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せいちょう







「レディ・フェリル・マーデリック」


「はい、マダム」


条件反射のように飛び起きた。気持ち的には。


マダムに散々言われたので条件反射であっても声をはりあげたりどもることが無くなったのが、我ながら凄すぎる。あの人は一体なんなんだろう。さすが王族の家庭教師だけある。


というか、寝ていたのかわたしは。いつ? どのくらい寝ていたんだ。

頬に垂れるよだれをバレないようにそっと拭い、声のした方に顔を向けるとそこに居たのはマダムではなかった。



「ユーリウス殿下?」


「申し訳ありません。寝ているとは思わず。ノックはしましたよ、もちろん」


「……いえ、お気になさらないでください」



半分寝たままの頭でぼんやり考える。今はいったい何日目で何時で私は何をしていたのだっただろうか。

本当に詰め込み授業にも程があった訳だが、半分寝たままの頭で勝手にこの受け答えができるあたり、私の令嬢力は相当に上がっている。


ユーリウス殿下はそんなわたしを見て珍しく驚いた顔をしてそれから、顔を逸らして口元に手を当てた。



「ふふ、それにしても……ふふ」


え、気持ち悪。



ふふふと声を漏らしながら突然笑い始めた殿下に私は普通にドン引きしたが恐らく顔には出ていないはずだ。

マダムいわく、令嬢として最も大切なことは心情を悟られないよう常に嫋やかかつ雅やかに微笑むこと。


そう、ユーリウス第三王子殿下のように。とマダムは誇らしげに言った。

あの目の奥が冷えきった笑みが果たして嫋やかで雅やかかどうかはよく分からないが、とにかく手本はあれらしく。なるほど分かりやすい。


というわけでわたしは頬の筋肉をここ数日で相当に鍛え上げ多分ユーリウス殿下のように微笑んでいることだろう。



「本当にマダムの言う通りですね」


依然としてふふふ、と気色悪い笑みを浮かべるユーリウス殿下はどうしたのだろう。

心労がたたってついに頭がおかしくなったのだろうか。心配だ。


「全部口に出ていますよ」


「!!」



慌てて口を抑える。

なんという事だ。完璧に嫋やかかつ雅やかな微笑みを習得し、令嬢らしい振る舞いを会得したと思ったのに。


「ま、急ごしらえですからね。それにしては上出来でしょう」


「お褒めに預かり光栄です」


気を取り直して瞳を伏せ笑顔を湛えながらスカートの裾をつまむ。

ユーリウス殿下は微笑みを維持したままに頷いた。



「本当に公爵令嬢らしくなりましたね」


「ありがとうございます」


「初めからこうするべきでしたね……」


「そうですね」


「これであれば貴族令嬢としての未来もあるのではないでしょうか」


「ありがとうございます」


「………」


「どうかなさいましたか?」


「…………レディ・フェリル・マーデリック?」


「なんでしょう」


「まさか、一定の定型文しか話せないのですか?」


「…………」


「…………イレネー様が明日のパーティで貴方に会うのを楽しみにしておられますよ」


「イルがか! 第二騎士団のみんなも来るのだろうか! 楽しみだな〜久しぶりだから」


「…………」


「…………あ」


「…………」


「で、でもマダムは令嬢は微笑みながら相槌を打っておけばそれで十分だと……」


「……なるほど」


「き、貴族はたいてい話したがりだからこちらからあえて話題を恵んでやる必要は無いとシーフーも」


「…………一理ありますが」



そりゃそうだ。

たった数日で染み付いた話し方が全てまるっと変わるわけがないだろう! ここまできただけでも相当なもんなんだぞ! と逆ギレしてしまいそうなほど焦る私は令嬢らしくなく冷や汗をダラダラかきながらユーリウス殿下に詰め寄った。


殿下はそんなわたしを微笑みながら見つめ、溜息をつき、肩を落とした。


「まあ、貴方の努力はわかりましたし、確かにその執事の言う通りでもあります。

こちらから敢えて墓穴を掘りに行くこともないですし、明日は聞き役に徹してください」


「も、勿論だ!……勿論ですわ」


「…………いいでしょう」






ーーーーーーー




フェリル・マーデリックの変化は劇的だった。

まず、突然訪ねたのにきちんとドレスを着て髪をきちんと結い上げ背筋を伸ばして座っていた。…………ヨダレを垂らして寝ていたけれど。



マダムが「レディ・フェリル・マーデリック」と呼ぶと条件反射的にシャンとする、と言っていたが、小さくそう呼ぶと彼女はハッと目覚め、しかし叫ぶでもなく淑女らしく返事をした。……こっそりヨダレを拭ってはいたが。まあ彼女はバレていないと思っているらしい。



まるでしつけたばかりの子犬のようで、その微笑ましさと成長についつい笑ってしまった僕にダラダラと本音を垂れ流してきたのは相変わらずだったけれど。



とりあえず、どうにかなりそうなレベルまでは仕上がっていた。


明日はどうせ僕が一日中そばに居るのだし、立ち振る舞いと最低限のマナー、所作が公爵令嬢のそれらしくあれば及第点だろう。


ある程度相槌を打って話を楽しく聞いているふりが出来れば問題ない。


あの長身の執事が言うように貴族はたいてい話したがりだから。




本当に……王族主催の公式行事……しかも外国との交流会に出さないといけないと思った時はどうなる事かと肝を冷やしたが、さすがはマダムだ。……今朝会った時には随分老け込んでいたけれど。…………個人的に彼女の好きなフェイルズ産の茶葉とミラベルの焼き菓子を贈ろう。


僕が心の中でほっと胸を撫で下ろしていると、彼女も重いため息を吐き出していた。

じっとそれを目で咎めると、彼女は背筋を伸ばし、令嬢らしくたおやかに微笑み、誤魔化そうとする。



本当に、貴族令嬢然としていてなんと素晴らしいことか……。






……だけど、少し寂しい気がするのは一体なぜなのだろう。

その答えは見つかる気がしなかった。

















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