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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第五章 ホロホロ鳥モドキ狩り顛末記

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(五)僕ら以外が望まない結末とは?


「ローズマリーだけ、補習と追試ッ!?」


 その知らせは、昼食に集まった食堂で暗い表情のエリカからもたらされた。


 肝心のローズマリーは来ていない。

 アイルズとカイルは目を見張り、昼食には手を付けずに、エリカが話すのを待っている。


「エリカ、どういうことだい? 実習は2人とも上手くいったって、喜んでいたよね?」


 アイルズが優しく訊ねると、エリカはますますうなだれた。


「あの子、ホロホロ鳥モドキでお料理を作ったんだけど、それが……」


 エリカは「ああ、もう!」と、頭を抱えた。


「料理を失敗したのか?」


 僕がとっさに思ったのは、めちゃくちゃ焦がしたとか、汚れた床に落としたとか、最悪の可能性だ。

 材料がダメになっただけなら、喫茶エクメーネに預けた分が冷凍保存してある。あれを(ゆず)り受ければ料理は作れるだろう。


 狩りで取れたホロホロ鳥モドキ肉は、リリィーナ教官と折半した。50キロ以上の肉塊をローズマリーに渡しても使い切れないし、リリィーナ教官がいろいろ便宜を図ってくれた御礼も兼ねたのだ。


 魔法界にいるホロホロ鳥モドキを狩れるのは、リリィーナ教官しかいなかった。リリィーナ教官に頼めなければ、僕の望みは叶わなかったのだから。



 だが、エリカの語ったローズマリーのオリジナルレシピの結末は、僕らの予想をはるかに(りよう)()していた。



「いいえ、料理は成功したわ。ありふれた煮込み料理だったけど、わたしも味見したから本当よ。お世辞抜きで、ものすごく美味しかったわ。ポピィ教授でさえ、その美味しさを認められたわ。でもね、審査員は、ポピィ教授だけじゃなかったの……」


 オリジナルレシピの実習では、ポピィ教授のほかにも他学課の教授や教官が審査員として協力する。みんなで試食会をしたわけだ。


「審査の公平を期すために、ポピィ教授は事前にホロホロ鳥モドキとは説明されていなかったのだけど、試食した審査員の中に、気付いた人がいたのよ。この味はホロホロ鳥モドキじゃないか、いったいどうやって手に入れたんだ、て」


 季節外れなうえ、超が付く稀少食材ホロホロ鳥モドキ。

 事情を知らなかったポピィ教授以外の審査員は、とても驚いたそうだ。


「それでね、材料が……ホロホロ鳥モドキは珍しすぎて、審査の対象にならないのでは?……という意見が出たのですって」


 ホロホロ鳥モドキ肉の調達方法を問われたポピィ教授は、僕とリリィーナ教官が材料入手に関わったことを説明したという。

 ローズマリーと僕が付き合っていることは公然の事実。

 僕からのプレゼントであることは変に思われなかったらしいが……。


「ポピィ教授はローズマリーを弁護してくださったわ。でも複数の審査員から学生が魔法世界へいってホロホロ鳥モドキを調達するのはさすがにやり過ぎではないか、今回のテストは生徒の創作意欲を見るための課題だから、希少価値だけを追った材料では審査対象にならないのではないか、という議論が始まっちゃって収まらなくなったの。実際に狩りにいったのはローズマリーじゃないけれど、お料理の出来以外のことが問題にされちゃったのよ」


 エリカは黒い巻き毛を振り乱し、両手で頭を抱えている。アイルズは懸命に「君のせいじゃないよ」と慰めている。


「それでローズマリーだけ補習と追試かよ。可哀想じゃないか。それならローズマリーがホロホロ鳥モドキを使いたいと言った時点で、ポピィ教授が止めてくれりゃ良かったのにさ」


 カイルが残念そうに言う。

 たしかにそうだ。ホロホロ鳥モドキを使うのが絶対にダメなら、僕だってあれほど頑張ってプレゼントしようとは思わなかっただろう。ローズマリーは僕の好意を受け取ってくれただけなんだ。


