大海賊VS大艦隊
雨混じりの潮風が吹き荒んでいる。大洋の嵐だ。
僕は甲板の片隅に置かれた木箱の陰に身を潜めた。
もうすぐここを海賊ブラックが通る。
ポコン……パカン……。
殺しきれない足音が聞こえる。固いブーツの踵が湿った甲板を踏んでくる。
僕はサーベルを構え……。
足音が止まるや、木箱の陰から躍り出た!
「もらったッ!」
だが、僕の一撃は銀の閃光に弾かれた。
同時に、暗雲渦巻く天空を稲光が切り裂き、雷鳴が轟いて大気を揺るがす。
「遅い!」
リリィーナ教官が振り上げた銀の剣が雷の光を反射し、黄金色に輝く。
僕は振り下ろされた剣を躱し、二段飛びで後退した。
空を切った銀の剣は、柄に水晶が嵌め込まれたリリィーナ教官の銀の魔剣。
「自前の剣を持ち込むなんて、ズルいじゃないですか!?」
僕は海軍仕様のサーベルを構えたまま、じりじりと後ろへさがる。くそッ、押されている。この光景をローズマリーに見られていないことが唯一の救いか。
カンッ、ガキッ!
凄まじい勢いで打ち合わさった刀身から、明るい火花が散る。
さすが、強い。
大海戦開始前にハンデをつけてやろうと言われ、ありがたく受けたら、リリィーナ教官は左手に剣を持ち変えた。リリィーナ教官の利き手は右。今も背中に回されている。
それでも僕は左手だけで軽くあしらわれている。最近は滝田J先生に剣道で鍛えられて少しは自信が付いてきたのに、僕の剣はまだまだリリィーナ教官には通用しないのか!?
またもや雷鳴が轟き、稲光がリリィーナ教官の姿を照らし出した。
濡れた黒髪、左目には黒いアイパッチ。黒地に金の糸で刺繍を施した海賊船長ルックは、衣装デザインを担当した家政学課の女子が満場一致で決めたとか。
威風堂々たるその姿は、どこから見てもカッコイイ海賊船長だ。
僕の海軍士官コスプレよりよほどマッチしているのは、悔しすぎるぜ。
「はっはっは! よく見ろ、これは海賊船長の付属品だ。柄は自分仕様にできるから、使いやすい形に設定しただけだ。そら、いくぞ」
ちなみに黒のアイパッチは透けない本物の眼帯だ。左目を塞いでいるのは、視界を半分にするというハンデも兼ねている。それでいてなお、動きも剣技もすべてが僕より数段速い!
「うわわわ、ちょい待ち!」
僕は甲板を逃げ回った。
今日は、大嵐の中での一騎打ちだ。
これは僕から望んだ勝負である。この勝負で勝った方が、次回の海戦で先制攻撃を取る約束だ。
吹き荒ぶ嵐は安全仕様だ。雨は適度に身体から弾かれ、冷えすぎて風邪を引くことはない。強風の威力も海へ吹き飛ばされるほどじゃない。
だが、雨で濡れた甲板で足が滑りそうだ。それで海へ落ちても沈まないけれど、ニザエモンさんの魔法玩具は変なところがリアルだな。
僕は艦橋へ上がる階段へ逃げた。
「こら、待て! 一騎打ちを申し出たのはそっちだろう」
リリィーナ教官は強風と叩き付けてくる雨をものともせず、艦橋へ登ってくる。
「そら、かかって来い!」
すばやく突き出されたリリィーナ教官の剣を、僕はとっさに払いのけた。階段の上段を取っているというのに、激しい剣の突き攻撃にまるで勝てる気がしない。
とうとう僕らは2人とも、艦橋へ上がりきった。ここは艦長と将校だけが闊歩できる特別な甲板だ。
「なんでそこまでノリノリなんですか!」
剣を交えながら、僕は艦橋の東の端へ、じりじりと追いやられていく。
「こういうゲームはノリの良い方が勝つんだ、覚えておけ。局員の心得だ」
「絶対、嘘だッ!」
「覚悟!」
「ひええええッ!?」
僕がみっともない悲鳴を上げた、その瞬間――。
カーンカーン……。
鐘が鳴った。数えて8回。船では16時30分から30分ごとに鐘を鳴らす回数を増やしていく。夜勤の合図だ。これは僕らの大海戦ゲームの中での午後20時を知らせるタイムベル。そして、本日のゲーム終了の合図だ。
たちまち嵐が止んだ。
暗雲が晴れていく。
リリィーナ教官は青い空を見上げた。
「よし、また明日だな」
優雅とも見ゆ動作で剣を一振り、右手に持ち変え、左腰の鞘に仕舞う。
「くっそー、リリィーナ教……いや、海賊ブラックめ~ッ」
大洋を照らす陽光を浴びつ、悪態をつきながら、僕はズリズリと甲板へ座り込んだ。……正直いって、助かったと思っているのは、墓場まで持っていく秘密だ。
「ブラック・レディ船長と呼びたまえ、海軍大尉のサー・トールくん」
では、また明日の放課後にね。
リリィーナ教官の高笑いが遠ざかっていった。
「海賊と言えば、やっぱり宝探しよね」
初めての大海戦をやろうと決めたその日、ローズマリーは大海戦の取り扱い説明書を広げてそう言った。
魔法の王城ではシンデレラストーリーにうっとりしていたから、てっきり海賊に囚われて海軍士官が助けに行くお姫様ストーリーをやりたいのかと思ったのに、ローズマリーとエリカ率いる家政学課の女子が始めに選んだのは、『冒険島での宝探し』だった。
しかも女子は全員一致で海賊側を選ぶとは、何故だ?
