かくなるうえは
結論から言うと、わたしは森に帰してもらえなかった。
なぜか、まあ、なんというか。父がぶっ壊れたのはわたしのせいだったからだ。
父は言った。
「東のザイオン王国の王太子がお前に求婚してきている。三か月前、トルヴァンを訪れた際、不測の事態が発生し、お前に助けられたらしい」
「……三か月前……」
「赤髪に茶の瞳の青年だ。飛竜に乗っていたところを何者かに撃ち落されたとか、なんとか……」
赤髪、飛竜……。
「あ」
あ、あったな。そんなこと。
思い至ったわたしの反応を見た父の絶望した顔と言ったら。ふふふ、と笑いが漏れそうになったところで気が付く。
―――――王太子?
あの日、このトルヴァン王国ではめったに見ない赤い飛竜が飛んでいるところを見た。飛竜の肉っておいしいのかなーとか思って試しに石を投げてみたら思いのほかクリティカルヒットしたらしく、飛竜があっさり落ちてきた。
そういえばわたしは精霊のハーフだけど、精霊の力はほとんど持っていない。できることと言えばちょっとした怪我を治すのと、普通の人よりちょっと力が強いくらい。
お母さんみたいに、水を伝って好きなところに行けたり、いろんな生き物と会話出来たりはしない。
「よっこらせ」
まあ、でも、そっか、わたし力ちょっと強いんだった。加減が難しい、本当。
とか思いながら降ってくる飛竜の衝撃をどうにか緩和させるとあら、びっくり。
なんと飛竜の背には人間が乗っていた。
野生なら食ってみようとか思っていたけれど、飼い主がいるとなれば話は別である。大変だ、と思い内心焦りながら、さっさと飛竜の手当てをし、傷を治して、落ちてくる拍子に気絶してどうやら足が飛竜の下敷きになったらしい多分曲がってはいけない方向に曲がった足を治した。
その時うっすら開いた瞳は確かに茶色だったかもしれない。髪は確実に赤だった。
ちゃっちゃと治療をして「やばいやばい、ひいいい。無かったことにしよう」と逃げるように山小屋に帰ったわたしにその人は何やら言っていたような言っていなかったような。どっちにしろこの国の言葉ではなかった気がする。
ははん、なるほど、他国の王太子でしたか。
納得して、肝が冷えた。確かに治療したのはわたしだが、そもそも撃ち落したのもわたしである。
他国の、王太子を、だ。
「……やっちゃった」
「はあああ、やっぱりか。そんなことだろうと思ったよ、お父さんは! もう、なんでこんな野生児に育ったんだうちの長女は! 誰のせいだ!」
「旦那様の教育の賜物です」
「……オトウサマのキョウイクのタマモノデス」
「ああん! もう、嫌だ!」
ああ、お父さんがぶっ壊れたのは正しくわたしのせいだった。
……ん、えと、あれ。
「……それで、なんで求婚」
その王太子とやらは頭が、その……おかしいのだろうか。それとも求婚とは名ばかりで復讐とかなんとかされてしまうのだろうか。ひい。
あ、もしかしたら、落ちた衝撃で頭が変になってしまったのかも。……やばい。それだけは本当に大変だ。
王太子といっているけれど、弟、もしくは兄、とかはいるだろうか。今後、むやみに飛竜を撃ち落すのはやめよう。うん。
「ザイオンの次期王は頭がアレでいらっしゃるのですか?」
わたしでさえも自粛した言葉をシーフーはするっと言って見せた。ぎょっとするわたしに彼はいつものスマイルで「フェリル様もそう思われませんか」と言ってきた。だからわたしは素直にうなずいた。
眼前で父が頭を抱えている。
「だから……フェリルの見た目に騙されたんだよ……。若き青年は、フェリルのことを自分を救ってくれた女神かなんかだと言って聞かないらしい……。こちらの使者を介してどうにかフェリルが野蛮人だということを伝えているが、一向に信じようとしない」
「おかわいそうに」
「申し訳ないな」
本当に申し訳ない。
両手で顔を覆う父の横でシーフーが眉を下げた。
同情に歪む表情は父に向けられたものでもあるし、そのかわいそうな王太子に向けられたものでもあるだろう。多分。
「ザイオンは一夫一妻制で、離縁が罪とされる国だ。そんな国で次期王が他国から娶った妻を放り出すことなんぞ許されない。つまりだ、中身がこんなフェリルを押し付けられん。中身がこうだと知れて国際問題に発展する可能性もある」
「酷い」
「そもそもこれに王の妃など務まらん」
「確かに」
「フェリル様のそういう素直なところは美点ですよね。私は好ましく思いますよ」
「ありがとう、シーフー」
わたしとシーフーが微笑みあう様をお父さんはなんとも言えない顔で見つめた後、ため息をついた。
「……シーフー、どうだ、一層のことフェリルを嫁に、」
「旦那様、私に面倒ごとを押し付けるおつもりで?」
「……面倒ごと」
「だって、今、好ましいって」
「それとこれとは話が別です。それに私は東の王太子の恨みなど買いたくありません」
「まあ、そういうな。見た目はいいぞ、見た目は」
「お戯れを。美人は三日で飽きます」
「大丈夫だ。私は何十年たってもアリエルを飽くことはなかった」
「旦那様と奥様はほとんど、一緒にいないでしょう」
わたしが公爵家の娘として失格なことも、貴族令嬢としてお話にならないことも、それどころか女子として一般的でないことも分かっているつもりだけれど、こう……実の父に幼いころからの世話係と自分の押し付け合いを見せられると、こう……、なんかさすがに来るものがあるな。
おい、シーフー、君はどんだけ嫌なんだ失礼な。
お父さんが目を回す。頑ななシーフーにわたしを押し付けることはあきらめたらしい。大袈裟にため息をついて眼光をとがらせた。
「……いたしかたあるまい。かくなるうえは……」
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