くろうとくろう
いやー危なかったなー。
なぜだかとてつもなく上機嫌なフェリルちゃんの隣を歩きながらオレはこっそりため息をついた。
この忠誠心の塊のような男は大層優秀だがあまりにも極端で困る。
何故だか迷子になりやすいオレを見つけられるのはこの男だけで、心底信頼しているけれどなんていうか人間としてどうなのか、とか思ったりもする。
さっき合流した途端こいつは北国の熊ですら数秒で麻痺させる毒を塗った刀を手元に隠してあっさり「若、処分しますか」と言ったのだ。
おいおい、待て待て。血の気が多いにも程があるだろう。
まあ確かにとてもこののほほんとした国にはお見せできない、我が国の凄惨な後継者争いをくぐり抜けてきた我々からすれば怪しいものは片っ端から処分せよ、というのが正しいのかもしれないけどね。
だからといって他国で他国のお貴族様のお嬢様を消してしまったら大事だからね。
しかも彼女は未来の妃の親族にあたる人物だ。
可憐で貴族らしい見た目に大変似合わない、あの凶暴とも無様とも見事とも言える戦い方を繰り広げた彼女をオレは割と気に入った。
物怖じしない態度やどこかズレた性格も悪くない。頭が悪いと言うよりは世間知らずというか、物事を知らなすぎる感は否めないが、彼女がザイオンの民であれば鍛え上げて護衛か何かに取り立てたところだが、惜しいな。
常に喧嘩腰の護衛を「やめろ」と諌めると大人しく剣を下げたが、彼女が何か動けばいつでも喉元を切り裂く気だ。
先程も何がそんなに嬉しいのか掴みかからんばかりの勢いで「城に連れて行け」と言った彼女に物凄い殺気を放っていた。
……やれやれ、まったく。
るんるん、とでも効果音がつきそうな程に浮かれている彼女を荒んだ心で微笑ましく眺めているところで存在感をかき消していた護衛が口を開く。
「若」
「なんだクロウ」
「彼女はどこまでご存知で?」
「何も。嫁探しに来たことは言ったけどオレには気付いていない。それに偶然にも妃候補の血縁者だ」
「なんと……」
殆ど口元を動かさずにザイオン語を話すオレたちに、浮かれきったフェリルちゃんが気づいた様子はない。
クロウは珍しく声に驚きを含めてそれから声を低くした。
「本当にですか? なにか企んでいるのでは」
「彼女はそんな器用な子じゃない。それに驚く程あの女神に似ているんだ」
そう、あの日出会った女神に。
彼女は有り得ないほど似ている。
激痛の中で見た水を閉じ込めたような不思議な青の髪も、青が舞う金色の瞳も女神と見紛う美貌も、恐ろしい程に同じなのだ。
……まあ中身は女神と似ても似つかないのだが。
とにかく、全くもって乗り気でなく情報を全く明かさないどころか「野蛮な猿」だとか「ポンコツ」だとか「嫁がせる訳には行かないレベルの令嬢」だとか散々な返答しかしないトルヴァンの使者と不毛な話し合いをするよりよっぽど建設的な話が出来た。
どうなる事かと不安だったが、彼女と出逢えたことは僥倖だ。
「思ったよりも早く国に帰れるかもしれないな」
「ん? 何か言ったか?」
「いや……」
思わず零れる笑みにクロウは何も言わなかったが代わりに振り向いた彼女が子供のような屈託の無い笑顔を見せた。
「早くネリーちゃんに会いたいなーと思って」
「そうか! わたしも楽しみだ」
ああ、そうだね、オレも楽しみで仕方が無いよ。
オレは彼女に笑みを返して見えてきた白璧の城を見上げた。
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