じぶんでみたもの
自分で見たもの以外、信じない。
例え、どんな評価を受けていようとも。どんなに信頼に足る者が何を言っていようとも。
俺はそうやって生きてきた。
俺の、百人中百人が変だと評する叔父は彼女を「見た目は精霊、中身は野獣、頭はポンコツ」と言った。
俺の父親、つまり国王は「悪い子じゃないんだけどなあ……」と言葉を濁し、聡明な長兄は「すっごく美人らしいけれど、ユーリの嫌いなタイプだったみたい」とため息をついた。
そういえば、かつての騎士学校時代の悪友が彼女を「天使」だの「下界の愚民に晒させる訳には行かない存在」だの「人間どもの馬鹿な常識に当てはめようとすることが先ず愚か」だの「頭が足りないくらいが丁度いい」だのと理解不能な表現を散々吐き、浴びるように酒を飲んでいたことを思い出す。
あの男が理解不能なのは昔からだし、気にもしないが、俺の感想といえば、
「まあ、天使ではないな」
「てんし?」
首を傾けて金の瞳でこちらを見上げる彼女は確かに美しいのだろう。太陽の日を反射する金の瞳の中でまばらに散った青の虹彩が煌めいている。
が、しかし、天使とかいう甘い言葉が似合うとは思えない。どちらかというと、何だろうか……ううん、なにか的確な表現があると思うのだが……こういう時に限って思いつかないものだ。
じろじろと不躾に見下ろす俺の視線を彼女はもうすでに警戒していなさそうだ。先程まで物凄い力で俺を振り切る気満々だったというのに。
この懐かれよう……。なんというか、なんだ? ええっと、子犬……って感じでもないし、子猫とは全然違うし…………。
ああ、そうだ。
「小猿だ」
「こざる?」
「いや、なんでもない」
しまった。うっかり口に出ていた。
咄嗟にそういうと、彼女は不思議そうに、けれどもうさして気には止めていないらしい。
先程からずっと頬についていた虫にようやく気が回ったのか、物凄いスピードでそれを叩いた。
さすがに頬で潰れた、そこそこのサイズの虫から体液が出てくるのがどうかと思うし、女子としてとんでもないなとも思うし、貴族令嬢としていえば完全に頭がおかしいとしか思えないが、彼女は当然のようにそれを拭って、あろうことかスカートに擦り付けた。
この子、本当に、とんでもない。
俺は自分で見たもの以外信じないようにしている訳だが、色々な意味で彼女は俺の想定の斜め上を爆走していた。
精霊の子だから多少力が強いだのは聞いていたが、思っていた以上の性能だったし、性格も思ってた以上に令嬢ではなかった。それどころか女子らしくもなかった。
ユーリは「他の貴族令嬢と同じ」だとか言っていたらしいが、いったい彼女のどこを見てそう思ったのだろうか。神経を疑うというかまず視力と頭が心配だ。
これが貴族令嬢なのであれば、城で飼っている子犬達も貴族令嬢になれるだろう。いったいユーリの前でどんな顔を見せたのか、どう振舞って見せたのか、気になって仕方がない。そして、そうだとするならば、そんな無駄な入れ知恵をしたやつは一体誰なのだろうか。“ よくいる貴族令嬢”をユーリが好むわけがないのに。
それとも嫌わせようとしたのか? 誰が、なんのために。
彼女は完全に貴族令嬢として失格も失格であるし、ザイオンに嫁がせられない理由も、多分正しく理解したが、俺にとっては悪くなかった。
そう、まったくもって、悪くない。
むしろ、僥倖といってもいいだろう。こんな子だとは良くも悪くも思わなかったし、俺と拮抗する……いや、俺よりも力が強いだなんて思いもしなかった。
「で? もう一度聞くけど、君はなんで追われてて逃げてたんだ」
「ユーリウス殿下のところに行こうとしたらメディが騒ぎ出して」
……ああ、なるほど。だから“ なにかしでかす前に捕まえて”か。
大方彼女はユーリの機嫌を損ねるようなことをもう随分しでかしているのだろう。彼女の弟が焦るのもわかる気がする。ユーリは気難しいからな。というか、いまは恋に恋している盲目ボーイだからな、あいつに気に入られることなんて存在するとは思わない。ユーリの世界は今ティアナ・レイク一色だ。
それに一応、俺やユーリは王族でここは王城なわけだし。
「ユーリになにをする気だったんだ?」
「ユーリウス殿下の片思いに協力しようと思って、とりあえず情報を集めないとって、思ったん、……思いました」
まるで魔法をかけたかのようにすらすらと吐いてしまうこの子はどうやらもう完全に俺を警戒していないらしい。
子犬ではないと言ったが、彼女にブンブンと揺れるしっぽが見える気がする。
まあ、慕われるのは悪い気分ではない。……いや、そんなことより。
ユーリの片思いを協力する、とかなんとか言わなかったか?
