かち
僕は恵まれている。
王家に産まれ、愛のある両親と優秀な二人の兄に恵まれた。
僕のような立場に産まれながらこれほど平和に生きていられる人間はそう多くはないはずだ。
僕が政治的に利用されずにいることも、後継者争いに巻き込まれずにいることも全ては二人の兄の優秀さによる。
正直、スペアのスペアである僕に大した価値はない。あるとすれば王族であるという血くらいか。
二人の兄をこころから尊敬しているし、誇りにも思っている。これは間違いない。
けれど、同時に少しだけ、あの二人の弟でなければ、とも思ってしまったのだ。
いつからか、だなんて分からないけれど多分気がついたときにはもうそう思っていた。
王族の血を持ち、誰もが素晴らしいと称える兄が産まれた時からずっと居て、失敗することは許されなかった、なにもかもすべて。王家の名を汚すことは許されないし、あの兄達の足を引っ張ることもしたくない。
直接、両親や兄達に言われたことなどないけれどそれ以外の人間は僕を“ トルヴァン家の三子”とか“ ジェラルド殿下とイレネー殿下の弟”と称した。
僕自身に価値は全くないし、誰も僕を見てはいないけれど、僕を通して僕の大切なものを測っていた。
僕に失敗は許されない。僕のせいで兄達が落胆されることも嘲笑されることも我慢ならない。
けれど、それと同時に僕が兄達より秀でることも許されてはいなかった。
あくまで二人の邪魔せず、二人の評価を下げないことだけが僕の存在理由で、なんの役割も責任も価値もない第三王子の生きる意味だった。
多分僕はそれがプレッシャーだったのだ。上手くバランスを取って見せ続ける事に、自分が思い描く理想の自分で居続けることに疲れきっていたのだろう。
僕の心労なんてあの二人に比べたらくだらない事だ。
でも、ただの凡人の自分にとっては大きなことだったのかもしれない。自分じゃ全く気がついていなかったのだけれど、それに気付かせてくれたのが彼女だった。
「窮屈そうですね」
初対面でそう言われた。
何が、と問うた僕に彼女は「生きるのが」と言った。
正直、何を言われたのか分からなかった。そんなことを言われたのは人生で初めてで、無理をしている自覚もなかった。
僕にはそう生きるしかなかったし、それが当たり前で、そうすべきだったからだ。
「貴方は貴方でしかないのだから、そのまま好きに生きたらいいのに」
と、軽々しく言ってのけた彼女に腹が立った。それが出来たらどれほどいいか、そもそも僕にそんなことが許されているはずもない。僕は両親と兄の厚意で生かされているだけの無能だ。
何一つ与えられはしない、何も任されない、国民に王族、として振る舞いその名が必要な時名代として駆り出されるだけの存在だ。
家族と国民に見放されれば僕は容易く捨てられ忘れられる。それどころか王家の血を引いているのだから処分されるだろう。
お前に何がわかる、と言いそうで、けれど僕はやはり笑みを絶やさずに黙ってそれを聞いていた。
彼女は、それに何を思ったのか、こう続ける。
「私にも優秀な姉がいます。私は両親にとって姉のおまけにしか過ぎないのです。すみません、今のは自分に向けたようなものです。貴方の境遇を重ねてしまって……失礼なことを申しました」
彼女はどこか悲しげに瞳を揺らして、立ち去ろうとした。
その彼女、ティアナ嬢をなぜだか呼び止めてしまってから僕の日々は変わったのだ。
これが、きっと、恋なのだろう。恋をしてしまった。今まで、理想の自分でいたくて、気を張っていたのに、恋なんて、いくら価値の無いといっても、僕の立場で許されるはずもないことを……。
視界のずっと先にフェリル・マーデリックとイレネー様が見える。
興奮した様子の騎士たちに囲まれて、二人は笑いながらたまにイレネー様が誰かを怒鳴っている。
どうやら三騎士合同試合は終わったらしい。いつの間に終わったのか、誰が優勝したのか、そういえばなにも頭に入っていない。
とりあえず、自分の名を冠した第三騎士団を労いに行くべきだ。
そう思って立ち上がると、隣のジェラルド様も同じように立ち上がった。
「ティアナ嬢のところに行くのかい」
「え?」
考えてもいないことをなぜだか言われてどきりとする。どうしてジェラルド様はそんなことを言ったのか、固まった僕に兄は肩を竦めた。
「?? だって、ほら……」
「……あ」
「まあいい、私は騎士を労いに行く。その後でルルーリエと共に晩餐に出る。お前も来るだろう?」
「はい、勿論」
「イレネーとフェリル嬢も来るはずだ。話をしたいのなら好機だよ」
ジェラルド様はそう笑顔で後ろ手を振って去っていった。
眼下には、こちらを見上げる愛しい瞳があった。いつから彼女はこちらを見ていたのだろうか、イレネー様とフェリル嬢に目が釘付けではっきりと言って気が付かなかったのだ。
そんな自分が酷く嫌な男に思えて、妙な罪悪感に駆られて僕は頭を振った。
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