表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

4.紅玉の王女

 世の中の移動手段といえば、まずは徒歩。

 例えば食材の買い出しに行く時、ほとんどの者がそれを選ぶだろう。散歩だって徒歩で行くものである。世界で一番メジャーな移動手段だと言えるだろう。

 けれども、徒歩には限界があるものだ。

 もっと遠くへ足を伸ばそうという時、徒歩よりも優れた移動手段といえば馬車である。

 人だけでなく、大量の荷物も運ぶ事が出来る。そのうえ馬車に乗っている本人が歩き疲れる事も無い。

 しかし、行きたい場所が川や海を越えていかなければならなかったらどうするか。

 そんな時、向こう岸に渡る橋が無ければ船に乗れば解決だ。

 船の大きさによっては馬車よりも多くの人々や物資を運べる優れもの。船から見える景色というのも、新鮮で楽しいものだろう。

 だけども、船旅というのは時間が掛かるものである。

 海が荒れれば、大きな波揺れのせいで船に酔ってしまう人も居るという。

 それに、一度大海原に出てしまうと逃げ場が無い。海洋系の巨大な魔物に襲われて船が沈没する事も、特に珍しい話では無い。

 え? 海が怖いから船は嫌ですって?

 それならほら、アレが残っているじゃない。

 どこまでも広がる、青い空が──!


 一般的な空飛ぶ乗り物といえば、魔法技術に精通するエルフ族と、鍛治技術に特化したドワーフ族が共同開発した飛空艇が挙げられる。

 これも船と同様、大きさによって運搬出来る幅が広がる夢のある乗り物だ。

 けれども海を行く船とは異なり、空を飛ぶ方の船はお値段がかなり張る高級品。製造数も限られており、操縦するにも特別な技術が必要となる為、気軽に乗るのが困難な乗り物である。

 そんな時にお財布に優しいのが、調教された飛行生物だ。

 大型の鳥形態の魔物や、戦闘にも参加してくれるドラゴンなどが有名だろう。


 そう、ドラゴンだ。

 ドラゴンは魔族にとっても身近な存在だから、恐れを抱く事なんて特に無いのよね。

 だからこの試練にも大きな不安なんて無いし、ちょっと徒歩での移動が面倒臭いぐらいしか不満は無いのよ。

 それなら転移魔法を使ってしまえば良いのでしょうけど、また変な場所に出て厄介な事になってしまうのは避けたいもの。慣れない場所への転移はしない方が無難だわ。


「ブラン山ってこっちで合ってたわよね?」

「はい。ジャッドさんのお話では、そろそろ山が見えてくるはずです」


 私とペルルは神官ジャッドに出された課題を達成すべく、エリューナの花が咲くというブラン山を目指していた。

 風の神殿のある王都ヴァンベルタから西に森を進み、しばらくすると洞窟を見付けた。

 すると、ペルルは視界の確保として光の球を生み出した。

 魔力の扱いに長けた私達にとっては、息をするのと同じくらい簡単な初歩的な魔法。人間やドワーフの中には、この程度の魔法すら使えない者も居るというから驚きだ。


 ひんやりとした風が吹き抜ける洞窟には、当然そこに棲み付く魔物達が居る。

 けれども私とペルルにかかれば、そこいらの魔物なんて赤子の手を捻るようなもの。ああ、実際に赤ちゃんを痛め付ける趣味は無いから安心してほしい。流石に魔王の娘でもその辺の分別はあるわ。

