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2.肉食姫の企み

「姫様、そのお話は本気なのですか……?」


 声を震わせるペルルに、私は堂々と胸を張り宣言する。


「ええ、勿論よ! 私はエルフの神官ジャッドを花婿候補に選びます!」


 ジャッドが手配してくれた宿屋は、神殿のある森の小道を抜けた先の街中にあった。

 ここはエルフの国、ヴァン・ナテュール王国。

 エルフ達は厳密には人類ではなく、妖精族に分類される長命な種族だ。

 彼らは自然を愛し、動植物と共存する心優しい者達で、その街にもエルフ達の特徴がよく反映されている。

 私達が泊まらせてもらう事になったこの宿は、大きく見上げる程の大木に造られたものだった。エルフ達が操る植物魔法によって形を変えた樹木の中に空洞を生み出し、そこを部屋として改装しているのだ。

 木の中だから部屋の中は爽やかな香りで満ちていて、窓の外から見える澄んだ青空が美しい。

 シンプルな木製の家具には、エルフ達が好む草花の模様が彫られていた。テーブルクロスも素朴さを感じる好ましいデザインだ。

 そんな彼らエルフが信仰するのは、国名に入れられる程に信仰の厚い風の神ヴァン。

 ヴァンの祝福を受けるエルフが得意とする属性魔法でもあり、彼らは風を利用した攻撃手段を用いる事でも知られている。

 そして、そのヴァンを祀る神殿の神官であるジャッドこそが、私が狙いを定めたターゲットである訳なのよ。


「お言葉ですが姫様、エルフ族は多種族との婚姻を拒む傾向の強い種族です。いくらジャッド殿がお優しそうな方であっても、あまり期待は出来ないのではないかと思うのですが……」


 お茶の支度をするペルルは、眉を下げながらそう言った。

 けれども、そんな事は私だって承知している。

 その上で私はあの輝く微笑みと涼やかな目元が魅力的なジャッドの心を手に入れてみせると決めたんだもの!


「それがどうしたっていうの? 世の中にはハーフエルフという者達も居るという話じゃない。エルフ以外の血が混ざった者が居るから生まれた言葉でしょ? それなら私にだって彼と結婚出来る可能性があるはずよ!」

「それは……ゼロではないと思いますが、簡単には事が運ぶようには思えません」

「ゼロではないという事は、やれなくもないという意味よ。それによく考えてみなさいな、ペルル。この私が、男一人落とせないダメ姫様に見えるかしら?」


 私はその場でくるりと回り、彼女に向けてバッチリとポーズを決めた。

 宝物庫から持ち出した鎧は、装備者に合わせてサイズを変える魔法の鎧だ。

 おまけに本人の好みに沿ったデザインに早変わりする素敵仕様なので、生脚を見せ付けるスカートタイプの女騎士スタイルの私は、外見的には無敵と言っても過言ではないだろう。

 濡れ羽色の黒髪に、ゆらりと光る真紅の瞳。

 雪のように白く瑞々しい肌が覗く太腿と、その柔肌を覆うミステリアスな赤褐色の鎧によく似合う、闇色の炎を封じ込めた剣を持つ美女。

 どう見てもその辺の人類より魅力的な要素しか無い──ちょっぴりダークサイドな──女戦士って感じで、私としてはかなり良い線行ってると思うんだけど……ペルルの反応は好ましくない。


「……何? 文句あるなら言ってみなさいよ」

「も、文句だなんてとんでもありません!」

「ならその目は何なのよ! 何かこう……うわぁ、みたいな顔で見てくるのやめなさいよね!」

「そそ、そんなつもりでは無かったのです……! どうかお許しを!」


 紅茶を淹れ終えたペルルは、必死で頭を下げている。

 私はそんな彼女の態度に溜息をついた。

 ひとまずお茶でも飲んで落ち着こうと椅子の背もたれに手を伸ばそうとすると、すかさずペルルがさっと椅子を引いて座るように促して来る。

 ペルルはずっと私の世話役だったから、日常生活のサポートが身体に染み付いているらしい。主人に怒られていても、こういった行動が自然と出来てしまうのだろう。


「……ねえ、私の格好っておかしいのかしら? 別に怒らないから、貴女の率直な意見を聞かせてほしいの」


 そう言うと、ペルルはビクビクしながら答えた。


「自分は……今の姫様のお召し物は、とてもよくお似合いだと思います。ですが、その……ジャッド殿のような殿方に好まれる服装かというと、何とも言えないと言いますか……」

「つまり、似合ってはいるけどジャッドの好みとは違いそうって事?」

「そう……ですね。姫様のそのお姿は、我々はとても心惹かれるものがあります。宵闇を纏う妖艶な美姫、これぞ我らの姫様……といった完璧な装いです」


 妖艶な美姫。

 かなり良い褒め言葉を貰ったと喜ぶ反面、それこそが彼女の言いたい懸念なのだと気が付いた。


「私、もしかしてエルフ受けするファッションじゃない……?」


 ペルルは重く頷いた。

 そうだ。言われてみればエルフの服装は、青や緑、白といった清潔感のある落ち着いた色に、さっぱりとした印象のものが多い。それは宿に来るまでの間、街を行き交うエルフ達を見たから間違い無い。

 それが彼らの中でのスタンダードなファッションだと言うのなら、私のこの小悪魔女戦士風の姿はかなり浮いているはず。もしかしたら、ジャッドもこういうのは好みじゃないのかも……?

 しかし、私は慌てて頭を横に振った。


「エルフ受けを狙うなんて今更無理よ! 急に見た目を変えるだなんて、何だか不審者っぽいわよね⁉︎」

「装備を変える理由が特にありませんから……。彼からすれば不自然かもしれないですね」


 せっかくのお茶が冷めてしまうのも悪いので、これからどうするべきか考えながら紅茶のカップに口を付ける。

 エルフが育てた茶葉は味も香りも良いと評判で、ペルルが淹れたものも例外では無かった。

 時々、人類界から様々な物を持ち帰って来る幹部が献上してきた品の中にも、ヴァン・ナテュール産の茶葉があったのを思い出した。

 その香りで少し心が静まったところで、私はジャッドに近付く為の作戦を閃いた。


 明日の朝には、神殿で彼が用意してくれた旅の必需品を受け取る約束になっている。

 そのまま大人しくジャッドの提案を受け入れてしまうと、私達はすぐにこの街を出て行かなくてはならないだろう。その為に必要なものを提供してもらうのだから。

 となると、私達はここに留まる理由が必要になる。

 なるべくここを離れず、おまけにジャッドからの好感度を一気に高められるような事をしなくてはならない。


「ペルル、私良い事思い付いたわ」


 口角を上げ微笑む私に、ペルルは首を傾げる。


「今すぐ神殿に向かうわよ。貴女もいらっしゃい」

「風の神殿へ? ですが、ジャッド殿との約束は明朝のはず……」


 壁に立て掛けておいた邪剣を腰に下げ、私は彼女に振り返った。


「誘拐犯の魔族を捕まえて、ジャッドに私の事を認めてもらうのよ! そうしたらきっと、彼は私の強さと美しさに感動するはず……! 早速その旨を彼に伝えに行くわよ‼︎」

「例の行方不明者を出している事件に関わるのですか⁉︎ 危険です! どうか考え直して下さい!」

「お父様より危険な魔族なんて居るもんですか! さあ、貴女も早く支度をなさい。このリュビ・ライゼ・シックザールが、愛するジャッドのお悩みを解決してみせようじゃないのっ!」

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