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こいについて




ユーリウス殿下は恋をしていた。


もちろんわたしにでは無い。恋というのはかくも甘酸っぱく素敵なものであるというのはお母さんの言葉だ。

お母さんはふわふわとしていて掴みどころがなくていつでも無邪気にお父さんへの愛を語った。


あの人のいい所は、追い詰められて泣き叫ぶところ、だとか、追いすがってくるのが可愛いの、だとか言っていることはイマイチよく分からなかったがお父さんの事を語るお母さんはとても美しかった。

いやそりゃあ、まあもとから美しいに決まっているのだけれど、元の何倍も輝いて見えたのだ。


お母さんはお父さんをとても愛しているといつも言っていたけれど、その割に二人は一緒にいなかった。理由を聞くと決まってお母さんは困ったような顔をして「いつかわかる日が来る」とそう言っていた。

その日は未だ来ていない。そしてお母さんが語った愛や恋についてもまだよく分からない。


ユーリウス殿下は、誰かに恋をしているらしい。



妙にどくどくと鳴る胸を押さえつけて殿下の翡翠の瞳を仰ぎ見ると彼の瞳は分かりやすくわたしを拒絶していた。

そりゃあそうだ。結局のところお父さんにも双子にも申し訳ないがわたし達は多分何も変わっていない。


ただ、いつの間にか、素のまま接している分物凄く楽だった。貴族子女らしくもなく、王都の流行にも乗れていない。


けれど、どうしたって多分同じだ。殿下はそもそもわたしのことが婚約者としてだけでなく、人として好きではない。だったらなにをしても、繕っても繕わなくても同じだろう。



「とにかく、余計なことはしなくていいですから」



殿下が思い切り顔を逸らしてため息をついた。もはや殿下の方も繕う笑顔すらない。今までの二度ともどんな状況でも柔和(に見える)な笑みだけは絶やすことのなかった殿下が、だ。

わたしにはその価値すらないと思われたに違いない。まあでも仕方がない、わたしは特に気にしないし、殿下がそれでいいなら文句はない。殿下には申し訳ないけれど。



「わかった! 余計なことはしない」

「……本当でしょうね」

「うん、だけど話を聞かせて欲しい」

「…………はなし、を?」

「うん」


殿下が訝しげにその形の良い眉をひそめた。月明かりに照らされた高い鼻と白い頬をぼんやり見つめて頷いた。



お母さんが二年ほど前にどこかに消えてから、わたしが愛や恋の話を聞くことはなくなった。

それどころか会話すらこちらに戻るまでほとんどしてこなかった。

お父さんに恋の話はなんだか聞きづらかったし、シーフーなんて論外だ。

なんだか嫌な予感しかしない。双子は忙しくあまり会うこともなかったし。


わたしはまた恋をしている人間のあの輝く姿を見たかった。美しい話を聞いていたかった。

もしかしたら、わたしもいつかは恋をして誰かを愛するのかもしれない。その気持ちがわかる日がいつか来るのかも。


でも、とりあえずそれは今ではない。今のところそんな兆しは無い。まったく。というかどうやって恋をするのかが分からない。



「殿下の恋の話をして欲しいんだ」

「嫌ですよ」

「減るものでもあるまいし」

「私の精神が削られます」


というか、貴方と話しているだけでガリガリ削られます。とユーリウス殿下は小さく付け加えた。


どこかげっそりとした殿下が胡乱げに視線を上げる。呆気なく断られたそれにうぐっと息を飲んで殿下の視線を追うと彼は丁度2階上のバルコニーで視線を止めた。

まるで、吸い込まれているかのように釘付けになる視線の先にはどうやら女性がいるようだった。


バルコニーの手すりにもたれた女性はわたし達に気が付かない。


遠くで聞こえる会場の音楽が微かに耳に届く。殿下はすっかりわたしのことなど忘れているように、ひたすらに彼女を見ていた。


ここからでは髪の色はおろか、顔つきでさえほとんど分からない。

わたしは目がいい方だけれど、それでもだ。



でも、殿下には彼女が誰なのかが分かっているらしい。王族は精霊より良い目を持っているのだろうか。知らなかった。きっと狩りもうまいのだろう。殿下と良い関係を築けていたら一緒に狩りにいくのも良かったかもしれない。まあ、多分一生実現しえないけれど。


月の光に淡く照らされた横顔は、今まで見たどんな表情よりも美しく、そして、儚い。触れるだけでボロボロと崩れ消えていってしまいそう。


それは殿下の美貌がそう思わせるのか、それとも先程までのゴミを見るような眼差しをしまい込んだ何か純度の高い感情を乗せた瞳がそう思わせるのか。



とにかく、不覚にも、わたしはユーリウス殿下に見とれてしまったのだ。



「……………………」



彼は口の中で味わうように何かを呟いたらしかった。

残念ながら音にはならなかったそれをわたしは知ることが出来ない。



けれど、恐らくそれは彼が恋する相手の名前なのだろう。


漠然と、そう思った。









いつもありがとうございます!

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