おわりは
こ、ここは天国か……?
見たことも無いキラキラしい食べ物たちの大群に私は圧倒されていた。この美しさ……目が潰されそうだ! どのくらいの美しさかと言うとユーリウス殿下を初めて目にした時のウン十倍くらい。
鼻腔に飛び込んでくる香りは先程から食欲を刺激しまくりだし、ヨダレがあとから後から溢れだしてくる。……じゅるり、おっと、危ない……。こんなとこネリーかユーリウス殿下に見つかったら殺されるな。まあネリーは今王太子殿下の婚約者であるルルーリエ・ジブーリト様に捕まってるしユーリウス殿下に至ってはこの場にいない……!
つまるところ
「やりたい放題だ……」
いや、違う。ユーリウス殿下があんなにゲロを吐きそうなほど頑張ってたんだ。失敗する訳にはいかない。いかないがとりあえずそんなことは置いて置いて。
「いただきます」
恐らく獲物を狩るような目をしているに違いない。何故貴族たちは揃いも揃ってこの料理たちを無視してお喋りばっかりしているのか。甚だ疑問だ。馬鹿じゃないのか。人間お喋りしなくても生きていけるけど食わないと生きていけないからな。
ネリーに言われた通り、最低限のマナーは守りつつ令嬢としての所作は一応守りながら食事をする。ついつい大口で食らいそうになってしまうから、一々息を整えてから食べるのが面倒だが、タダでこのご馳走が食えるんだからそのくらい我慢しよう。
「……うむ、やはり、この前菜は絶品。お父さんが言うだけあるな、むしゃ……」
なんなんだこの、はじける旨味……この宝石のように美しいオレンジ色はなんの色なのだ? くそ、王都にはこんなに美味いものがあったのか……。こんなの森に籠っている場合ではないじゃないか……。
「やあ、こんばんは、フェリル。今日も今日とて美しいね〜、君」
「!、」
突然かけられた言葉にうっかり鶏肉の何かを喉に詰まらせるところだった。
慌ててその辺にあった淡い紫色の液体を飲み干し、食べ物を飲み込む。
……け、気配を無くして近寄ってくるの本当にやめてくれ…。心臓が止まるかと思った……。
「ご、ごきげんよう。シュウ・ジェンシー殿下。まさか、殿下の美貌に比べましたらわたしなど……」
死ぬ気で獲得した令嬢風微笑みを添えて、膝をついたわたしにザイオンの王太子は片眉を上げ「ふむ」と言った。
そもそもこの人の為に頑張ったのだ。まあ全部自業自得だが、あの地獄の日々はこの人の為だ。ユーリウス殿下の頑張りもしかり…。いや、それは私のせいだな。とにかく、さっさとどっか行ってくれ……。
たらたらと冷や汗をかく私をよそに殿下は全く立ち去る雰囲気がない。……割に何も言わずにずっと前に立っている。いや、何か言ってよ。せめて。
「随分雰囲気が変わったねえ。まるであの日の女神そのもの……。まさか、君がネリーちゃ」
「いえ、フェリルです。すみません……」
「あ、だよね。やっぱ、はは、分かってた……」
はは、は、と遠い目をする殿下は今にもサラサラと砂になって消えてしまいそうだ。……いや、本当にすみません。
「ははは、なんだかすごく話題の人物がいると思ったらフェリルだったから驚いたよ。君有名人なんだね」
「い、え。その……それは有名というか、悪い意味でというか……」
「……ま、耳に入る話を聞く限り何となくわかるよ。オレは本当に、なんて人に、幻想を……」
なんだろ……。それって私が猿とか野蛮人とかそういうやつだろうか。というかめちゃくちゃ失礼なこと言われてる気がするけどこの人、不憫で仕方ないな……。いや、わたしのせいだな、ゴメンなさい。
冷や汗がやたら酷い。あとなんか寒気がする。なんだこれ、緊張しすぎだろ。それともコルセットを締められすぎたのだろうか。そういえば吐き気もするようなしないような気がするぞ。
……本当に早くどっか行ってくれ。
「……というか、今のその君なら全然嫁に迎えられるような迎えられないような気がするんだが」
「ジェンシー殿下!!」
「申し訳ございません。その、わたしはユーリウス殿下と婚約しておりますので」
