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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第五章 ホロホロ鳥モドキ狩り顛末記

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(三)境海世界の動植物博物誌

 ホロホロ(どり)モドキとは、どんな野鳥だろう。


 僕は寮の図書室で、境海世界の動物図鑑を探した。


『境海世界の動物たち』


 A4サイズの動物図鑑には犬や猫、ニワトリに牛や馬、キリンから象やライオンまで載っている。地球にいるホロホロ鳥もあった。

 だが、『ホロホロ鳥モドキ』が載っていない。索引(さくいん)にも見当たらない。

 僕は動物図鑑を本棚に戻した。


 ホロホロ鳥モドキは普通の動物ではない――?


 ということは、魔法の生き物か!


 探していた本は、魔法関連の書棚の片隅にあった。大きさが縦横30センチある、すごく立派な本だ。


『境海世界大幻獣博物誌』


 パラッと開いただけで、珍しい生き物のカラー写真やイラストに目を奪われた。

 角の生えた馬みたいな一角獣、竜にグリフォン、羽根の生えた妖精など――幻獣のオンパレードだ。

 ページをめくると、どれもこれもきれいで珍しい幻獣ばかり。


 僕は夢中で読んでいたが、鳥みたいな幻獣のページにきて、ハッとした。


 だめだ、こんなことではいつまでもホロホロ鳥モドキの(こう)へたどりつけない。

 僕は強い意思の力でいったん本を閉じた。


 あらためて、本の最後にある索引のページを開けると……。


『ホロホロ鳥モドキ・・・222ページ』


「あった、これだ!」


 期待して、ページをめくると。

 イラストじゃないカラー写真。

 その姿は、動物図鑑にも載っていた普通のホロホロ鳥とそっくりだった。でも、解説は間違いなく『ホロホロ鳥モドキ』だ。


 これが魔法の生き物?


 ニワトリよりも小さな頭、とさか紅く、顔面も紅い。目の下から首にかけて青色の部分がある。首から下の胴体に生えた羽根は、白く細かい斑点模様が散った群青色だ。


 地球にもいるホロホロ鳥との違いは何なのだろう?


 この写真だと、モドキは体の大きさに比較して、頭部の大きさが極端に小さいようだが……。

 僕は解説文に目を走らせた。


『ホロホロ鳥モドキ


 生息地:魔法界の大草原


 全長57メートル(目測)

 体重550トン(推測)

 時速約18キロメートル(測定)


 くちばしの長さ2メートル(サンプル測定:モース硬度10)、

 足のかぎ爪30センチ(サンプル測定:モース硬度7)

(※訳註:モース硬度標準

・硬度1=爪で傷を付けられる。~省略~・硬度10=ダイヤモンドの硬さ※ダイヤモンドは地球上で最も固い物質だが、衝撃により割れる。)


 特徴:凶暴。執念深い。狩りをされた恨みを3日間は確実に覚えている。だが、4日目の午前零時を過ぎた瞬間に忘れる。


 寿命:100~300年(伝承)


 狩りの方法:まず丈夫なロープを用意し、(おとり)(えさ)を用意したのちに、時速18キロ以上のスピードで逃げる準備を整えておく。囮餌を食べている間に、ロープを尾羽にくくりつける。気付かれたら時速18キロ以上で離れなければならない。突かれたり、踏み潰されたりしたら命の保証は無い』


 僕はそっと本を閉じた。誰だよ、こんないい加減なデータを編集したヤツは。

 こんなの野鳥狩りじゃなくて、怪獣退治だ。

 それに囮餌って何だよ。走って逃げる囮が必要とか?


 時速18キロ以上って、けっこう速いよな。たしかママチャリで普通に走行しているときのスピードがそのくらいだとか。秒速に換算すると……移動距離は毎秒5メートルか。


 僕の100メートル走タイムの最高記録が12.7秒だったから……秒速にすると僕が一秒間に進めるのは約8メートル。全力疾走していれば、理論上はホロホロ鳥モドキに追いつかれることはない。


 体力作りで走り込みはしているけれど、何百メートルもの距離をそのスピードを維持して走りつづけるには、プロの長距離マラソン選手並みの脚力と持久力が必要だ。


 まさか、リリィーナ教官が僕を連れて行くのって、囮にするためじゃないよなあ……。




 男子寮では、起床時間がそれぞれ違う。

 早起きするヤツもいれば、朝食ギリギリまで寝こけているヤツもいる。それは本人の自主性に(まか)されている。


 僕は早起きだ。剣道の朝練で走り込みをするから、5時には起床する。


 部屋の掃除は週1回。床に掃除機をかけ、机や本棚を軽く拭く。

 洗濯は週2回、水曜と土曜にまとめてやる。


 今日は土曜日だが、洗濯は明日にして、他の皆が起き出してくる前に朝食を済ませた。

 リリィーナ教官に動きやすい服装をしてこいと言われたので、Tシャツに上着を羽織り、下はジーンズという格好で、寮の前で待っていると。


 左の方で「パッパーッ!」軽快なクラクションが鳴らされた。


 すごいクラシックでかっこいい車が来た!


