かたおもい
「それはティアナ・レイクね」
「ティアナ、レイク?」
「ユーリウス殿下の想い人。城で行儀見習い中の男爵家の娘。歳はねえさんと同じで殿下の三つ下」
「え、殿下って二十歳なの?」
「……なんで知らないの? お姉様」
あの後、「回収に来た」と言って現れた二人にがっちりと両腕を捕まれ。あれよあれよ、と今は誰の邸か知らないが設けられた控えの間に収まっていた。
そこで殿下と話していたこと、バルコニーの女性のことを話すと、妹に蔑むような視線を送られた。……のは気の所為だと思いたい。なんでって……知っていて当然なのだろうか? わたしがおかしいのだろうか? でも、だってだれも教えてくれなかったし。
「というか、殿下の好きな人のことなんで知ってるの? 殿下に聞いたの?」
「まさか」
「調べたの。城では有名だったわよ」
「そうなの?!」
ということは、いよいよ殿下は恋心を別に隠さずとも良いのではないか! きっとみんなも応援してくれるはず。殿下の想いはきっと届くはず!
ソファから腰を上げて身を乗り出したわたしにネリーが「こほん」と咳払いをした。
その表情はわたしと違って楽しそうでも無ければ、浮かれてもいない。呆れたような青の瞳が数回瞬かれた。
「第三王子が身分違いの相手に懸想。未来の愛人候補。男爵令嬢が勘違いをして調子付いているって」
「愛人って……」
「愛人っていうのは……」
「メディ、そのくらいは知ってる。シーフーに教えてもらった。遊びの女、一番になれない負け犬、貴族のおもちゃ、子孫を残すための……」
「……あんのバカ執事なんてこと教えてるのよ!」
「でもネリー間違ってはいないんじゃ」
「はァ?! あんたもバカなのメディ。これだから男は……! 曲解がすぎるでしょ」
ネリーの唸るような声にメディも肩を震わせ背筋を伸ばした。ついでにわたしもだ。
シーフーの言っていたことはまたしても違ったのだろうか。高い身分のものほど多く持ちたがる金のかかる娯楽とか言っていたが、それもまた違うのか。
この国では愛人はきちんと認められていて、血を残す必要のある王侯貴族なんかは推奨すらされていると聞いたけれど、それも?
そうネリーに聞くと彼女は、それは間違っていない、と言った。あの執事は教えるものの優先順位がやはりおかしい、とも。
「とにかく! お姉様が思っているほど殿下とティアナ嬢は歓迎される関係ではないし、殿下もティアナ嬢もお姉様ほど頭の中お花畑ではないのよ」
「そうか。…………あれ、わたし貶されてる?」
「それに、殿下の婚約者はお姉様ってことになっているのだからお二人の心中はいまや、複雑…」
「そうだよね。やっぱり、わたしのせいでぎくしゃくしてしまっているかもしれない。殿下の片想いだと言っていたし、それも」
「……ん? 待ってねえさん」
「なに、メディ。わたしはやっぱりティアナ嬢に説明をする義務があると思う?」
「いや、知らないけど。どんな話になってるのか知らないけど、ちょっと待って」
「ん?」
腕を組んでうんうんと考えているわたしの前で双子は愛らしい顔をぽかんとさせていた。
珍しくちょっと間抜けな感じだ。ああ、可愛い。いつの間に天国にきたのだろう。やはり先程の唸り声のような妹は幻だ。だってこんなに可愛いのだもの。
「あの、ふたり、恋人同士じゃないの?」
「殿下ってティアナ嬢と付き合ってるんじゃないの」
ぼそぼそと紡がれたセリフに首をかたむけた。
わたしもなぜだかそう思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。だって誰でもない殿下そのひとがそう言ったから。
「違うぞ? 殿下の片想いって言ってた」
双子が口をあんぐりと開けている様はまるで、雛鳥が餌を待っているかのようだ。
ふふっと堪らず笑みが漏れる。
こうしていると、しっかりとしすぎている頼れる妹弟たちは年相応に見える。
絶対にこうしてた方が可愛いのに、貴族とは本当に大変な役割だ。もろもろが片付いたらさっさと帰ろう。シーフーが言っていたように。
私には向かない。
「嘘でしょ?」
ネリーのつぶやきが何のことに対してかよく分からずわたしは首を捻った。
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