第3の賢人
僕は工房から店舗スペースへ出た。
リリィーナ教官は店舗の外へ出る玄関扉に手を掛けたところだった。
「待ってください!」
リリィーナ教官はドアノブから手を離した。
僕は追いついた。
「どうした、サー・トール? 何かわからないことでも?」
リリィーナ教官は僕が追いかけてきたことを驚かない。今でなくても、どこかのタイミングで、僕が質問しに来ると予想していたのだろう。
「はい、わからないことがあります」
とはいえ、僕が知らなくても日常生活に支障はない。
けれど、このままだと胸の奥にあるモヤモヤしたイヤーな気分が、いつまでたっても晴れないんだ。
「率直にお訊きします。『魔法玩具引き換え券』は、最初から、リリィーナ教官が魔法の王城を購入するために用意されたものですね?」
一息に言い終えた僕はゴクリと唾を呑み込んだ。息を吸って、吐いて、また吸って。緊張がピークに達したとき、
「何を根拠にそんなことを?」
疑問形だがリリィーナ教官は笑わず、僕の方へ生真面目な表情を向けた。
僕らの通う魔法大学付属学院では、生徒はいつでも教授や教官へ自由に質問してかまわない。
魔法学だろうとプライベートな悩みの相談だろうと、なんでもOKだ。
僕は緊張で震えそうな膝をあえて直立不動で揃えてから、口を開いた。
「魔法玩具引き換え券は3枚。もしも僕とアイルズが女の子へのプレゼントに使わなかったら……いや、プレゼントをする気でもかまわなかったのですね。魔法玩具に引き換えられる前なら、誰の分でも良かったんだ。リリィーナ教官に必要だったのは、確実に魔法の王城と引き換えられる1枚だけですから」
リリィーナ教官は僕らがどうするか、知っていた。僕とアイルズは初めからローズマリーとエリカへのプレゼントに使うと宣言していたし、カイルは欲しい物はあるけど、カラクリの魔法玩具は欲しくない、と悩んでいた。
「残念だが、その推理は成り立たないぞ。CSTの優勝商品は、優勝者が何人のグループでも人数分を渡せるように、多めに準備されていた。今も局の総務課へ行けば、余分に刷られた魔法玩具引き換え券が保管してあるよ」
だが、おそらくそれは使えない。たとえ企画立案をしたリリィーナ教官本人といえども。僕は確信があった。
「ニザエモンさんが魔法玩具と引き換える契約をしたのは、CST優勝者の分だけですよね。他でいくらでも使えることにしたら、いくらニザエモンさんが太っ腹でも損な取り引きになります。今回、有効期間内に利用可能なのは、優勝した僕らに渡された券だけですね」
僕は、リリィーナ教官が魔法玩具引き換え券で魔法の王城を買えた理由に、見当がついている。
これから魔法の王城の未完成分は、局の予備役であるニザエモンさんが、局員として働いて仕上げることになる。局の支払う対価とは、局員として規定された給料だ。そこに一流の職人への超高額な報酬は発生しない。
だから、魔法の王城は完成しても『現実のお城よりも高価な』魔法玩具にはならないのだ。
リリィーナ教官の口角が、吊り上がった。その表情が愉快そうに見えるのは、僕の目の錯覚ではない。
「ニザエモンさんは損をしない。局が対価を支払うからね。なかなか見事な推理だが、仮にそうだとして、君に何の関係があるのかな?」
よし、こう質問を返されるのは想定内だ。
「僕はリリィーナ教官と一緒に魔法の王城へ入りました。訳もわからず利用されるだけなのは納得できません。それに、カイルは僕の友人です。友だちがいいように利用されているのを、黙って見過ごすわけにはいきません」
カイルは、魔法の王城に搦む事情を知らない。
そして僕は、親友が良いように利用されているのを黙って眺めていられるほど、冷静な人間じゃない。
「好奇心旺盛だな。それに友だち思いだ。わたしがしたことで君達に悪いことは何も無いと思うが、何が知りたいの?」
「魔法の王城を買ってどうするのですか?」
質問はストレートに。どうせリリィーナ教官の方が、あらゆる駆け引きにおいて上手なのだから、僕は素直に訊きたいことを訊けばいい。
「購入したのは、多次元管理局だよ。わたしはただの代理人だ」
多次元管理局は境海の国際的な警察組織だ。
その局が魔法玩具のドールハウスを何に使うのだろう。
疑問が僕の顔に表れたのか、リリィーナ教官は先に応えた。