 エンジンの入っているフロント部分がとても長い、屋根のないオープンカーだ。後部座席には荷物が置かれ、その後ろには黒い屋根が折りたたまれてる。


 こういうのを、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけての写真や映像で見たことがあるぞ。

 右ハンドルの運転席にいるのはリリィーナ教官だ。狩り用ジャケットにハンチング帽を被っている。


「お待たせ! 乗ってくれ」

「この自動車で行ける場所なんですね」


 ちょっと安心した。そんなにスピードが出る車じゃなさそう。ということは、移動は多めに見積もっても片道2~3時間だ。


「そうなんだ、うまくやれば夕方には戻ってこられるから、ドライブ旅行だと思えばいいよ」


 僕は助手席へ乗り込んだ。


「ホロホロ鳥モドキ狩りには自動車が必要なんだ。昔は馬を使ったらしいが、わたしは車の方がいい。よし、出発だ!」


 車は走り出した。

 道の進行方向に出現した、真っ黒な空間へ向かって。


「え?」


 僕らの乗った自動車は、あっという間に、黒い空間に呑み込まれた。

 



 世界が空色に変わった。

 地面が見えない。前後左右すべてが青空。


 白いちぎれ雲がフワフワ流れていく。


 空中をふよふよ飛んでいくものに目を凝らせば。

 かわいい小鳥も飛んで……いや、鳥じゃない!?


 大きさは僕の握り拳くらい。

 背中でハタハタ動く小さな羽根。

 小鳥ではなく、白いネズミ!?


「リリィーナ教官、ネズミが空を飛んでいますが……」


 僕が自信の無い声で訊ねると、リリィーナ教官が笑った。


「あれは薄羽(うすばね)ネズミ。空の上には普通に飛んでいる。春に飛んでる蝶々みたいなものだよ」


 へえ、珍しいものがいるもんだ。

 あ、いま、目の前を通過した。

 簡単に捕まえられそうだけど、こいつらだって走行中の自動車にぶつかればケガくらいするだろうに。のんきなもんだ。


 そこで僕は、はたと気付いた。


 これは普通のドライブじゃない。車は空中を移動しているし、変な生き物も飛んでいる。リリィーナ教官は笑っているが、気を引き締めておかないと何が起こるか予想も付かないんだ。

 ふと思いついて上を向いた。

 ここが空の上なら、その上には何がある?


 単純に、昼間でも星が見えるかなと思ったのだが。


 上空には、白いリボンみたいなものが何本も交差している。輪郭がハッキリしているから雲ではなさそうだ。


「リリィーナ教官、あれは何ですか?」

「わたしたちも走っている、この『(みち)』だよ。(くう)()と言うんだ」


 白いリボン状のものは数え切れない本数が交差している。どこから始まりどこで終わっているのかも、見ただけでは想像すらつかない。

 よくよく目を凝らせば、白いリボンの上を小さな影がいくつも移動していた。


「下から見たら、わたしたちもあんな風に見えているよ。あの人達も魔法使いだ。この空間には魔法を使える者しか入れないんだよ」


 リリィーナ教官が運転しながらチラリと上を見上げた。


 キョロキョロしていたら、僕らの走行する空路の左右にも、またべつの空路があるのに気付いた。それほど遠くなく、馬に乗って行き交う人々の顔がかろうじて見分けられる。


「あ、馬車も走ってる!」


 馬を四頭立てにした中型馬車から六頭立ての大型馬車まで、何台も走っていく。

 僕は、一台の白い小型馬車に目を引かれた。栗毛の馬一頭立て、御者はきらめくベールを被った白いドレスの女性。軽くムチが振られるたび金色の光がこぼれ、馬は軽やかに速度を上げると、たちまち通り過ぎていった。


 まるでおとぎ話のワンシーンだ。


 ときどきリリィーナ教官の解説を聞きながら、空路を眺めて楽しんでいたら、ふいに空の色調がわずかに変化した。


 明るい陽光が降りそそぐ。

 涼しいそよ風にエメラルドグリーンの草が揺れている。

 野原だ。


 僕らは空路から移行して、野原の中にある白っぽい土の道を走行していた。




 まばらな木々。


 せせらぎの音がして、見えてきたのは、ひとっ飛びで越えられそうな細い小川だ。

 なんてのどかな風景。


 小川近くの大きな岩陰で、リリィーナ教官は車を止めた。チョッキのポケットから銀の懐中時計を出して見ている。


「9時半か。いい時間だ。そろそろ(おとり)(えさ)が届くぞ」


僕らが車から降りた、そのときだった。

 ゴオッ! 僕らの頭上のずっと高いところで、何かが風を切った。


「なんだッ!?」


 僕が見上げた次の瞬間、

 ドズンッ!

