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せいれいのことばけもの




「ハジメマシテだな、フェリル・マーデリック。俺の名前は、イレネー。君が言う通り、君の婚約者ユーリウスのお兄さんだ」

「フェリル・マーデリックです。イレネー殿下」



イレネー殿下が爽やかな笑みを湛えたまま、手袋をさらりと外して右手を突き出してきた。


芝生に後ろ手を着いたままイレネー殿下を見上げ、迷った末にその手を取って立ち上がる。

警戒しながら距離をとると彼はやれやれと首を振った。



「話には聞いている。フェリル・マーデリック。あの無感動で、他人に興味が無いくせに、絶賛、恋に恋し中のかわいい俺の弟が珍しく嫌悪を顕にしたらしい変わった子だと長兄から聞いていたが」

「…………」

「なるほどな。ふうん……。思っていたのとは違うな。てっきり、“ いかにも”な令嬢タイプだと思っていたんだが」

「……」

「さすがは精霊とあの叔父の娘といったところか。俺と併走しえる女がいるとは思わなかった」

「…………」

「なんだ? 言い返さないのか? 酷いと泣き喚いてもいいんだぞ」

「ごきげんよう!」

「……おいおい、ちょっと待て」




顔を傾けながら面白そうに面白くもなんともないことをベラベラ話すイレネー殿下をしばし眺めて、結果、わたしは逃走することにした。


不躾に、いかにも観察するような目は心地のいいものでは無いし、面白がるような声音はぞくぞくするレベルだ。


彼がどうしてわたしと話をしたがっていて、わたしのなにを見極めたいのか、いまいち分からないし、知る必要も感じないし、勝手にしてくれという感じだが第六感というか本能というか、わたしの勘が告げている。



面倒なことにな……いや、もうすでに現在進行形で面倒くさい。



自分のせいで関わらざるを得ないユーリウス殿下はともかく。

どうしてイレネー殿下とまで関わらなければならないのか。なにが面倒だっていえば、またひとり、王族と関わってしまったことによるお父さん、双子、シーフーの反応だ。



シーフーの言いつけ通り、「ごきげんよう」といって、思い切り地面を蹴りあげて逃走するはずだったわたしの首根っこを、またもやイレネー殿下は、むんず、と掴みあげた。



「うぐ」

「コラコラ、待て待て。君はイノシシかなにかか?」



……いや、だから、なぜこの人はわたしを止めれるのだ。

自慢ではないが自分ではコントロールが難しいくらいに(だいたい忘れているだけだけど)わたしは力が強い。


それは恐らくわたしが曲がりなりにも“ 精霊の娘”だからだ。

およそ、精霊らしくない所だけを継いでしまったと自覚はある。


そのわたしを、なぜこの人はそんな爽やかに、さも当然と言わんばかりに止められるのだろうか。



多分、信じられないものを見るかのような顔をしているだろうわたしに、イレネー殿下は首を傾げた。



「なんだ、その顔は」

「……あなたのお母さんは精霊?……ですか」

「そんなわけが無いだろう。精霊と人間が結ばれるなんてこの国始まって以来の珍事件だ」

「あ、そうなんだ。……です」




ぼそり、と言ったわたしに、イレネー殿下は笑みを深くして、ようやく首根っこから手を離した。

少しだけ苦しかった首元が、どうにかなり、わたしは深く息を吸う。



「ま、何が言いたいのかは分かる。俺も君が叔父に聞いていた通りの“ 人間”で安心している」

「…………人間」




イレネー殿下がその長身をゆっくりかがめて、目の前にユーリウス殿下と作りだけは似た綺麗な顔が現れる。

ユーリウス殿下よりも濃い、深緑色の瞳が細まってあっさり告げられた言葉にわたしは身を固まらせた。



わたしは力が強い。例えば飛龍を小石で撃ち落とせるほどには。足の速さは野犬に追いつき、小さい頃にわたしを捉えようとしたシーフーの肋を折った数は多分片手では足りない。本気で殴れば岩をも砕ける。


この人は、わたしを止めたわけだから、当然わたしの力がどれほどのものかを知っているはず。


この人のせいで、わたしは力を発揮できなかったけれど、そもそもこの人がそれを打ち消したからだ。



……そのわたしに向かって、彼は「人間」だとそう言った。人間は、わたしのちょっとばかし“ 人間離れした力”を見ると決まってこう言っていたのに……。



「化け物」

「っ!」



突然イレネー殿下が発した言葉に、思わず肩が揺れた。わたしの様子をどう思ったのか、困ったように笑う殿下はわたしの頭をぐしゃぐしゃに掻き乱してみせた。



「そう呼ばれると思ったか?」

「…………」






「生憎だが、馬鹿力だけで言えば、俺は君にも負けないつもりでね」



イレネー殿下が、照れくさそうに笑う。白い歯を見せて、ははっと声を上げるさまはもうユーリウス殿下の面影の、お、の字すらない。


こんなに綺麗な顔の人間がポンポンいていいものかと思ったりするが王族とはそういうものなのだろうか。


「君が森にこもっている間、そう呼ばれるのは俺の専売特許だったんだ。君は知らないだろうが…。

まあ、そういうわけで俺からしたら君はただの“ 人間 ”だ。フェリル・マーデリック」


ぽんぽん。


首が埋まりそうなほど、乱暴に頭を叩かれながら、わたしは驚愕で目を一切逸らせなかった。


逸らせなかったどころか、目も口も間抜けに開いて、ひどい顔だったに違いない。


こんなところをネリーに見られでもしたらわたしは多分埋められるだろう。


けれど、あまりに、あまりに衝撃的すぎて展開についていけなくて、頬に虫が止まったのも厭わず、わたしはしばらく唖然とその美しい笑顔を見つめ続けていた。





いつもありがとうございます!

評価、本当に嬉しいです(;_;)

これからも頑張ります……ありがとうございます!

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