まるでそういう
数日後、わたしはまたもや夜会にいた。どうにかユーリウス殿下と親交を深めろと詰め寄られて放り込まれたからだ。いやいや、無理だよお父さん。全力で拒絶されたもの、と言いかけたがお父さんは顔面蒼白であまりにも可哀そうだったのでやめた。兄である国王にやいやい言われているのかもしれない。お父さんは国王には逆らえないらしいから。……まあ王なんだからそりゃあそうか。
未だ森に帰れないわたしは歯噛みしながら、しぶしぶお父さんに従うほかない。なぜなら自業自得だからだ。
「とりあえずしゃべるな」
「なんで?」
「しゃべらなければまだましだから!」
会場に入る途中でお父さんが小声で怒鳴ってきたことにとりあえず従うことにしよう。わたしが立派に公爵令嬢できるわけもないし、今日はシーフーがいない。わたしはこういう場に慣れていないいし、一応最低限のマナーは叩き込まれているとはいえ、そもそも貴族どころか、人間との付き合い方がいまいち分からない。
確実に失礼なことを言われているのだろうけれど、まあそうするのが一番いいんだと思う。
なんだか遠巻きにじろじろ見られている気もするしこそこそ言われている気配もある。居心地は相当悪いが、料理はおいしい。うんすごく。
まあ、一日しゃべらず料理だけ食べておけばいいか。もし話しかけられたらシーフーが言う“一般的な貴族子女”の振りをしておけばいい。
媚びた態度でとりあえず笑って挨拶をしておけと奴は言っていた。わたしが女子として一般的でないことくらい心得ているから、まああの執事の言うことを守っていれば間違いないだろう。
ユーリウス殿下のお気には召さなかったらしいが仕方がない。彼の好みなんかわたしが知るはずもないのだ。もちろんシーフーも。
もうすでに好かれるどころの話ではないし、それより浮くのは勘弁だ。
遠くで相変わらず綺麗な笑みを浮かべている男をぼんやりと見つめた。本当に作り物のように美しい顔だ。一応はわたしの婚約者、ということになっているあの人はけれどやはり、冷めた目をしていた。
近くできゃっきゃと騒いでいるあの少女たちはあの瞳の冷たさに気付かないのだろうか。
というか、お父さんゴメンナサイ。一度たりとも目すら合いません。分かっていたけれど、わたしの存在などはじめから無いような態度。親睦どころではない。婚約者って、……本当に婚約者なのだろうか。いや、違うんだけれど。一応は、そういうていなわけで。だけど……。
こんなのでザイオンの王太子は納得させられるのか?
「……いや、無理だな多分」
まあいざとなれば力ずくで思い知ってもらうほかない。絶対そっちの方が簡単だ。あなたを撃ち落したのもわたしなんです、と言ってしまってはダメだろうか? ……だめか、それこそ国際問題に発展しそうだ。
とにかく、いかにわたしがあなたに相応しくない、というか娶ったら後悔するかを……。
「やあ、美しいお嬢さん。どうしてこんなところで一人でいるんだい?」
「なんでってご飯……」
むぐむぐとひたすら肉を口に突っ込んで考え込んでいるときに後ろから話しかけられてはっとした。
しまった、しゃべってはいけないのだった。
ぐるりと振り返って、頬張っていた肉をどうにか呑み込む。
「みんな君を見ているよ。向こうに行って僕と踊らないかい、美しいお嬢さん」
見ている……? そういえば、誰もご飯食べていない気がする、こんなにおいしいのに、もったいない。食べれるときに食べておくべきだ。
ウインクを投げてきた男をぼーっと凝視してから、思い出したようにシーフーに言われた笑顔を張り付けた。薄茶色の柔らかな巻き毛と垂れた瞳が印象的な男にまわりの女子が色めき立っている。綺麗と言えば綺麗だが、お母さんやユーリウス殿下には遠く及ばない。けど逆に言えば親しみやすい顔だ。
周りの女子を見習って笑顔を作り触れてきかけた手をするりと避けた。なぜ手を伸ばす?
