おにいさん
「え?」
「ん?」
あっさり、捕獲された。
後ろからドタドタと追っ手の足音がする。
どこかで見たことがあるような顔がわたしを見下ろして「ん?」と顔を傾けた。
背がシーフー並に高い。わたしの頭二個分くらいありそうだ。殿下も背が高いと思っていたがそれよりも全然高い。
肩ほどまでの金髪と深緑色の瞳はどこかの誰かに似ている気がする。
…………どこかの誰か、というか、ユーリウス殿下に似ている。
顔の作りはとてもよく似ている。そういえば見れば見るほど似ている。
整った顔立ちと程よく日に焼けた肌が眩しい。目が合うと爽やかに歯を見せて笑う様は、彼とはまったく、まっっったく、もう、全然、正反対と言ってもいいほどに似ていない。
けれど、間違いない。確実に殿下の血族だ。ということは多分わたしとも親戚にあたるのかもしれない。いや、そんなことより王族ってことか。……いや、そんなことよりなにより、まずはすぐそこまで来ている追っ手だ。
男の顔に釘付けになっていたわたしはハッと我に返り掴まれていた腕を振り払った。男が目を丸くして拍子抜けしているすきに、背を向けて走り抜け……。
「おいおい、とんだじゃじゃ馬だな」
「ぅぐっ!?」
何が起こった?
わたしが捕まるハズなどあるわけも無いのに、一歩たりとも前に進まない。焦って振り返ると男はわたしのたっぷりとしすぎているスカートを鷲づかんでいた。振りほどこうとするが、この男……力が強い。
この男……もしかして、というか多分、いや、やっぱり絶対に、確実に……。
「ほう、その水脈が張ったような見事な青の髪、金の瞳。なるほど、もしかしてマーデリック家の精霊姫か」
「そういう貴方はもしかしてユーリウス殿下のお兄さんですか」
「ぷっ、ユーリのお兄さんと称されるのは初めてだ」
「ブファッッ」
ぱっとユーリウス殿下のお兄さんが手を離す。拍子に綺麗に刈られた芝に顔面から突っ込んだ。
全力で振りほどこうと前に体重をかけていたことを忘れていた。忘れるほどに拮抗した力で引っ張るなんてこの男一体何者なのだろうか。その様子を見てユーリウス殿下のお兄さんがまたもや吹き出す。
「ふぇ、フェリル・マーデリック様!??」
「で、殿下!!いったい、なにが!」
地面に顔面からダイブしたわたしとその横に悠然とたつユーリウス殿下のお兄さんに、やっと追いついた追っ手が困惑している。
わたしを引き起こそうと近付いてきた衛兵の前にお兄さんが立ち塞がった。
「なんで、この子は追われてるんだ?」
「な……なんで、と言われますと……。我々はとにかくメディ・マーデリック様から、「なにかしでかす前に捕まえて」と」
「ふうん……。なにか仕出かすんだ、この子は」
「ええ、っと……我々にはなんとも……」
顔を上げて、立ち上がろうとしたわたしのドレスの裾をお兄さんが思い切り踏んづけてわたしはまたしても地面と顔をぶつけた。
土と青草の香りが懐かしい。大好きな香りだ。けれど、こんな形で感じたくはなかった。あと口に土が入った、ぺっ。
「ま、そういうことなら、あとは俺が見張っておくから、お前たちは職務に戻るように」
「え!? で、ですが、」
「聞こえなかったのか? 戻る、ように」
爽やかに笑ったお兄さんに、衛兵は弾かれたように礼をして「はっ!」と声を合わせると素早く退散していった。
「……さて、」
くるり。
シーフーにも勝るとも劣らない長身がこちらを向き、少しだけ腰を折る。
一気に陰った視界にゴクリと息を飲んだ。
爽やかな笑顔がなんだか恐ろしい。良く見たら殿下がいつも着ているごてごてとしたキラキラしい服とはまた違った、気持ち動きやすそうで身体に沿った服を着ている。
全体的に濃紺の衣装は所々金の縁取りがされている程度の装飾しかなく、けれど左胸にはなんだかキラキラ輝く様々な形の金属の飾りがいくつもついていた。
それから、腰に下げた剣。本物だろうか? 本物なのだろう。
黒のブーツが芝を踏み、また一歩近づく。
「で、君の目的は一体なんだ? フェリル・マーデリック」
ユーリウス殿下は第三王子だから、この顔立ちだけはユーリウス殿下に似た男を彼の兄だと思い込んでいたが、それは違ったのかもしれない。
だって、この男の服装は殿下の“ 王子様”の服とはまるで違った。
それから、空気も、態度も、言葉遣いも。
ユーリウス殿下が“ 王子様らしい”とすれば、彼はどちらかというと、先程の衛兵達に近い。
そう、言うなれば、騎士、のような。
「丁度いい。俺も君と会ってみたかったところだ」
「わた、わたしと……?」
騎士はにっこり、白い歯を見せて笑った。
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