 あっという間に魔物達を斬り伏せた私達は、その後も順調に内部を突き進んでいく。


「姫様、外の光が見えてきました。ここを抜ければ目的地はすぐそこです」

「肩慣らしには丁度良い洞窟だったわね。貴女のサポートもバッチリだった。この調子でさっさとエリューナの花を持ち帰るわよ!」

「はい、勿論です」


 洞窟を抜けた先には、出発前にジャッドから聞いていた通りの景色が広がっていた。

 豊かな自然が広がる山の周囲を飛び回る、大きな白いドラゴン。ここから見えるだけでも、その姿が一つだけではないのが分かる。


「ふぅん……。人類界にもあんなにドラゴンが棲みつく山があるのね」

「人里に降りて悪さをするものは、身の安全を守る為に討伐される事もあるようです。ここのドラゴンが凶暴かどうかは分かりませんが……」

「まあ、どちらにしろ私の敵ではないわね」


 何しろ私は魔王の娘だ。

 圧倒的な魔力と魅力を兼ね備えた私が、花を摘んでくるだけの簡単な試練を乗り越えられないはずがないもの。

 私達はドラゴン飛び交うブラン山に向けて再び歩き出し、途中で休憩を挟みながら進み続ける。


 その時だった。

 急に日陰に覆われたかと思えば、頭上から甲高い鳴き声が響き渡った。

 顔を上げれば、そこには予想通りの相手が私達を見下ろしているではないか。

 この試練で最大の難関……一頭のホワイトドラゴンだ。翼をはためかせる度に風が巻き起こり、草木も私の黒髪もその風に踊った。


「あら、匂いを嗅ぎ付けられてしまったのかしら?」


 余裕を持った態度でドラゴンを見上げる私に、ペルルが控え目な声で言う。


「こ、ここは姫様にお任せ致します。自分はいざという時の為に、防御魔法の発動準備を……!」

「ええ、任されたわ」


 私は腰に挿した邪竜剣を手に……しなかった。

 何も手にせず無防備にドラゴンを前にして、私は堂々とその鋭い水色の瞳と向き合った。


「こうして間近でドラゴンを見るのは久し振りだわ。子供の頃はよく竜騎士のエムロードにワガママを言って、ドラゴンの背中に乗せてもらっていたけれど……。彼、元気にしているかしら」


 魔族にとって、ドラゴンをはじめとする魔物はとても身近な存在だ。

 幹部の一人エムロードの言葉によれば、人類にも竜騎士やペガサスに乗る騎士は居るそうだけれど、その扱いや調教においては魔族が最も優れているらしい。

 それは私達が生まれ持った特性による効果が大きいそうなのだけれど……魔王の血を引く私は、その特性が最も色濃い。

 しかし、それは魔王の力のほんの一端だ。多種多様な魔族と魔物の頂点に立つ王家なんだもの。他を凌ぐ圧倒的な能力が持たなければ、彼らを率いる事など到底不可能だわ。


「さてと……。実践するのは初めてだけれど、早速この子を調教してあげましょうか」


 私は自分の眼に意識を集中し、魔力を練り上げていく。

 その魔力によって、魔王となる者にしか扱えないとされる『王の魔眼』が覚醒する。

 全身の血が沸き立つような熱が身体を駆け巡り、気分が高揚していく。これが……魔王たる者に与えられた力なのね。



 ******



 自分は姫様の背後に立ちながら、彼女の魔力がみるみるうちに高まっていくのを肌で感じていた。

 カルブンクルス魔王陛下の一人娘で、次期魔王であるリュビ様。

 姫様から発せられる力強い魔力の波動は、まるで心臓のように脈打っていた。自分達魔族にとっては、その波動は子守唄のように心地良いものだ。

 これまで何度か陛下の波動を感じた事があった。姫様のそれは陛下のものより少し劣るものの、魔王の資格を持つ者の力というのが魂で理解出来る。

 この方に平伏したい。この方の為に命を張りたい。この方の為なら死んでも良い──訳も無く泣き出したくなるような、有無を言わせぬ圧倒的な支配力。それこそが我らが魔王一族、シックザール王家の血が成せる業だ。


「それでも、自分は……」


 姫様の身に何かあっては、彼女の世話役であり護衛でもある自分に生きている価値など無い。

 自分はリュビ・ライゼ・シックザールという一人の少女の為だけに生きると決めたのだ。彼女が次期魔王であっても、仮にそうではなかったとしても、自分はどんな形であれ姫様の為にこの生を捧げる事になっていたはずだから。

 万が一、目の前のドラゴンが姫様を襲おうものならば、この命を投げ出してでも自分が護りきってみせよう。

 いつでも発動可能なように防御魔法を準備し終えた自分に、姫様が振り返り微笑んだ。

 彼女の瞳は、光を放つ紅玉(ルビー)のように輝いていた。

 血のように色濃く、心を掻き乱すような魅惑の紅。

 それは自分が心酔する主人の、この世で最も尊いお方の色なのだ。


「ああ、姫様っ……!」

「大丈夫よ、ペルル。貴女は黙って見ていれば良いのよ。この私が初めて魔眼を使う瞬間に立ち会えた喜びに、打ち震えていなさい……?」

「ギュグルァァァァァアアッ‼︎」


 ドラゴンは遂に姫様に牙を向けた。

 しかし、姫様は余裕の笑みを崩さない。


 そして──紅い閃光が、白き竜を呑み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