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このひともにんげんか




 わたしは今、知らない邸で婚約者(仮)に腕を掴まれ廊下を小走りしていた。

 いったいどこに連れて行かれるのか。あの一瞬に見せた感情の抜け落ちたような顔はいったいなんだったのか。王族の権限を使って消されそうになったらどうしよう。わたしの腕力で勝てるだろうか。いざとなったらシーフーに教えてもらったように股の間を蹴り上げて、……ああ、待てこのびらびらで足が振り上げられるか? それより殴った方がいいんじゃないか。……いやシーフーの言うことはまるっと忘れなければいけないのだった。


 ネリー、メディ、果たしてわたしの謝罪は受け入れられたのだろうか。そしてお父さん、わたしは殿下とお近づきになれたのだろうか。

 腕を引っ張られながらぼんやりと考えてみるが多分答えは否だろう。怒りとも焦りともつかない顔を一瞬見せた殿下とお近づきになれた、わーい! と思うほどわたしの頭はパーではない。……と思いたい。

 会場からもうずいぶん離れた気がするが、殿下は未だにこちらをちらりとも見ない。黙りこくったまま大股でずんずんとわたしを引っ張っていく。

 くそう、この歩きにくさしかない靴とびらびらでなければ、回り込んで「いったいどうした。なにがあった」と尋ねることもできただろうが、いかんせん、この服装では引きずられるのが精いっぱいだ。


 転がる様になんとか殿下の背を追っていると急に夜風を感じ、そして半ば突き放される様に……というか突き放された。思いっきり。

 ここはどこなのだろう。きょろきょろと見回すとどうやら外らしい。闇の中に木々が行儀よく植えられている。ここへきてなんと懐かしの木々の香り。涼しく澄んだ空気、はあ、落ち着く。


「余計なことはしないでください!」

「あ、えっと、すまん」


 俯いていた殿下がきっ、とわたしを睨む。翡翠の瞳がいろいろな感情を乗せてぐらぐら揺れていてわたしは素直に面食らった。

 余計なことって、深呼吸がいけなかったのか。そりゃあ、そうか、この人は曲がりなりにもこの国の王子様なんだから、そんなふうにリラックスするのは不敬なのかもしれない。



「……なんのことかわかってますか」

「深呼吸だろ、王族の前でだらしないことするなって、ネリーとメディにも……」

「違うッ!」



 苛立った殿下に首を傾げる。というかこの人もっとすました笑みをずっと浮かべている人だった気がするんだけど、なんでこんなに気が立っているのだろうか。

 あ、そうか、人の目がなければ別にいいのか。ということはこの人はもともとがこうなのだろう。大変だな。怒りっぽい癖にいつもにこにこしていなきゃいけないなんて。

 というか、違う? え、なにが、……ああ。


「です」

「だからそこじゃないって!」


 ああ! と声を裏返して美しい金髪をかきむしった殿下にぎょっとした。しかもなんかぶつぶつ言っている。こわい。闇のなかでぎらりと光る理性的でない殿下の翡翠の瞳。後ずさったわたしに殿下は目を細めた。


「そうでなくって……」

「??」

「……君が先ほど言った、その、私の恋人に説明するとか、なんとか」

「ああ、そっちか」

「ほかになにがあるんですか……」


 ぽん、と手を打つわたしを殿下はもう一度睨みつけた。それにしてもこの人睨みすぎではないか。どれだけわたしのことが嫌いなんだ、まったく。なんで、こんなことに、……ああ、わたしのせいか。

 というか、だからこそ、殿下のためにだな。


「心配しなくてもいい! きちんと、なにもかも包み隠さず真実を話してわたしから謝罪させてもらうつもりだ、……です。少しの間殿下には不快な思いをさせることになるだろうが……」

「だから!」

「です?」

「そこじゃないっていってるでしょう、いい加減にしてください」

「スミマセン」


 腰に手を当てて高らかに言い放ったわたしの顔はきっと晴れ晴れとしていたことだろう。やっぱり、殿下の心情などまったく気にせず、森に帰ることだけを考えなくて良かった。そりゃあ早くあの大好きな森に帰りたいけれど、でもそれだけじゃあ本当に殿下が不憫で仕方がない。

 まったく、シーフーはなぜ、ああも殿下と言うより王都からわたしを遠ざけようとしているのか。実はわたしの事が嫌いなのか! な、なんてことだ、それは、さすがにショックで仕方がない。うう、、泣きそう。


「というか、恋人じゃないですし……」

「は?」


 ちょっぴり悲しくなって俯いていた顔をバっとあげる。

 ううん? なんだって? 恋人でない?


「恋人じゃ、ないのか?」

「……誰になにを聞いたのか言われたのか、……まあ想像もつきますが、恋人ではないですよ」

「あのな、わたしが一応婚約者ということになっているからって、別に気を使ってくれなくともいいんだぞ」

「…………あなたねえ」


 ユーリウス殿下は第三王子で、相手の人は身分の低い令嬢だと聞いた。だから隠しているのだな。ふむ、なるほど、それにしてはお父さんも双子も知っていたけれど。教えてあげた方がいいのか? 多分バレバレだから隠す必要ないぞ、と。


「別に、隠す必要ないんだぞ」

「……」

「……………です」


 じとりと、暗い瞳がわたしを射抜いた。その美貌から作り出される威嚇に似た雰囲気に少しだけ圧倒された。

 それから、諦めたようにため息を吐く。



「はあ、私の片思いですよ。だから彼女には私が婚約しようとなにをしようと関係ありません。なので、貴方が彼女に説明することも謝罪することもありません。わかりましたか」

「かたおもい……」

「……べつに貴方に言われずとも、ザイオンの問題は協力しますのでご心配なく。はあ、不本意ですが……」


 殿下のその美貌はどこかよれっとしていた。作り物めいて遠くの存在のようだった彼はなんというか人間らしく見えて、ぐっと近い人に思えた。



「え、片思いなの?」

「傷を容赦なくえぐりつぶしてきますね、貴方。私、貴女のことやっぱり好きになれないです」






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