 岩の向こうに、巨大な塊が落下した。


「わッ!!!」


 地面が揺れ、僕は尻餅をついた。


「何が起こったんだ?!」

「囮餌だよ」


 リリィーナ教官が応えてくれた。

 巨大な塊の上へさらに、ドサドサッ! と何かが落ちてきた。


「は? なんだ、これ……」


 赤、白、黄色、ピンク。色あざやかなそれらは長い茎が付いていて、その量ときたら、クラシックカーより大きなバスほどある。


「花?……あ、薔薇(ばら)の花だ!」


 山積みにされた薔薇の切り花だ!

 最初にまとめて巨大な束が落下して、空中で大束からこぼれた数本が追いかけて落ちてきたようだ。

 真上の空では、黒い翼が旋回していた。


――ギャアァァ……キシャアアアァァ……。


 空に響くは鳥の声……いや、怪獣の咆哮だな、あれは。


 リリィーナ教官が空に向かって大きく手を振った。

 それが合図だったのか、黒い翼は旋回をやめ、一直線に空の彼方へ飛び去った。


「あの、今のアレは何ですか?」


 かなり上空を飛んでいたのに、地上の僕が翼の形を見分けられた。ということは、かなり大きな鳥みたいだったが……。


(かい)(ちよう)フィニックス宅配便、略して怪フィニ便だ。運送費用は少々高いが、運べる物ならどんな遠い世界へでも確実に届けてくれる。ちなみに所属している怪鳥フィニックスは全員が正社員雇用されている、信頼できるホワイト会社だ」


 あの巨大な鳥は会社員なのか!?

 怪鳥を正社員として雇用する会社って、いったいどんな人が社長をやっているんだろう。人間と取引するんだから、経営者は人間だよな。会社の実態を知りたいような、怖いような……。


「いかん、伏せろ!」


 いきなり、リリィーナ教官の手で後頭部を押し下げられた。僕は、ドべッ! と、地面に倒れ伏した。


「君は本当に運がいいな。さっそく来たぞ、あれがホロホロ鳥モドキだ」


 リリィーナ教官は地面に片膝付いている。その横で僕は地面に伏していた。

 僕らは息を殺して、様子をうかがった。


 ドン……。


 重い音。


 ズシ……ン……。


 遠い地響き。


 ズ、シン……ズシン。……ズシン。


 近づいてくる。


 ズン……ズシン!


 急に近くなった。


 ズッ、シンッ!


 すぐそこだ!


――フオオォォォォォォォッッ……。


 風の(うな)りとも何かの声ともつかない大きな音がして、


 ゴオッ!


 ものすごい風が吹き抜けた。


 地面に伏せていた僕が、ズズッ、と地面を流されかけたのだから、瞬間風圧は巨大台風並みだった。

 あとで聞いたら、大好物を見つけたホロホロ鳥モドキがうれしさのあまり、はしゃいで羽ばたきしたそうだ。


 リリィーナ教官は彫像のように動かず、僕はドキドキする心臓を落ち着かせようと心で数をかぞえていた。


 20数えないうちに、僕の頭を押さえていたリリィーナ教官の力がゆるんだ。僕は恐る恐る地面に手を突き、起き上がった。

 僕らは岩陰からそうっと覗いた。


 大きな深い(あい)(いろ)の山が揺れている。ホロホロ鳥モドキのお尻だ。


「ほら、食べ始めたぞ。もう音を立てても大丈夫だ」


 リリィーナ教官の言うとおり、ホロホロ鳥モドキは茨の山に頭を突っ込んでいた。


 大好物は薔薇の花。特に花盛(はなざか)りの花枝を食べ始めたら、尾羽を1本引っこ抜かれたくらいでは、気付かないそうだ。その習性を利用して殺すことなく、抜いた羽の根元に付いてくるお尻の肉を(ちよう)(だい)するという。


 生えている羽をムリヤリ引き抜くのだから、当然、傷を負わせることになる。


 だが、ホロホロ鳥モドキの巨大な体は分厚い肉と脂肪が付いており、内臓に及ばない外皮の傷は痛くもかゆくもないらしい。しかも回復力が強く、尾羽を抜いた傷くらいなら2~3時間で完治するという。


「狩りと言うから、僕は、一羽まるごと仕留めるのかと思っていました」

「仕留めるだけなら簡単だけど、大きすぎるからね。それに一羽まるごと持ち帰っても、一般には知ってる人も少ないから、需要も少ないんだ」


 今日みたいにすぐホロホロ鳥モドキが見つかるのは珍しく、いつもは囮餌と罠を仕掛けて数日かかるそうだ。何羽も狩るには労力と時間がかかりすぎて採算が合わないという。


「よし、夢中で食ってるな。この間にあっちへ回るぞ」


 僕らはそろりと移動を開始した。






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