やってしまったものは
短いですが、きりがいいので……
「よかったですね、フェリル様」
「シーフー。なにが、どう、よかったのか分からないんだけど」
もう振り切ってしまったのか、静かに涙を流すお父さんを引き摺って邸に帰ってきたところで、シーフーは満面の笑みで手を叩いた。
思わず睨みつけてしまったが、それも仕方のない事だと思う。
良かった? なにがだ。全然よくない。大失敗だ、どう見ても、お父さんのあの様子からしても。
ユーリウス殿下はあの後、冷たい翡翠の瞳のまま、張り付けた美しい笑みでこう言ったのだ。
「……ユーリウス・トルヴァンです。いろいろと話は聞いていますが、私個人としては貴方がどんな人間だろうと興味はありません。私の肩書が必要なのでしたらどうぞ、ご勝手に」
それだけ言って、あっさりと片足を引いて去っていった殿下に多分わたしは阿呆面を晒していたことだろう。明確な線引きと拒絶。王族として協力はしないが名は勝手に使え。お前と関わる気は一切ない。だからお前も近づくな。
もはや副音声という名の本音が完璧な笑顔の裏からにじみ出ていたわけだが、いったいシーフーは何を見てそんなことを言っているのか。
これでよかったのだろうか。……いや、まあ、良く考えもせずにシーフーの言う通りにしたわたしが馬鹿だったのだけれど。というか多分あの王子様はわたしがどんな態度をとったところで変わらなかったかもしれないのだけれど。そういえば好きな人がいるとかいう話だったし。もしかしたら恋人同士なのかもしれない。だとしたら、わたしは思いっきり悪役だけれど。
……でも、それにしたって、もう少し友好的にはなれなかったのだろうか。
「はあ」
「どうしました? フェリル様。別に好かれたかったわけではないでしょうに」
「それもそうだけど……嫌われたかったわけでもないよ」
あの嫌われっぷりは酷い。協力してもらえないのになんとかなるのだろうか? ああ、とにかくザイオンの王太子をどうにかするまでは我慢してもらうしか……。
あそこまで冷たい目を向けられたのは初めてだった。
「でも好かれても困るのはフェリル様ですよ。あの態度であればまず浮くことはありません。大体の女性は王族に対してあんな感じです。結婚適齢期のご令嬢となればなおさらです」
「そうなのか?」
「そうですよ。周りもそんな感じだったでしょう? だからユーリウス殿下もとくに気にしていませんよ。その他大勢と同じです」
ね、良かったでしょう? そういってにっこり笑ったシーフーに素直にうなずいた。そういうことならそれもそうかもしれない。
「第一、殿下には好きな人がいるという話だったし、いきなり婚約者なんかにされて仲を引き裂こうとするわたしと友好的になんて無理な話か……」
「はい。だからフェリル様はさっさと森に帰れるようにザイオンの王太子を諦めさせることだけ考えていればいいんです」
「なるほど、その通りだ」
シーフーは深く頷いた。
そうだ。わたしがやらかして勝手に殿下を巻き込んでしまったのだから、とにかく、さっさと問題を解決して解放してやらねば。そしてわたしは早く森に帰ろう。
またあそこで日がな一日狩りをして作物を育てておいしいものを食べてふかふかの草原でごろごろ転がる生活をしよう。
「……よし」
少しでも仲良くなれるかも、だなんて思っていた自分が恥ずかしい。人間の友達ができるかもなんて、そんな夢みたいなこと。最初から無理な話だったのだ。
わたしは、森が好きだ。一人でいい。一人が楽だ。
「さっさと帰ろう」
「その意気です」
拳を握ったわたしにシーフーがまた手を叩いた。
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