なぞのおとこ
ゆるゆると視線をあげると薄暗い路地に立っているのはどうやら男で、その男は「あーあー」とため息をこぼしてわたしの傍にしゃがみこむ。
「大丈夫かよ、お嬢さん」
「だ、大丈夫」
呆気に取られ地面に転がったまま男を見上げると彼は一度目をぱちくりさせてそれから視線を外した。
「あれ、知り合いなの? それともこの国じゃあこういうのが流行ってる?」
知り合い? 知り合いっていうのはあの男達のことか?そんなわけないし、流行って……るのかどうかは知らないけどとりあえずわたしは好きで転がっている訳では無い。
「……知り合いじゃない」
「あっそう」
男の焦げ茶色の瞳を見つめてそう言うと彼は緩慢に立ち上がり肩を鳴らした。
地面がドタドタと五月蝿く響き男達が迫っているらしいことが分かる。そういえばさっきからなんやかんやと喚いていたな。忘れてた。
「じゃあ、ま、怒られねーかなあ」
どこか楽しそうに言った男を転がったまま唖然と見上げて、その先は本当にあっという間だった。
男はその場に立ったまま向かってくる男達を薙ぎ倒し蹴飛ばし時には地面を蹴って跳ね上がり男達をわたしと同じく地面に沈めた。
動きには一切の無駄がなく、ガタイのいい男たちは何故だか難なく投げ飛ばされていた。まるで力などかけていないかのような動きにしばし見とれてしまった。
まさかこの男も精霊の子供とか言わないよな。
……いや、でもイルはマーデリック家くらいだと言ったし、そもそも双子は精霊の力を継いでいないのだから、そう簡単なものじゃない気がする。
「ふぅ、」
「なにもの……?」
パンパンと手を叩いて息を吐く男が思い出したかのようにしゃがみ、わたしの手足の拘束を解いてくれる。
無言で縄を外す男を凝視して、それから自由になった手足を動かし上体を起こす。
「助けてくれてありがとう」
「ん? いやー全然。お嬢さん災難だったねー、一体どうしてあんなことになってたんだ?」
「ああ、ちょっと従者とはぐれてしまって……」
「そうなのかー、じゃあオレと一緒だねー。それにしても序盤の方見てたけど、キミなかなか無茶するねえ、顔面から地面に落ちたでしょ」
その言葉にぎょっとした。
なんだこいつ。助けてくれた良い人かと思ったけど最初から見てたのに無視してたのかよ。
見てたなら助けてくれたっていいじゃないか。
なんか、ろくな奴じゃなさそうだな……。
先程とは打って変わってじとーっと暗い目で睨みつけるわたしに気がついたのか、彼は両手を上げてヘラヘラと笑った。
「いやいや、だってこの国の状況がイマイチ分からなかったからさー。しかもお嬢さん割とぴょんぴょん飛んで自分でなんとかできちゃうのかなーとか思って」
「できるか! さすがに両手両足縛られてたら逃げ出せないわ!」
「あっはっはー、だから助けに入ったでしょー」
声を荒らげたわたしに彼は降参降参、と楽しそうに手を振った。
それにしても、見かけない服装だ。
深いフード付きの外套を被っていてイマイチ分からなかったが、燃えるような長い赤い髪はこの国ではあまり見ないものだし、服装はわたしが猛勉強した東のザイオンのものに酷似している。耳を飾るじゃらじゃらとした飾りや、ネックレスの類はいかにも異国風だ。
つり上がった焦げ茶色の瞳に褐色の肌。顔立ちも多分トルヴァン人のそれでは無さそうだ。
 
「……まあ、助かったけど」
「そうでしょうそうでしょう! それでさお嬢さん迷子なんだよねー、オレもちょっと迷っちゃってさ、迎えが来るまで一緒に居てくれない?」
「なぜだ」
「ちょっといろいろと聞きたくてねえ」
にこやかに細められていた瞳から微かに焦げ茶色が覗いた。
わたしの怪訝な様子をいち早く察知したらしい男はまたもやヒラヒラと手を振る。
「いや、別になんてことは無いんだよ? ただオレこの国に来たばっかで一人で行動するのは心細いっていうかね」
「ザイオンから来たのか?」
「そーそー! よく知ってるね。そうザイオン。キミも迷子でオレも迷子。お互い似たような境遇だろう?」
「わたしは従者が迷ったんだ。……多分」
「いや、まあどっちでもいいんだけどさあ」
シーフーが迷うとは思えないけど。
なんだかこいつは胡散臭いからそういうことにしておこう。
まあ、確かにわたしは助けて貰った身だし、もし人売りにでもまた捕まってしまえば、未来は無いわけだし、この男はなかなか強そうだし。
それに、ザイオンから来て知らない国でひとりきりというのは不安だろう。言葉は堪能らしいが……。
一緒に迎えを待つのかもいいのかもしれない。
「分かった」
「感謝するよ! えーーっと……」
頷いて立ち上がったわたしに男は大仰な仕草で両手を開くとにこやかにそう言って首を傾げた。
「フェリルだ」
「うん、よろしく、フェリル」
満面の笑みで片手を出されて、なんの事だか分からずしばらくそれを見つめていたが、そういえばザイオンでは手を握って親愛を示す文化があったな、と思い至る。
おずおずとその手を握ると男はさらに笑みを深めた。
褐色の肌と対照的な、犬歯の目立つ真っ白い歯が眩しい。
「オレの名はジ…………クロウだ」
「うん、クロウだな」
握った手をぎゅっと握り返され上に持ち上げながらクロウは頷いた。
「それで、早速で悪いんだけど聞きたいことがあって。まあ、お嬢さんにこんなこと聞くのもどうかと思うんだけど……」
「??」
「フェリル、キミ、お姉さんか妹さんいない?」
 
クロウはそう言うと口元に笑みを浮かべながらその印象的な焦げ茶色の瞳を開いた。
 
いつもありがとうございます!
新展開っぽいなにかです……よろしくお願いします( ´ ` )
 




