんて脆弱な国だろう、と。




そして私は娘が窮地の時にどうしてやることも出来ない無能であると。




ーーーーーーーーーー



「過去の私は貴方の思想に乗りました。この弱くておめでたくて時代遅れで頭お花畑の馬鹿な国をどうにかしようとして、自ら道化をしているあなたの考えに共感したから」



ああ、シーフーのこの目。まるで昔の彼だ。何もかもを警戒した獣のような、獰猛で殺意に満ちた。



「シーフー、落ち着きなさい」


「でもそれは、フェリル様を守るためです。人間と精霊の関係など私にはどうだっていい、この国が滅びようとも誰が死のうとも全くもって私には関係ない」


「ひいてはこの国を守ることがフェリルの安寧に繋がる。私とて家族の幸せを願ってこそ、この国の未来を危惧していたのだ」


「話が違います。貴方はフェリル様が安全に暮らせるよう動いているのかと思っていました。そもそも王都に呼び出したのが間違いだったのです。彼女は人間と関わるべきではない! 人間は愚か極まりなく、自分と違うものを排除する」


「当然だろう! 私とて娘達と息子は何より大事だ! しかし、フェリルの撒いた種、立場上出てこざるを得なかった! フェリルだっていい歳をした人間だ。いつまでも無知で守られきってなどいられるか! ザイオンとの同盟締結にあわよくばと思ったが……、」



確かにあの無知すぎる娘には色々と無理があっただろう。だが何も知らなすぎてはこの先生きていけない。人との関わり方も、自分の立場も、世界の情勢も、知っておくべきだ。……この男はそうは思わないようだが、彼女は泣こうとも喚こうとも公爵家の娘。……だが、この状況を予想できなかったのも事実。シーフーがいなければどうなっていたか……、考えるのも恐ろしい。……しかしなぜフェリルが狙われる?

兄の調査によると他に被害者は皆無。毒物は他には発見されず、毒味は全て完璧にされており、厨房にはそもそもエンリルなど無かった。



……それが指し示すことは、狙いはフェリルだったということだ。誰かが故意にフェリルにエンリルを飲ませた……もしくはフェリルが口にするよう仕向けた。……何故? 誰が? あの何も考えていない娘が一体誰の恨みを買う? フェリルが死んで誰が得をする?



「結局貴方は、家族が大事と宣いながら、国のことが最優先なんです。しょうがないですよね。産まれた時から国を守ることを叩き込まれている王族だ」



「……シーフー」


吐き捨てるように言った彼の目は憎々しげに細められ、その瞳の奥には深い深い闇が見えた。まるで昔の彼に戻ったようだ。……彼の出自を鑑みるに、仕方の無いことではあるだろうが……。



「フェリル様は森に連れ帰ります。暫く養生させ、王都には返しません」


「何を勝手な……」


「あなたもそれが一番だとわかっているでしょう。そもそもこの茶番が到底無茶だったのです。フェリル様に貴族の真似事など必要ありませんしできっこない」


「おい、シーフ、」


「あの甘ったれの王子が起きたら言ってください。婚約者ごっこはもう終わりです、貴方はお役御免だと」



シーフーは私を睨みつけると、それでもなんとか礼をして部屋を出ていった。


……あの男、本当に使用人のつもりがあるのだろうか? …私は一応こんなでも公爵でフェリルの父親なんだが…………。まあ、あれに任せておくのが一番安全だろうが……。はぁ、なぜうちの連中は揃いも揃って言うことを聞かないのだ…………。




「それは貴方がそうだからよ」と頭の中で懐かしい妻の声が聞こえた気がして、私はため息をついた。













いつもありがとうございます!

遅くなってすみません……。良かったらブクマ、ご感想、評価よろしくお願いいたします!

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