僕の海軍士官と、ローズマリーがお姫様役のラブストーリーじゃだめなのか?
だが、問題が一つあった。
女子には『海賊船長』の成り手がいなかった。
大海戦は、指揮官がそれなりに作戦指揮を取らないと進まないゲーム展開になっている。帆船の基本操縦法である面舵と取り舵すら知らない家政学課の女子には、海戦のルールや帆船の構造を一から覚えるのが難しかったようだ。
ちなみに面舵は船の進行方向を右へ向けることで、取り舵は左へ向けること。
これはよほど船が好きでなければ覚えていない豆知識である。
大帆船の操縦は、円形をした操舵輪の把手を掴んで回す。これはとても重く、船乗りは力持ちでなければできない。そんな舵取りを、ローズマリーとエリカが試しに操舵手をして楽々と回していたのは、見なかったことにした。しかし、この2人でさえ海戦の指揮を取るのは難航を示した。
ついには、女子は海賊船長役を、大海戦に元から設定されている自動プログラムでやろうかという案も出た。が、それでは面白くないと反対意見も出された。
やはり女子は大海戦ゲームには参加できないのか……と皆が絶望しかけた、その時だった。
救世主が現れたのだ。
言わずと知れたリリィーナ教官である。
宝探しの物語はシンプルだ。
オプションで付けてもらった小さな『冒険島』へ上陸し、宝の地図を解読して、隠されたお宝を見つける。
宝の地図は1枚きり。だが、冒険島へ行く前に、海賊島へ立ち寄れば、裏社会の職人が作った地図の写しを手に入れるという、隠しエピソードもあった。
海上での争奪戦を経て、僕はアイルズ艦長へ進言し、おりからの追い風を利用して、海賊より先に冒険島へ上陸することに成功した。
僕はアイルズ艦長と手分けして、地図の写しのそのまた写しを手に、宝の在処の手掛かりを探して密林を歩き回った。
すると、やはり1人で歩いていたローズマリーと、バッタリ出くわした。
「あら?」
ローズマリーはストレートの長い黒髪を下ろし、飾り気のないワンピースを着ていた。腰に薔薇色のサッシュベルトを絞めているので、普段着ではなくゲーム用のコスチュームだとわかる。武器の類いは身に付けていないから、休憩中かな。
「やあ」
と、条件反射の笑顔で挨拶した僕は、急いで緩む頬を引き締めた。今、ローズマリーと僕は敵同士。あちらは海賊、こちらは海軍。油断は禁物だ。
「サー・トール、こっちこっち!」
ローズマリーは微笑んで僕を手招きした。
「え?」
僕がローズマリーに誘導されるまま付いていくと、
「ちょっとそこへ立ってくれる?」
高い木に囲まれた、空き地みたいな場所へ来た。
なんだろう?
次の瞬間、僕の足下から網が出現し、僕を包んで梢に高く持ち上げた。
「わー、ローズマリー、なんで!?」
「ごめんなさい、わたしたち海賊にとって、ブラック・レディ船長の命令は絶対なのよ」
くっ、と哀しそうに顔を背けるローズマリー。
「おう、よくやったな、ローズマリー!」
ガサガサと背の高い草むらをかきわけて、リリィーナ教官ことブラック・レディ船長とその一味(家政学課の女子)が現れた。
海賊の手下に扮した女子は、上でジタバタする僕を見上げ、クスクス笑っている。皆、清潔な麻シャツに色鮮やかなサッシュベルトを結び、太股まであるブーツスタイルだ。腰に佩く剣は、もっとも軽くてお洒落に見える細身の刀身。
ちなみに、大海戦ゲーム開始前の設定を決める会議で、海賊の装備なら重さのあるナイフと幅広の短い剣だろうという有識者たる僕の突っ込みは、女子全員に黙殺された。
「やだ、ほんとうに自分から罠に入ってくれたのね」
「さすがはローズマリーのサー・トールだわ」
これは褒められているのか貶されているのか、どっちなのだろう?
海賊船長ブラック・レディはフトコロから本物の宝の地図を出し、僕へ見えるように掲げた。
「ハッハッハ、見事に引っ掛かったな、サー・トール大尉。我々がお宝を見つけるまで、そこにいてもらおうか」
リリィーナ教官の前身は本職の海賊だったんだ。きっとそうに決まっている!
「ブラック・レディ船長、わたしも捕まえましたわ!」
エリカはローズマリーと似たようなワンピースドレス姿で、部下数名と共にアイルズ艦長を引き連れてきた。
ロープでグルグル巻きにされたアイルズは、僕を見上げて目を逸らした。
アイルズよ、お前もか。安心しろ、この程度の事では、君の艦長としての指揮能力を疑ったりはしない。僕らは同類なだけだ。
「よーし、敵はふんじばったぞ。皆、行こう!」
「オーッ!」
海賊ブラック・レディ船長一味は、統率の取れた動きで去っていった。
僕とアイルズは、その場へ取り残され……。
海軍士官役の級友達が助けにくるまで、そのままでいた。
こうして第1回『冒険島でのお宝争奪戦』は、海賊チームの大勝利で終わったのである。




