わたしはたぶんわるくない
「……いや、別にこれは、わざとなわけではなくって……」
「おい、一体何をブツブツ言っている?」
「えっと、だって、ただわたしは街を見ていただけだったはずで……」
「おい、聞いてるのか」
「……多分だから、わたしは悪くないって言うか……」
恐らくわたしは顔面蒼白だった。
初めて訪れるご褒美の城下街を堪能していたはずだったのに、いつの間にかシーフーがいない。
それどころか、知らない男四人に囲まれて気が付いたら暗い路地裏に押し込まれていた。
ご丁寧に両手両足は縛られ転がされている。
一体何がどうしてこうなったのか。
出かける前シーフーにウンザリするほど「大人しくしていること」「勝手にうろちょろしないこと」「騒がないこと」と言い含められ確かにその通りにしていたはずなのに。
なんでこんなことになったのだろう……。
そういえば、途中人混みで後ろから何かに鼻と口を塞がれて、変な匂いを嗅いだかと思ったらシーフーがすごい顔をして何かを叫んで……。
「……ダメだそっから先が分からん」
記憶が無い。気が付いたらもうここに転がされていた。顔面蒼白で震える手を握りしめたわたしに男たちは何を思ったのかため息をついた。
「可哀想にな、なんであんたみたいな女がこういう思いをするのか知らないけどな」
「ま、貴族様なんぞどこで恨みを買ってるか分かったもんじゃねえからな」
貴族?
今日は町娘と同じような服装で目立たないようにしていたはずだ。
それなのに、どうしてこの人たちはわたしを貴族だとそう言うのか。
しかも、口ぶりから確信しているみたいだし。
「マーデリック家の人間っていえば精霊の血を継いでるって話だ。さぞ高く売れるだろうな、美味い仕事だぜ」
「しかし、精霊の娘ってのは本当なのか? そんなの本当に有り得るのか?」
「知らねえけど、この髪の色と目の色は他にはねえよ。精霊って言われれば頷いちまう見た目だ」
「じゃあ、別にどっちでもいいな」
「うぐっ」
男たちはわたしに憐れむような目を向けてそれからしゃがみ込んだ。
顎を強引に持ちあげられて無様な声が漏れる。
わたしはもしかしたら精霊の娘だからこんな目にあっているのかもしれない。
これから外国とか貴族のところとかに、珍しがられて売られてしまうのかも……。
無理やり腕を引っ張られて肩に担がれ、体が震える。
…………こんなことバレたらもう二度とシーフーに外に出して貰えなくなる。
「こ、これから、わたしはどうなるんだ」
「あ? 可哀想になこんなに震えて。ま、良い奴に買われるのを祈るこったな」
「う、売られるのか……?」
さらに血の気が下がった気がする。
最悪だ。
恐らくあの執事はわたしが易々と人に捕まったり(物理的に)危険な目に遭わないから、大目に見てくれているところがある。
わたしは一応公爵家の娘で、精霊の子で、しかも今は(一応)第三王子の婚約者だ。
こんなにあっさり捕まって、こんなにあっさり危険な目に遭うのだと知れればシーフーはおろかお父さんと双子が黙っていない。
もう、城どころか、森にも行かせて貰えなくなるかもしれない。
多分……邸に軟禁される。
「…………嫌だ」
「そんなこと言ってもなあーこっちも仕事だがッ……っ!?」
わたしは担がれたまま、思い切り両足を男の肩甲骨の間に入れ、手の力が弱くなったところで背を蹴りあげて飛んだ。
「こんのクソアマッ!」
「おい、馬鹿こんなお嬢様に何てこずってんだよ」
縛られた足では着地が覚束ず、よろよろと膝を着いたわたしに男が嗤う。
わたしを担いでいた男だけは怒りに顔を歪ませていたが他の三人は馬鹿にするように笑っていた。
ああ、やばいやばい、早くシーフーのところに帰らないと、本当にやばい。
あの執事の怒り狂った笑顔を思い出して、また身震いした。
「可哀想に、震えてるじゃないか。大人しくしていれば痛い思いはしなくて済むんだぞ」
「……きちんと大人しくしていたのに、なんでこんな目に遭うんだ。……いや、やっぱりわたしは悪くない」
「どうしたんだ? 真っ青だぞ貴族のお嬢様」
けたけたと笑う男たちの事は正直意識の中に無かった。
わたしを支配するのは今のところ、物凄く怒ったシーフーの姿で。
気が付いたら目の前に迫っていた男の鳩尾に縛られた両手のまま拳を叩き込むと、男は数メートル飛んで、通りに投げ出された。
残りの男たちが唖然とそれを見つめ、それから粟立つように騒がしくなったかと思えば走ってこちらに向かってくる。
「……ああ、やばい。というかここはいったいどこだ、早く帰らないと……」
「こいつっ!」
「おい、薬もってこい! 眠らせろ!」
「なんだこいつ! 女の力じゃねえぞ!」
顔を歪ませて走ってくる男に頭突きを食らわせて、その胴を蹴りあげ飛び上がった勢いのまま、別の男に体当たりをする。
ごろごろと転がったわたしに、なにか瓶とハンカチのようなものを持った男が近寄ってきたが肘でそれを弾き飛ばし、ついでに男も蹴飛ばした。
こんなことをしている暇は無いのだ。
あの男なら絶対に軟禁くらいはする。笑顔でする。むしろ嬉嬉としてする。
「よし、とりあえず通りに出れば何かわかるかもしれないし、とにかく……ぐぇっ!」
「お前、いったい何もんだ!」
縛られた足でどうにか通りに向かおうとした瞬間、わたしは顔面から地面にダイブした。
どうやら復活した男にスカートを踏み込まれたらしい。
こうなってしまえば両手両足が不自由なわたしはどうすることも出来ない。
「くそっ、転がっていけばよかった!」
「おいおい、貴族のお嬢様がなんでこんなことできんだよ!」
激昂した男は鼻血が垂れているし地面に顔を打ったからか左頬がずりむけて、血が滲んでいる。
ああ、悪い事をしたな、と思わなくもないが。正直わたしはそれどころでは無いのだ。
「離してくれ! わたしにはいかないといけないところがあるんだ!」
「離せるわけねえだろうが! こっちは金がかかってるんだよ!」
くそっ、だからスカートは嫌いなんだ! 城で着せられていたようなびらびらではないにしろスカートでなく、イルの騎士団のような騎士服であればこんなことにはならなかったかもしれないのに!
「ぐっ」
ワンピースの胸ぐらを掴まれ、持ち上げられ、つま先でどうにか地面を掠める程度のわたしにできることがあるとは思えない。
なんで、こんなことになったんだ。
売られるだなんて冗談じゃない。シーフーに怒られる所では無い。
恐らくわたしがここに連れてこられた時にかがされたであろうハンカチが眼前に迫り顔をゆがめた。
ああ、もう、どうしたらいいんだ! こんな時どうしたらいいのかなんて教わっていない。
せめて、屈してたまるかと目の前の男を睨みつけた瞬間、男は眼前から消え、わたしは投げ出されて尻もちをついていた。
「ぅわっ!」
「おー、こんな街中でこんなことが起きちゃうなんて穏やかじゃねえのなー」
聞こえたのはなんとも緩い話口調、それから聞き覚えのない声だった。
お久しぶりです、いつもありがとうございます!
ようやくいろいろと動き出しそうですね。
もし、もし良ければご感想、評価、ブクマなどいただけますと頑張れる気がするので良かったら、お願い致します!




