しゅうけつ
それを見かけたのは本当に偶然だった。
城の窓から見下ろす先で、何やら見た事のある稀有な髪色をした人間と赤髪の人間を守るようにして前に出たフードの怪しげな者が周囲を威嚇している。
城の前の二番目の門で大量の騎士や兵士に囲まれたそれらが何を話しているのかなんて分かるわけもないが考えるまでもなく僕は飛び出していた。
喧騒の中心には必ずあの女がいると言っても過言では無いのじゃないだろうか。
そんなトラブルメーカーどころかトラブルそのものであるような彼女が仮にも自分の婚約者だと思うと頭が痛いが、何故だか自分の足取りは思ったほど重たくない。
無駄なほど広い城の廊下を早足で駆け、幾段もある階段を駆け下り、数人の声をかけてきた文官達を適当にあしらい大股で門を出ると、やはりというかなんというか、思った通りに彼女がいた。
「いったいなんの騒ぎですか」
少しだけ張った声に周囲の連中が跪く。
どこもかしこも混乱に満ち満ちていて、なんとなく安堵のため息さえ聞こえてくるほどだ。
この馬鹿げた異常事態に一般の兵や騎士では対応出来なかったに違いない。
「フェリル・マーデリック」
「あ、ユーリウス殿下」
僕の囁くような小さな声にくるりと金の瞳が此方を向く。
なぜだかチクリとした胸に一瞬眉を顰めたが、気が付かないふりをして笑顔を浮かべた。
「殿下……。私共も何が何だか……。マーデリック公爵家のフェリル嬢と、その……にわかには信じ難いのですが……」
「ああ、君の言いたいことは分かる。宰相は」
「既にお伝え致しました。陛下やジェラルド殿下、イレネー殿下もじきおつきになるかと……」
サッと近づいてきて耳打ちをした騎士は見覚えのある第三騎士団所属のものだ。
彼は疲労が浮かぶ顔で脂汗を浮かべて口ごもる。
そのなんとも言えない態度に僕は頷いてそれから“そちら”に笑みを投げかけた。
「お初にお目にかかります。私はユーリウス・トルヴァン。ドレイク王が三子にございます。この度は遠路遥々、このような小国に足をお運び下さり万感胸に迫る思いでございます。
お疲れでしょう、どうぞ城内でお待ちくださいませ」
「これはこれは、ユーリウス殿下。初めまして、オレはシュウ・ジェンシー。ザイオンの王太子だ。こっちは護衛のバン・クロウ。いろいろと予定が変わってしまって申し訳ないなー」
「え?」
「いえいえ、長旅にアクシデントはつきものです。なにより御身が無事で本当に良かった。こちらこそ出迎えもろくに出来ず大変失礼致しました」
「え、え??」
「あははー、いやはや、まーた道に迷ってしまってねー、この国ちょっと複雑すぎないかー? ……ああ、悪い意味じゃないから悪しからず。クロウ皆は今どの辺にいるのだろうか」
「……え、?」
「東の国境は超えたのでは、と」
「まーだそんな所にいるのかー。あいつらやたらガチャガチャしてちんたらしてるからなー、こんなだったら飛竜で来るべきだったかな」
「飛竜だと迷われた場合の捜索に異様に手間がかかりますので、ご勘弁を」
なるほど。本来ならば使節団を伴って厳重に警護された上、十日ほど後に到着予定だったこの王太子が、なぜ今ここにいてそしてなぜ護衛一人しか伴っていないのかは理解出来た。
事前に「方向感覚に難あり」とは聞いていたがここまでとは。
内心呆れ返っている様を気取られないよう城へと案内しているところで、少し後ろで混乱してますと顔に書いてあるような婚約者(仮)を見つけて笑顔がひきつりそうになる。
「……で、貴方はどうしてジェンシー殿下と一緒にいるのですか」
「はい? ジェ、じぇんしーでんか?」
何故だか町娘のような格好をした彼女の服はところどころがやぶれ薄汚れ、髪はぼさぼさで、どこからどう見ても“なにかがあった後”だ。
真っ青な顔で混乱を隠しきれない(まあ隠そうともしてないが)彼女にため息が漏れそうだ。
他でもないシュウ・ジェンシーの訪問は彼女との婚姻の為であって、言うなれば絶対に私的に会ってはならない人間なのだ。どう考えても。
それを、この頭のおかしい女は……!
誰のおかげで、というか何のために僕という“婚約者”が作られたと思っているのか。
そこで漸く宰相が脂汗を撒き散らしながら到着し人騒がせな王太子と護衛を漸く引き渡した。
やれやれ、また忙しくなる……というか面倒なことになる……。
「ま、待ってくれ……しゅ、シュウ・ジェンシーってその、」
「シュウ・ジェンシー殿下です」
「シュウ・ジェンシー殿下って、だからつまり」
「ザイオンの王太子です。貴方に求婚してきたっていう例の」
貼り付けた笑みのまま小声でそう伝えると彼女は泡を吹きそうなほど狼狽え、そして死んだような目で卒倒しかけた。
どうでもいいが、貴族の令嬢としては本当に有るまじき姿だ。
「……ちょっ!」
すんでのところで支えた僕にジェンシー殿下が気づき後ろをむく。
僕は笑顔をつくろって、さも心配そうに彼女を支えた。
なにしろ、僕に与えられた仕事といえばこれだ。
「大丈夫なのか? どうしたんだ」
「いえ、ちょっと日に当たりすぎたようで貧血を」
「あの血気盛んそうな彼女が貧血!? それは大変だ。そう言えば彼女は路地裏で暴漢に襲われていたよ、まあ割と蹴散らしていたけど……」
王太子殿下の言葉に腕の中のフェリル・マーデリックがびくりと震える。
暴漢に、襲われたーー??
まったく、この女はいったい何をしているんだ。
……というか、この反応……。王太子はフェリル・マーデリックが求婚した相手だと気づいていないのか?
腕の中であおい顔でだらだらと汗をかく彼女を貼り付けた笑みでじっと見つめると面白いほどに目が泳いだ。
……この反応は、そうなのだろう。そして、彼女も気づいていなかったと……。はぁ。
まあ女神うんぬんと言って聞かなかったらしいし、実際にこれと話したのであればその“女神”とまさか同一人物とは思わないか。
都合がいいといえばいいのだろうか。願わくばこのまま勘違いに気が付いて帰って欲しいところだが……。
「そうですか、殿下は彼女を助けてくださったのですね」
「あーうんー、まあー、助けたというかねー」
「ご迷惑をおかけ致しました。私の婚約者を助けていただき本当にありがとうございます。彼女は少し向こう見ずなところがありまして」
「うん、いやいや、え、婚約者?」
殿下が首を傾けてアーモンド型の瞳を丸くしている。まさか町娘の格好をして、なにをやらかしたのかは分からなくともある程度想像がつくこの規格外の娘が王族の婚約者だとは思わないだろう。
僕自身信じ難い。
「はい。私の愛する婚約者です」
飛びきりの笑顔でそう言うと、殿下はぽかん、とこういっては何だが、間抜けな表情をして固まった。
いつもありがとうございます!
ようやく王太子とアホとヘタレが集結致しました。
ここからどうなるのか(いやほんとに……)この先もよろしければお付き合いいただけると嬉しいです。