 カイルの意見に、エリカは大きくうなずいた。


「ええ、まったくその通りよ。だからローズマリーは失格でも減点でもなく、実習テストが来週へ持ち越しなの。ポピィ教授の指示で、スーパーマーケットに売っている普通の材料でオリジナルレシピを考えることになったの。もともと珍しい材料を使うというのも、希少価値とか高価な材料という意味ではなく、普段は主役にならない材料をメインにして美味しい料理を考えるという、アイデアコンテストみたいな課題だから」


 エリカ自身は、学校の食堂では普段使わない香草をスーパーマーケットで調達し、ふだんなら調理の際に捨てられる野菜の切れ端でスープを作ったという。

 この野菜の切れ端を使ったレシピ考案者は他にも何人かいたが、アイデアが似ていたからといって、評価が悪くなるわけではない。


『珍しさ』にこだわる必要なんて、まったくなかったのだ。


「僕のせいでローズマリーは……」


 まさかこんな結果になるなんて。

 僕はただ、ローズマリーが喜ぶと思っただけだったのに!


「前例が無いというのもまずかったわ。ああ、あの時わたしがもっと材料選びの相談にのってあげていれば……」


 エリカの気持ちはわかる。

 僕だって、ホロホロ鳥モドキ狩りに行かなければと、後悔のどん底だ。

 僕がホロホロ鳥モドキを渡さなければ、ローズマリーだって別の料理を作っただろう。


 視界が急に暗くなった。


 だめだ、世界は僕の両肩には重すぎる。


 僕はテーブルに突っ伏した。

 ああ、ローズマリーに直接会って、謝りたい。やっぱり怒っているのかな……。

 エリカは喋り続けていた。


「こんなことになるならポピィ教授に頼み込んで、いつもと同じにわたしと共同課題にしてもらえばよかったわ。そうすればあの子だって、どんな材料を使ったとしても普通に食べられる料理ができたはずよ。だってあの子は、お料理は苦手でいつもわたしが……」

「エリカッ!」


 アイルズがいきなり大声を出した。


 どんよりしていた僕は、何事かと、テーブルの表面から目を上げた。

 僕の正面でアイルズが、彼の左に座るエリカの口を右手で塞いでいた。

 エリカは目をパチクリさせている。なんで口を塞がれたのか、わかっていない表情だ。


 僕もわからない。


 エリカはローズマリーが可哀想だと話していたと思うが、なんでだろ?

 アイルズはエリカを見つめながら、首を小さく横に振った。


 エリカは、何かに気付いたようにカッと目を見開き、顔色を青ざめさせた。

 2人は見つめ合った。

 エリカがコクコクとうなずいた。


 アイルズは、エリカから手を離した。2人で安心したふうに微笑み合い、僕の方へ顔を向ける。


「ちょっと喋りすぎちゃったわ! ごめんなさいねサー・トール。ローズマリーはすごく喜んでいたのよ。最高の贈り物だって!」


 エリカはすごい早口で喋った。


「ホロホロ鳥モドキを欲しがったのはローズマリーだわ。サー・トールはローズマリーのために頑張ってくれたんですもの、ローズマリーはすごく感謝しているわ!」


 やけにエリカのテンションが高い。


 さっきのアイルズとのアイコンタクトに、何か意味があったんだろうか。

 でも、僕がローズマリーに追試と補習を受けさせたようなもの。その思いは罪悪感となって、僕の中にどっしり根付いてしまった。


「ああ、うん、ありがとう、エリカ……」


 正直言うと自分の思考に気を取られていて、エリカの後悔なんてろくに聞いていなかったけど……。


「サー・トール、エリカの言ったことは気にしないでくれ。君がローズマリーのために努力したことは、ローズマリーもわかってくれているよ」

「アイルズ……!」


 そうか、エリカの口から僕を責める言葉をこれ以上聞かせまいとしたんだな。親友の心遣いに、僕は、頭が下がる思いだった。


「なあ、そのローズマリーはどうして昼飯を食べに来ないんだい。実習テストはとっくに終わったんだろ?」


 カイルがエリカに訊ねた。


「ローズマリーは調理実習室でオリジナルレシピの開発中よ。試作と試食で忙しいから、今日から3日間は来られないわ」


 調理した物は、残さず食べなければならない。

 作りすぎても捨てるなんてもってのほか。

 これは家政学部伝統の厳しい掟だそうだ。


「あ、それなら僕も試食の手伝いを……」


 僕は急いで椅子から立ったが、


「今回はだめよ、材料を選ぶまでは相談してもいいけど、調理と試食の段階では他の人の手を貸りちゃいけないの」

「え、でも、いつもたくさん食べさせてもらっているのに?」


 ローズマリーからは毎日たくさんのお惣菜やお菓子のご相伴にあずかっている。

 家政学部の他の生徒も、食べきれない調理品は僕らの教室や教官の処へ配りにくるし、食堂の軽食コーナーには常時『本日の調理実習品です。みなさん食べてください』と書かれたカード付きで置いてある。