「……君はユーリの婚約者なのだろう?」
「はい、わたしはユーリウス殿下に迷惑をかけてしまっているから、お詫びにわたしもユーリウス殿下の為に」
「なるほど」
「…………あと、恋してるっていいなって思って、」
「ほう」
恋。
確かに、今のユーリは恋に恋して恋に溺れて、恋しか見えないっというかティアナ嬢しか見えない正真正銘、恋の病にかかっているが。
あれをいいな、と思ったことは無かったな。
どこか、はにかんだように笑った彼女が眩しくて俺は目を細めた。
俺はそう思える君が羨ましいが、とかいう言葉はなんとなく飲み込んで、笑顔を向けると、彼女は一瞬面食らったように目を丸くして、それからまるで子供みたいな満面の笑みを浮かべた。
「君がもし、俺を手伝ってくれるのなら、俺も君を手伝おう。
俺はユーリの“ おにいさん”だから、あいつのことには詳しいぞ。あいつの片思いにもな」
「ほんとに!? ……ですか」
「ああ、まずは情報を集めたいんだろう? それから、君が話したいように話せばいい。俺も堅苦しいのは嫌いだ」
にっこり。少しだけ屈んで笑った俺に彼女は瞳を絵に描いたように輝かせて邪気なく笑った。
邪気がないどころか、邪な気持ちが全て洗われるような強烈な素直さに面食らう。
王城じゃこんな顔見る機会がない。ユーリももし、はじめからこの子が素のまま接していたら、印象は全く違っただろうに。
もし、もし故意にこの素直さを隠させたとするならばわざとユーリに気に入られまいとしたに違いない。いったい、誰がそんなことをしでかすのか。見当もつかな…………。
ああ、あー、ああ、はは、そういえば、一人いるやもしれない……。
「イレネー殿下をわたしは手伝うぞ!」
「よし、決まりだ」
……まあ、いいか。
あいつのことを考えているとひょっこり現れそうで怖いし。
とにかく、大きく頷いた彼女は俺にとって都合が良くて、多分この感じだと了承してくれるだろうとは思っていたが、実際に笑顔で頷かれると嬉しいものがある。
「じゃあ、フェリル、行こうか」
「はい、イレネー殿下!」
「イルでいい。親しいものの中にはそう呼ぶ奴もいる」
「はい、イル。でも、あの一つだけお願いがあるんだけど……」
彼女にぴょこんと生えた三角の耳(幻覚)ごとわしゃわしゃと撫で回したところで彼女はおずおずと、口を開いた。“お願い”というセリフにやたらと警戒する自分がいる。
一応は王族である俺に、なにを求める気なのか。まあそもそも、俺の“ 手伝い”の内容を全く気にしていない彼女は例外として、要求というものは往々にして厄介であることが多い。
それも、一応は王族に求めることだ。
自然と探るような目になった俺に彼女は特に変わらず、申し訳なさそうに、見ようによれば恥じらうように、目をふせた。
「……ふ、服を……貸してくれない、か。わたしもそういう服が、いい」
「…………」
「……びらびらは、嫌なんだ」
「………………」
「けど、マーデリック家にはびらびらしかない」
「……………」
…………まあ、彼女を常識、や俺の予想に当てはめるのはそもそも間違いなのだろうが。
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