だいたいそう
「また……」
きらびやかな会場に足を踏み入れたわたしがため息をついたのを双子は見逃さなかった。ぎろりと睨まれて身がすくむ。ひい。
「またじゃないわよ。お姉様。お姉様くらいの年齢の貴族子女の仕事と言ったら社交に出て顔を売って、情報収集をして、顔を売って顔を売ることよ」
「そう、ねえさんは絶賛適齢期なのにそういえばデビュタントもしていないんじゃない?」
「まあそれはいいわメディ。お姉様は一応殿下の婚約者ということになっているのだから、王家がお認めくださっているはずよ。それより、お姉様挨拶をしてみて」
メディに手を引かれるネリーがにっこりと微笑む。二人を遠巻きにこそこそと囁き声がするし、大きな円の人だかりがいつのまにか形成されていた。天使な二人はどこに行っても天使らしくとても目立つ。おねえちゃんは誇らしいぞ!
……ちょっと待って、わたしまで取り囲まれていないか? 勘弁してほしい。
「はじ、はじめましてえ、フェリル」
「ダメよ。お姉様、ぜんっぜんだめ。なんかこうイラっとするわ。顔がいいだけにさらにいらっとするわ」
「でもシーフーは」
「シーフーったら、本格的にねえさんを貴族社会の爪弾きにしようとしたらしいね。はあ、まったく……。男からしたら、頭の軽いちょろそうな馬鹿女にしか見えないよ。男漁りに余念のない。その間延びした言葉使いも、媚びるような上目遣いもやめた方がいい」
「……は、はい」
二人が呆れた顔で頭を振った。なんてことだ。シーフーから教えてもらった貴族子女の常識はことごとく否定されてしまった。流行っているのではなかったのか。あの子も、あの子も、ああ、あっちの子もそうしているけれど、そうかイラっとするのか。殿下もだからあんな顔をしたのだろうか。……いやちょっと待てよ、ではこの間ついてきたあのしつこい男はいったい。彼は特殊な趣味をしていたのかもしれない。
「確かにそうしている子は多いし、その態度を貴族子女が条件の良い物件にすることはある意味自然だ。でも万人が好意的に感じるかと言えばそれはまた別の話だし、なにより、ねえさんの外見じゃ不自然だろう。浮くよ」
「浮くの?」
「浮きまくりよ。おかげでお姉様は得体のしれない珍獣扱いよ。……まちがってはいないけれど」
なんてことだ! 浮かないようにと頑張っていたのに、あの子たちと同じようにしているのに浮くのか! だめじゃないか!
青ざめて頭を抱えるわたしにネリーが「しゃきっとしろ」と言った。……いや、言ってはいない。多分空気がそう言っている。
「毅然とした態度ではっきりと言うの。挨拶だけでなく言葉は全て。微笑むことも忘れないで。お話には適度に相槌を打って相手に話させればいいわ。貴族なんて大抵が話したがりよ」
「なるほど、たしかにお父さんもネリーもメディも……」
「なに?」
「……なんでもないです」
確かに話したがりかもしれない。相槌。そうか、相槌、それならできるかもしれない。
「とにかく、シーフーはわざと嫌われるように仕組んだみたいだけれど、お姉様はいつものままで構わないと思うの。敬語を使うことと、大人しくすることがきちんとできればね」
「……それでいいの?」
「うん、少なくともシーフーがいうそれに比べたら幾分もマシ。淑女とは言えないだろうけれど、ねえさんらしい方がずっといいよ。ねえさんは聞き上手だし」
まあ、よく言えばそうなのかもしれないけれど、単に話下手で、人と接するのに慣れていないだけだけど……。二人の言うことにわたしはとても拍子抜けした。いつものわたしでいいだなんて、シーフーは言わなかった。森で過ごしていたわたしに貴族社会のなんたるや、や貴族のありかたはいまいちピンとこないしわたしの言動はそもそも受け入れられないと思っていたのに。
目を見開いて間抜けな顔をしているだろうわたしにネリーが目を細めた。「その顔はやめて」と言ったのは本当にこの天使なのだろうか。声低。
「お姉様は馬鹿だし、野生児だし、ちっとも淑女ではないけれど、嫌な奴じゃないんだから。わざわざ嫌われに行く必要はないはずよ」
「ね、ネリー……」
視界がうるうるしてきた。この天使はなんて優しいんだ! こんなだめな姉に、なんて! 天使な上に優しいし、たまに声低かったり怖い顔するけどやっぱり天使! 今すぐ抱きしめたい! ……ああ、すみません、嘘ですゴメンナサイ。そんなことしません、しませんから睨まないで。
「じゃ、そういうわけでねえさんにはやることがあるよね」
「え?」
メディが唐突に良い笑顔でウインクをよこしてきた。やること? あったっけそんなの。というかなんでパーティーに来たんだっけ。あれ、いや、知らないな。なんで来たんだろ。
無い頭をフル回転させていると、会場の中央辺りで子女の絶叫が聞こえてきた。阿鼻叫喚と言うか、野生の猿のそれに似ているというか。いや、そんなことは別にどうでもよくって。
「……え?」
とても素敵な笑顔の二人が迫る。対して青白い顔だろうわたしをくるりと回転させた。そして色とりどりのドレス集団に囲まれに囲まれた先にちらりと見えた美しい金の髪に血の気がさらになくなる。
もうここ数日で見慣れたといってもいい作り物じみた美しいその人。
「……あそこに、行けと?」
「うん」
「もちろん」
あの虫がたかったようなあの中心に?
「だって、ねえさんの“婚約者”だろ」
「大丈夫。今がもう最低なんだから、これ以上落ちることはないわ。さっさと謝罪して協力してもらうのよ。マーデリック家の娘でしょ」
天使たちは笑った。それはもう、美しく……。
 