「オリジナルレシピのテストだから、他の生徒が真似したりするのを避けるためなの」


 さすがはポピィ教授、テスト期間のセキュリティ対策は厳しいんだな。




 そんなわけで、僕がローズマリーに対面できたのは、翌日の放課後だった。




「サー・トール、ごめんなさい」


 いつもの噴水前で顔を合わせるやいなや、ローズマリーは開口一番謝った。


「ちがうよ、悪いのは僕だから……」


 僕は非常に恐縮した。僕がホロホロ鳥モドキ肉をプレゼントしなければ、ローズマリーはスーパーマーケットで材料を買っただろうから。

 大きなバスケットケースを抱えたローズマリーは、もじもじと視線を地面に落としたまま喋った。


「貴方は何にも悪くないわ。苦労してホロホロ鳥モドキを取ってきてくれたんだから、感謝してもしきれないくらいよ。あの、もしかして、ポピィ教授から何か言われた?」

「いや、別に何も」


 僕もポピィ教授に怒られるかなとドキドキしていたけれど、教授室に呼び出されたりしていない。廊下ですれ違っても、普通に挨拶するだけだ。


「それなら良かったわ……」


 ローズマリーは、僕がホロホロ鳥モドキ狩りに行ったせいでポピィ教授や他の指導教官から怒られたらどうしよう、と気を()んでいたという。


「狩りにはリリィーナ教官と行ったんだから、何も問題は無いよ」


 魔法学のテストでもらった『リリィーナ教官に何でも願いを叶えてもらえる』お願いは使ったけれど、あれは僕の権利。悪いことは何もしていない。


「それならいいんだけど……。あの、ホロホロ鳥モドキだけど、実習では使えないことになったから、これを作ってきたの」


 ローズマリーはバスケットの蓋を開けた。

 中身はサンドイッチと鳥肉のローストだ。すごく美味しそうな香ばしい匂いがする。


「これはもしかして……」

「ええ、ホロホロ鳥モドキ肉をソテーして、サンドイッチにしたの。こっちはトマト煮込みよ。でもね、これ以外の実習に使って残った分は、ヒルダおばさんへ差し上げたの。サー・トールには悪いと思ったんだけど、いくら美味しくてもわたしたちだけで20キロものお肉は食べきれないから。ヒルダおばさんは寮食で使うっておっしゃっていたから、皆に食べてもらえるわ」


 ローズマリーの心尽くしのホロホロ鳥モドキランチは、すばらしい美味しさだった。

 ああ、頑張って狩りに行ってきたかいがあった! 僕は胸の中がポカポカと温かくなった。


 残りのホロホロ鳥モドキ肉は、ヒルダおばさんがさっそく寮食メニューへ組み込んだ。翌日から寮の食事はホロホロ鳥モドキのスープにシチュー、ハンバーグなど、3日間ご馳走がつづいた。

 


 問題は何もないと思っていた僕は、校内の情報収集を怠っていた。



 ホロホロ鳥モドキの美味しさと希少価値を知る一部の教授や教官が、ホロホロ鳥モドキ狩りをした僕とリリィーナ教官について、噂していたことを。


 彼らはローズマリーの調理実習で余った肉は、学校の食堂で供されるかも知れないと、ひそかに期待していたという。


 しかし、その期待は裏切られた。




 そのために、


『一生徒が自分の課題以外で、季節外れに魔法界まで訪れてホロホロ鳥モドキ狩りをしたのは問題だろうか』


 などという論点に、大きな火が点いていたなんて。




 そうしてそれが、魔法大学付属学院初の『学生裁判』開催に繫がるなどとは、あのリリィーナ教官ですら、予想だにしていなかったのである……。







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