……ひっ、幻聴だろうか。幻聴だよね? なんかとんでもないこと言い出したぞこの人。従者の人も青ざめてるじゃん可哀想に。なんて突拍子もないこと言い出すんだこの王子さま。
「あ、そっか……。そういえばそういうことだったな」
「そういうことなんです」
良かった……。この無茶でユーリウス殿下が可哀想仕方ない設定が役に立った。ありがとう! ユーリウス殿下! がっくしと肩を落とすジェンシー殿下が可哀想な気もしなくも無いが私には無理です。ゴメンなさい。
「そのユーリウス殿下はどうしたんだ? 姿が見えないようだが」
「体調が優れないため、我がマーデリック家でお休みいただいております」
「そうか……。君たちも愛のない政略結婚だろうと勝手に心配していたが、意外と上手くやってるんだな」
「……え?」
くらっ。
…………やばい、何か頭がクラクラしてきた。なんだこれは。冷や汗も止まらないし、心臓がやけにドクドクうるさい。空腹に詰め込みすぎたのだろうか。しかし、ユーリウス殿下があれほどまで無理をしても守りたかったこの会を壊す訳には…………。というか、本当に頼むから早くどっか行ってくれ!お願いします、本当に。
「……想像もしていなかった性格だったが、オレは案外君のこと気に入っていたみたいだ。はは、なんか複雑な気持ちだよ」
「えっ、と…………ありがとうございます、」
うまく殿下の言っていることが消化できない。頭が全然回らない。元々回るような頭は無いのだけれど。
視界がぼやぼやしてしょうがないが、気合いでどうにか笑顔を貼り付け続ける。絶対、絶対にバレてはダメだ。ユーリウス殿下があれだけ苦労したのに。私がこれ以上あの可哀想な王子を苦しめる訳には行かない。
これをつつがなく済ませて、贖罪に彼の恋を叶えるまでは…………。
「君は面白いから、嫁じゃなくとも友として傍において置きたかったけど、君とユーリウス殿下の仲を壊すのも野暮だ。君は幸せになるんだぞ」
どこか照れたように頬をかく殿下の顔がほのかに赤く色づいている。……いや違う顔だけじゃない、視界が赤い。ドクドク、心臓がなる度に濃くなる視界に目が回りそうだ。やばい、やばい、このままでは……絶対に、やばい。
「じゃあな、また会う機会もあるだろう、次は君の婚約者殿と共に会えるのを楽しみにしてる」
そう言って笑った殿下はいつもと変わらない顔でツリ目がちな目を細めた。
良かった、気づかれていない。私の繕った姿は完璧だ。
「はい、ジェンシー殿下。次は必ずユーリウス殿下とご挨拶させていただきます」
これを、乗り切ったら、とりあえず騒ぎにならないよう、そこらへんの騎士にネリーへの言伝を頼んで、それから、外に出て、馬車を捕まえて、マーデリック家へ、帰ろう。うちの馬車はあるのだろうか、無ければここへ来た馬車を貸してもらえるだろうか、とにかく、ネリーへの言伝をして、はやく、そとへ……。
頭を下げて、少しだけ寂しそうに見えたジェンシー殿下の
後ろ姿を見送って、冷や汗が止まらない顔をどうにか繕い、ドクドクうるさい心臓を無視して赤い視界に恐怖し、それでも倒れないよう脚に力を入れた。
もう、意識を手放してしまいたい、吐きそうだ。気持ち悪い、もう眠りたい……。…………いや、今まで、何のために野を駆け回ってきたのだ。この時のためだろ。今この時のためにわたしは足腰を鍛えてきたのだ、きっと。
これ以上ユーリウス殿下の迷惑にはなりたくないんだ。
「すみません、言伝を頼みたいのですが」
力をふりしぼり渾身の笑顔で声をかけた騎士は顔を赤くし、背筋を伸ばしたように見えた……から、きっとわたしは成功したのだろう。良かった。本当に……。ユーリウス殿下、わたしはとりあえずやり切ったぞ。最後までこの場にいることが出来なくて本当に申し訳ないけれど。
安心して、本当に本当の笑顔が漏れた。
ーーーーー私が覚えているのはここまでだ。
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