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うつくしいもの





「ほら見て」



柱の影から少しだけ頭を出して前方を覗き見る妹をなんとなく微笑ましく思いつつ、けれど笑みは慌てて引っ込めた。

何故なら、先程「ニヤニヤしないでみっともない」と怒られたからだ。

ちなみにメディは今日はいない。次期公爵であるメディは後学の為、城で父に付いて勉強中である。我が弟ながらなんと偉いのか。


そんな弟についでについてきたわたしとネリーをお父さんは不審がっていたが「ユーリウス殿下とお姉様の為にちょっと」というネリーの言葉に、一転して態度を軟化させた。わたしには一切耳を貸さなかったくせに、くそう、どういうことだ。


「……お姉様?」


柱の影から覗きをしていた妹の不機嫌そうな声に慌てて思考を戻した。

えっと、それでなんでわたしたちは真っ昼間から堂々と覗きなんてしているのだっただろう。


妹に習って真剣な顔で柱から顔を出し前方数メートル先を睨んだ。



そこにはふたつの人影が。

ひとつは金髪の長身の男性。わたしの(一応)婚約者であるユーリウス殿下その人。

そして、もうひとつが、殿下より頭一個半小さい背丈で華奢な身体に小さな顔の乗った女性こそ、ティアナ・レイク男爵令嬢である。……であるはず。



「……ネリー、あれは本当に殿下だろうか。殿下ってあんな顔だっただろうか」



ティアナ嬢の白く細く、傷一つなさそうな掌がそっと殿下(仮)の頬に触れ、殿下が目元を赤らめた。

2人がいる場所から大量のどピンクのもやっとした空気が立ちこめている気がする。


ああ、すごい、むせ返りそう。



頬に触れた手を上から包む殿下が笑った。見たことの無い顔だ。いや、というか見たことの無い人ですらありそう。

あれ、殿下ってあんな顔だったっけ。あんな優しい笑顔浮かべる人だったっけ? というかあんなに隙だらけの人間だったっけ?



時折通り過ぎる使用人がどことなく気まずげに目を逸らしている。あからさまに苛立っているメイドまでいる。


あれ、わたしは、なんでこんな所であんなものを覗いているんだっけ。



「分かったでしょう、お姉様」

「分かったってなにが……って言いたいところだけれど、うん。なんとなくね」

「殿下の想い人なんてどうでも良すぎて興味がなかったけれど、お姉様のこともあるから調べてみたらすぐにわかったわ。というか分からないわけがないわ」

「うん」

「……あれが片想い? あれで恋人でないなんて、あり得ると思うの? お姉様」


見たことの無い顔だ。


甘い、甘い、同じ笑顔でも随分違う。

一目で殿下の想いが伝わるような。それから、ティアナ嬢の方も。愛らしい丸い空色の瞳がまっすぐに殿下だけを見ている。




「……綺麗だ」



二人は綺麗だった。


どうしようもなく。誰にも邪魔されない不可侵の領域がそこにはあった。お父さんとお母さんが共にいる時とはまた違った雰囲気で、お母さんが語る恋やら愛やらとはまた違う美しさがあった。



ネリーやメディが驚いた理由がわかった。

二人はまるで片想いとはかけ離れたように思える。

だって、どちらも恋をしているようだったから。そういうふうに見えたから。



恋をすると、人はああいうふうに綺麗になるのか。あんな甘さを持つものなのか。


わたしも……わたしも、そうなのかな。いつかは、そうなるのかな。



「お姉様? 」

「殿下は何故片想いだといったのだろう」

「は」


柱の影に引っ込んだわたしたちが小声で見つめ合う。ネリーが眉を寄せてわたしは彼女の頭を撫でた。



「ティアナ嬢も殿下を思っているんじゃないか?」

「そう、私もそう思うわ。というか城の人はそう思っているんじゃないかしら」

「じゃあ、何故殿下は片想いだと言ったんだ」



やはり、一応は婚約者であるわたしに気を使って? いやいや、もはや作り笑いすら投げ捨てた彼がそんな気を使うとは思えない。


では、彼女が思いを伝えられない理由があるのだろうか。わたしのことを勘違いしているのではないだろうか。殿下が気にせずともティアナ嬢が気にしているとか?



「さあ、身分の差があるからかしら。いえでも愛人にするには全く問題がないわ」

「なんで、みんなは二人を歓迎していないのだろう」

「やっぱり、身分じゃないの? 身の程知らずーみたいな嫉妬ってあると思うわ」

「……嫉妬」


なるほど。羨ましいと思う心か。


「確かに」



小さく呟いたわたしにネリーがぎょっとしていた。……ことに気が付かなかった。



確かに羨ましいとわたしも思った。ああいう恋をしたいと思う。わたしもああいうふうになれるのならば……。




「よし、やっぱり、殿下に協力しよう」

「え?」

「二人はきっと両想いだ。殿下を巻き込んでしまったお詫びにわたしは二人に協力しよう」

「……お姉様。お姉様は一応婚約者なのだけれど」

「その辺もきちんと彼女に説明しよう。わたしのことでなにか思い違いをしているのかも」

「お姉様?」




めらめらと滾る心で拳を固く握った。わたしが理由であの綺麗な空間を壊してしまうなんてひどすぎる。


だから、二人がなにも気にせず思い合えるよう、わたしは尽力しようと思う。


この偽りの婚約者期間が終わるまで、全力で!



「……え、なんでこの人こんなにやる気なの。何をやる気なの」



あ、でも余計なことはしないで欲しいと言われたのだった。

余計なこととは一体なんだろう。あからさまな行動のことだろうか?

それならばこっそりと、協力する分には構わないだろうか。うん、そうだ、そうしよう。恋の話も聞きたい、殿下は話してくれないだろうけどティアナ嬢はどうだろうか。


彼女に聞いてみよう、そうだ、彼女の気持ちを聞いてみよう。そうしたら、なぜ恋人ではないと殿下が言っていたのか分かるかもしれない。



「そうしよう」



わたしは燃えていた。わくわくして仕方がなかった。ネリーが「え、なに、こわいわ」とか言っていたけれどそれすら、耳に届かないくらいに。






いつもありがとうございます!

ザイオンの王太子が出てくるのはもう少し先になりますが、あと数話で新キャラは出てくる予定です。

ご感想、評価、ブクマいただけると嬉しいです。よろしくお願い致します。

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