「君達はあれをただの魔法のドールハウスと思っているだろうが、これだけの魔法具となると、使い道は様々に応用できるのだよ。たとえば、局が利用するイベントでの使用や、境海の指名手配犯をおびき寄せる罠にも使える。あるいは、大国の権力者へ取りいる際の贈り物にもなるだろう。使われている黄金や宝石の価値もさることながら、境海世界に名高き魔法玩具師ニザエモン制作の特別なドールハウスだ。王様の身代金にも匹敵する宝物だからね」
そんなにたくさん!……。想像以上の使い道に目を瞠った僕は、すぐにはコメントを返せなかった。
「あの、でも、贈り物にしたら、それっきりでは?」
魔法の王城はこの世にひとつ。
ニザエモンさんが二度と作れないと言った程の、超高価で貴重な魔法玩具だ。
「こういった品物は、大掛かりな仕掛けの一部として使うんだ。公に出せるのは一度きりだと考えた方がいい。局の捜査以外で使用するときが使い納めになるだろうな。つまり、最後の切り札というわけだ。……もういいかな?」
リリィーナ教官は扉へ向いた。
「いいえ! まだ、肝心の謎が解けていません。令嬢は、どうやって逃げたのでしょうか?」
家出を狙う令嬢に、大富豪の父親なら監視人ぐらい付けていただろう。
「そこは魔法で、コロンバイン人形を身代わりに使ったのさ」
リリィーナ教官はサラリと躱した。
確かにそれは、令嬢が逃亡できた秘密の種明かしではある。
だが、事の真相ではない。
元弟子という人は魔法玩具師だ。玩具作りの職人で、リリィーナ教官のようなプロの魔法使いではない。これが事実その①。
僕は、ずっと感じていた疑惑のモヤモヤした塊を、丁寧に質問へ変えていった。
「元弟子は、魔法の王城の魔法プログラムに細工はできても、境海を越える移送空間の作成はできません。だけど、魔法の王城の中にあった移送空間は、境海を越えるくらいに強力でした。その魔法を操る知恵を授けたのは誰でしょうか。師匠のニザエモンさんは誤作動した魔法の王城を制御できませんでしたから、ニザエモンさんではありません」
これが僕の確信した事実その②だ。
もし、魔法の王城が誤作動した時の魔法すべてが、ニザエモンさんが教えたものであるならば、ニザエモンさんが気付かないわけがない。
「どうしてそう言いきれる?」
リリィーナ教官は動じない。
僕は胸の奥がヒヤリとした。一応、根拠があって喋っているが、自分の推理がまるで間違いだったら恥ずかしいどころじゃないな。明日から学校へ行くのが辛くなるかも。
だが、僕は腹筋に力をいれた。
「元弟子の魔法は師匠を越えるものではない。と、リリィーナ教官から教えてもらいました」
これが僕が気付いた事実その③。リリィーナ教官自身が魔法の王城で話したこと。僕がリリィーナ教官を疑う糸口となった。
「そんなことを言ったかな」
リリィーナ教官は口ではそらっとぼけたが、ニヤニヤしている。
令嬢には、恋人との連絡を取ってくれる協力者が必要だった。第3の善意の協力者。大富豪と宝石商と、魔法玩具師ニザエモンさんに共通する知り合い。
僕が知るのはただ1人だ。
「元弟子の代わりに、怪しまれることなく大富豪の屋敷を訪れたのは誰でしょうか。きっと大富豪その人に信頼されている人物です。疑われない人物とは、何者でしょうか。多次元管理局の肩書きがあれば、大抵の人は疑わないでしょう。令嬢にコロンバイン人形をこっそり渡し、脱出の日に手を貸したのは誰でしょうか。2人の共通の友人とは、いったいどこの誰のことですか?」
よし、これで全部言ったぞ。どんな答をリリィーナ教官は返してくれ……。
「さあ、わたしは知らないな」
即答だった。
僕の期待したわかりやすい回答は、やっぱり与えてもらえなかった。……まあ、そうだろうとは思っていたけれど。なぜって、これは駆け落ちした恋人達の重大な個人情報だもんな。
リリィーナ教官は扉を開け、最後に僕へ振り向いた。
「だが、安心したまえ。こういった物語は、おしなべてハッピーエンドになってしまえば、脇役の名前なんて誰も気にはしないのさ」
大海戦のジオラマ模型は、ニザエモンさんが来週の金曜日に、台車で寮へ届けてくれることになった。
ローズマリーとエリカは、魔法プログラムのカタログを見て、ニザエモンさんと相談している。
大海戦のジオラマに内蔵されたシナリオは10本。オプションで付けてもらえる魔法プログラムは3つ。さらに攻守を変えてプレイすれば、26本の違った海戦を体験できる。
僕らはさっそく次の週末までに準備を整え、大海戦ゲームを試すことにした。




