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1.翡翠の神官

 私は今、どこに居るでしょうか?

 暗く湿った地下。

 目の前には鉄格子。

 首には魔法の発動を封じるチョーカーが付けられて、ペルルとは離ればなれ。

 そう、ここは地下牢。

 私達は何と、美男美女だらけのエルフの国──その地下牢に来ているのです。

 何で地下牢なんかに居るのかですって?

 そんなの私が知りたいわよ!


「私はただ、理想の男性と結ばれたいだけなのに……!」


 それなのに、どうしてこんな所でしょぼくれなくちゃならないのかしら。

 ──その時だった。

 地下牢への階段を降りて来る足音がした。

 その足音は徐々にこちらへとやって来る。


「この者達が侵入者です」


 私の牢の前で足を止めたのは、看守の男と仕立ての良い服を着たイケメンエルフだった。

 陽の光の下で拝めば神々しさすら感じるであろうサラサラとした金髪に、エルフの特徴である長い耳。

 落ち着いた色合いの緑の瞳からは、彼の優しさと冷静さが見て取れた。

 これぞまさしく正統派エルフ。

 こんな状況で無ければ今すぐにでもお茶をご一緒したい──そう思わせるだけの気品と美しさを兼ね備えた理想的な男性が今、私の目の前に現れたのだ。


「黒髪の少女……貴女の名前は?」


 あふん。

 声までカッコいいとか恵まれすぎじゃないの?

 不審者扱いされている私に対して、そんなに優しく声を掛けるなんて……貴方は神か?


「……わ、私はリュビ。リュビ・ライゼ・シックザールです!」

「リュビさん。詳しくお話を聞きたいので、別室へ同行して頂きます。宜しいですね?」


 決めたわお父様。

 私、このエルフのイケメンを落とそうと思います!



 私はイケメンエルフに連れられて地下牢を出た。

 勿論首のチョーカーは着けられたままで、ペルルはまだ牢の中に取り残されてしまっている状況だ。

 逃げないようにと私の両手は背中に回され、そのまま手首を縄状のもので縛られている。

 魔法も封じられ、両手の自由すらも奪われた今の私にはなす術が無い。

 けれど、私はそもそも逃走する気なんてさらさら無いのだ。

 だってこのイケメンとはまだほとんどお喋りも出来ていないし、ここからどうにかして結婚を前提に交際をスタートさせなくてはならないのだから!


 近年稀に見るやる気を(みなぎ)らせた私は、エルフの彼と看守に案内された部屋へと到着した。

 どうやらここは取り調べをする為の部屋らしい。

 室内にはシンプルなテーブルと椅子が置かれていて、私と彼はそれぞれ向かい合うようにして着席する。

 看守は部屋の外で待機するらしく、私達が入室してすぐに出て行った。


「……では、まずは自己紹介から参りましょう。僕の名はジャッド。この神殿で神官を務めています。貴女の名と、お連れの女性について……。それから、どうして何の許可も無くこの神聖な地に足を踏み入れていたのかをお聞かせ下さい」


 ジャッドと名乗った彼は、春の木漏れ日のように穏やかな声で私にそう問い掛ける。

 私が女だからなのか、それとも彼の性格のせいなのか。

 どうやら彼は私に対してあまり警戒心を抱いていないように感じる。

 魔剣と鎧以外にも宝物庫からアイテムを持って来た甲斐があったようね。


「私はリュビ……リュビ・ライゼ・シックザールと申します。一緒に居た彼女の名前はペルル・フェアヌンフト。どうやら私達は旅の途中、何らかの魔法か何かでこの地に飛ばされてしまったみたいで……」

「つまり、貴女方は意図してここへ侵入した訳ではないという事ですね?」

「はい……」


 半分ぐらいは嘘だけれどね。

 だってここへ転移したのは私の魔法によるものなんだもの。

 まさか神殿に飛んでしまっていたとは予想もしていなかったけれど、他国の地理なんておおまかにしか知らなかったんだから仕方が無いでしょう?

 いくら何でも、魔族の私にだってやって良い事と悪い事の区別くらい分かるもの。

 魔族が無闇に人類を殺していたのなんて、もう千年も前の話。

 あの戦争で派手に負けたからこそ、祖国に住む私達はそれがとんでもない間違いだった事に気付いた。

 少なくともお父様の目の届く限りの魔族達だけは、それを知っている。

 だから私は、この人類界では自分が魔族だという事は伏せて生活しようと決めた。

 あれから千年経ったといっても、こちら側に棲む魔族や魔物は未だに人類に牙を向けている。

 私達は元は同じ魔族だけれど、人類への気持ちがまるで違っていた。

 私達にとって人類とは、互いに歩み寄り平和を築きたい相手。

 けれどこちら側の魔族達は、人類に敵対する殺戮集団だ。

 その違いを知らない人類からしてみれば、魔族といえば人類の敵でしかない。

 そこで私が魔族だなんて告白したらどうなるか。


「見た所、貴女方は人間のようですね。旅の途中と言っていましたが、もしや強力な魔法を使う魔族に襲われたのではありませんか?」


 ジャッドもこうして、何かあればまず一番に魔族の仕業ではないかと疑って来る。

 それは仕方の無い事だと頭では理解しているつもりだ。

 何故ならシックザール王家は、これまで代々人類とは極力関わらないようにしてきたからだ。

 多少の情報収集として人類界に偵察行く事にはあったけれど、魔界の魔族と人類界の魔族の違いを説明しては来なかった。

 下手に魔界の現状が伝わってしまえば、千年前に滅ぼした魔界が復興していると知られてしまう。

 そうなったら、私達を待ち受ける結末は一つしか無い。

 新たな魔王を滅ぼす為に、新たな勇者が魔界にやって来る──千年前の大戦争の再演だ。

 私は魔王の娘として、そして次期魔王として、それだけは避けなくてはならない。

 魔界の真実を打ち明けても良い、私達への偏見を持たない相手を見付け、その男性を伴侶とする。

 それこそが、私の花婿探しの最重要ポイントなのだ。


「それが……記憶がぼやけていて、曖昧で……」

「魔族の幻術による影響かもしれませんね。僕達の国でも、他国と同じく魔族や魔物による事件が度々発生しています。つい先日も、リュビさんのようにどこかへ行方をくらませてしまった者も出たそうなので……」

「え……そうなんですか?」

「ええ。これまで五人もの同胞が消息を絶ったのです。遂にエルフ以外にも被害者が出るとは……。貴女方が無事だったのは、きっと風の神のご加護があっての事でしょう。本当に幸運でした」


 嘘でしょ?

 適当な作り話のつもりだったのに、本当に似たような事件が起きていただなんて……。

 私とペルルの無事を喜ぶジャッドは、こちらに優しい眼差しを向けてくれている。

 こんなに騙されやすくて清らかな彼の心を痛めさせる魔族が居るだなんて、許してはおけないわ!

 次期魔王の私の手にかかれば、どんな魔族が相手だってすぐにとっちめてやるんだから!


「ひとまず、今日の所はお二人を街の宿へお連れ致しましょう。旅に必要なものはこちらでご用意させて頂きますので、明日の朝にもう一度神殿へいらして下さい」


 私達を被害者として扱ってくれたジャッド。

 彼は種族の違う私達の為に、宿の手配から携帯食の用意までしてくれるという。

 こうして不慮の事故で神殿に入り込んでしまった──という勘違いだけれど──私とペルルは、すぐにチョーカーを外され地下牢から解放されたのだった。

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