「はじめましてえ、フェリル・マーデリックと申しますー」
なんだこの馴れ馴れしい男は。ものすごく面倒くさそうだ。向こうってなんだ、もしかしてあの真ん中のきらきらしたところだろうか。絶対に嫌だ、わたしは踊れないし。というか、これ以上会話が続けられるとも思わないし、ぼろが出るに決まっているし、浮くのはごめんだ。あと少女たちがなにやら睨んでいる気がする。
この男を睨んでいるのか、わたしを睨んでいるのかよく分からないがとにかく面倒ごとはごめんなんだ。
辟易とした顔を隠すようにへらりと笑った。わたしのおざなりな挨拶に男が目をぎらつかせた気がする。
「マーデリック? どうりで……」
男はなんか言っていたがめんどくさそうなので、またしても伸びてきた腕をかわして後ずさった。だからなぜ触ろうとする? なんかついているのか?
「どうして避けるんだい? フェリル嬢。僕と話をしよう」
どうして、と言われましても、なぜ話しかけてくるんだ。というか触ろうとしてくるんだびっくりするわ。貴族の社会の距離感ってこんなものなのだろうか、だとしたら相当に生きづらい。捕まえようとしてくるものから逃げようとするのは生き物として当然な気がする。森で狩っていた動物もみんなそうだし。後、目がなんか気持ち悪い。
「僕はサイラス・ガリオン。父はこの国の大臣で伯爵だ。僕もいずれ爵位を継いで……」
どこか見下したような捕食者の目だ。ああ、はやく森に帰りたい。ずっと、自由に好きに過ごしていたい。なんでわたしはこんなところにいるんだ。……ああ、自分のせいか。
……とか思って現実逃避をしていたら、なんか勝手に話し出した。
そうかわたしのさっきの自己紹介についての返答か、律儀なことだ。別にどうでもいいけれど。
ぺらぺらと私財がうんたら、領地はうんたらご丁寧に教えてくれる男に、丁寧な奴だ。貴族はこんなにべらべらしゃべらないといけないのか、大変だな。そういえばお父さんも口は達者だな。内容はだいたいおかしいけど、やっぱりわたしには無理だ、とかぼんやり考える。
「逃げないでくれ、僕の精霊姫」
「ごきげんよう」
いつのまにか僕の精霊姫になっている。どういうことだ、まったくもって会話が成立していないというのに。この男のなかでいったいなにがあったんだろう。貴族とは恐ろしいな。
「、ちょ、っ精霊姫、君……足早すぎないかい?」
「……ごきげんよう」
「まったくっ……この僕に追わせるとは我ま」
「ゴキゲンヨウ」
シーフーは、「困ったらとりあえず“ごきげんよう”と言って笑って逃げたらいいです」といっていた。というわけで、わたしはもう“ごきげんよう”を三回言ったのだけれど、こいつは依然と訳の分からないことを話しながら、追ってくる。なんだ発音が悪いのだろうか。
くそ、シーフーめ、話が違うぞ。
なぜだか追ってくる男を避けながら、もうずいぶん剥がれていると自覚のある笑顔で視線を彷徨わせると、今日初めて、あの冷たい翡翠の瞳と目が合った。
綺麗な笑顔はそのままに、変わらない冷え切った瞳がなぜか心地いい。わたしに興味のかけらもない無の瞳がこの欲にまみれた目よりはよっぽど。
そこで、思い出した。
彼は婚約者だ。一応は正式に国王が認めている。形だけのものだとしても。そして彼はこの国の王子だった。
「婚約者……」
「ん? なんだい、僕の精霊姫」
彼は確か、こういった。「僕の肩書が必要なのでしたら、どうぞ、ご勝手に」と。そして、この男はものすごく面倒くさい。
彼はご勝手にと言ったのだ。だから、構わないだろう。この男を追っ払うのに彼の肩書を使ってしまっても。
「……なので、」
「はあ、ようやく、止まってくれたね」
「婚約者」
「ん?」
「……婚約者、なので、わたし、あの人の」
にっこり、シーフーに言われた貴族らしい笑みでユーリウス殿下に視線を向ける。瞬時に顔を青くして口をつぐんだ男を見てなんとなくすっきりした。あんなにうるさかったのに。さすがは王族の威厳。
「……っ?」
なんとなく嫌な気配を感じて殿下の方を向いた。向いて後悔した。
殿下はまっすぐ、わたしを見ていた。相も変わらない、その美しい顔で隙の無い笑顔を湛えて、見たことのないような、ぞくりとするほどの冷めた翡翠の瞳で。
まるでごみを見るような、そんな目だった。
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