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へいそう





また次の日、わたしは城にいた。



誰に呼ばれた訳でもないが、好き好んで自主的に弟メディに着いて登城を望んだわたしをお父さんはどう思ったのか、「余計なことをしないなら」と言って送り出してくれた。

頼りになるネリーは最後の最後まで疑りの目を止めないどころか再三にわたってやはり「大人しくしておいて、わかったわね」と繰り返した。揃いも揃ってみんなそれか、耳にたこができる。

わたしの信用のなさが恨めしい。

ネリーは今日は城に行けないらしいし、あんなとこ好き好んでいく場所じゃないと目を細めた。わたしもそう思う。キラキラした人間がうじゃうじゃいるし、言ってしまえば城が一番キラキラしている。控えめに言って合わないし、慣れない、というか苦手だ。



「フェリル様、お気をつけて」

「あ……う、うん、ありがとう」


近頃、なんとなく避けてしまっているシーフーは相も変わらず美しい笑みを浮かべるばかりでなんだか気持ち悪い。何を考えているのか分からないし、とにかく、気持ち悪い。


でも、本当に、彼に嫌われていたらどうしよう。さっさと邸から出ていって森にずっと引っ込んでいればいいのに、とか思われているかもしれない。そう思うと恐ろしくて避けてしまうのだ。


なんだかんだ言っても、彼が今までずっとわたしの味方でいてくれたことに変わりはない。とりあえずわたしから見てみれば。


「それで、ねえさんは何をしに行くの。僕は用事があるからずっと傍にはいれないけど本当に大丈夫なの?」

「うん、平気だ。ちょっと殿下に用があって」

「殿下ってユーリウス殿下? なに、仲良くなったの?」

「なると思うか?」

「うん、思わないね」

「そうだろう。あははは」

「だよね、はははは……」



城について馬車を降りたところでメディは心配そうに眉を寄せた。



「で? 結局なにをするの?」


顔を合わせて笑いあっていたメディが唐突に顔を引きしめて面食らった。どんな早業だ。貴族ともなるとそんなに自由自在に表情筋を動かせてしまうのか、恐ろしいな。確かに殿下の表情筋も発達していそうだ。なんといっても、作り笑いのスキルはとりあえずは高い。それから、嫌悪の顔の完成度も。



「なにをするっていうか……」

「うん」

「そもそもわたしと殿下は“ 婚約者”なわけだろう」

「一応ね」

「けど、わたしは殿下のことを殆ど知らない。名前も顔もこの前知ったばかりだし、歳を知ったのはつい数日前だ」

「一応、一国の王子なんだけどね」

「王子になんて興味が無い。猪豚の美味い部位についての方がよっぽど気になる」

「公爵令嬢のセリフとはとても思えないね」

「でも、まあ、ザイオンの件で迷惑をかけているのはわたしだし、協力してもらうし、わたしも協力すると決めたし」

「ふんふん、それは良い事だけど………ん? ちょっと待って、ねえさんがなにを協力するの? え、ザイオンのこと?」

「ということで、とにかく、わたしは殿下について知らねばならない」



心配げに寄せられていた眉はいつの間にか釣り上がっていた。状況を把握しようと回転しているであろう優秀な弟の頭脳に合わせて眉間のシワが増える。

メディが肩をつかもうと手を伸ばしたのをひらりと避けて、わたしは笑った。



「ちょっと、何する気だよ! 話そうにも殿下は殿下なんだからそう暇じゃないと思うよ! というか余計なことはしないって、約束しただろ、ねえさん、ちゃんと分かってる?!」

「勿論だ! 大丈夫、別に殿下と話さなくても問題ないから」

「問題ないって……問題あるでしょ! あのね、殿下は殿下なんだから、迷惑かけちゃ」

「大丈夫! 気付かれないようにするから」

「なにを? 大丈夫に聞こえないんだけど!?」


段々と青白くなってきた弟の悲鳴じみた声になんだなんだと衛兵が集まってきた。

衛兵はわたしの顔を見て、メディの顔を見て、後ろに止まった馬車を見て「ああ、マーデリック公爵の……」とか「ユーリウス殿下の婚約者の」とか呟くが何故、メディがこんなに焦っているのか分かっていないらしい。ちなみにわたしにも分からない。

まあ、おそらく、やはりわたしの信用のなさに所以しているのだろうが。

どれだけ信用ないのだろうわたしは。というか良かった。わたしは城門の衛兵にさえきちんと“ 殿下の婚約者”として認識されているらしい。


これなら、早々に捕獲されて邸に強制送還とかいう目には合わないだろう。それも“ 余計なことをしなければ”のはなしであるが。



「余計なことはしないし、殿下に迷惑もかけない! 公爵家にもメディにもな! じゃあ、メディも頑張ってくれ!」



わたしは手を伸ばしたポーズで固まるメディに笑顔でひらひらと手を振って、庭園をダッシュした。

余談だが足には自信がある。

この為にびらびらのドレスは我慢したが靴は断固、ヒールの無いものを選んだ。というかヒールのある靴を拒否した。

シーフーが困ったように笑いながら「おやおや、まったく」と相変わらずの読めない笑顔で言っていたが、素直にとてつもなく走りやすそうなものを引っ張り出してきたので、気にしないことにした。



後ろの方からメディと衛兵たちの困惑の声が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなった。



「ふっふっふ、追いつかれる気は毛頭ない!」



というか、心配しすぎなんだ。誰も彼も、まったく、わたしをなんだと思って……。




「お? なんか毛色の違うのがいるな。なかなかいい走りっぷりだ」

「あれ?」



これはいったい、どういう事だろう。


気が付くと、隣を見たことの無い男が走っていた。





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