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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
 (四)作られし夢より落つる皆の顔魔人来たりて蒼となりぬる

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   真珠のブローチとハートに封じられた約束

「つまり、ローズマリーとエリカが誤作動を起こした魔法の王城へ吸い込まれてしまったので、紳士諸君は淑女方を見捨てては帰れなかった……というわけだな」


 リリィーナ教官への説明はもっぱら僕が大筋を語り、足りないところをアイルズとニザエモンさんが捕捉してくれた。


 リリィーナ教官は鷹揚にうなずいた。


 変だな。いつものリリィーナ教官なら、ここからひねくれた展開へ持ち込むのが好きだろうに、今日はものわかりが良すぎるような……。


「事情は理解した。今日はもう遅いから、詳しい話は明日、学校が終わってから聞くことにしよう。サー・トール以外は帰ってよろしい」


 予想外の釈放宣言に、僕以外の3人は喜び勇んで(きびす)を返し、エクメーネの店長に連れられて帰っていった。

 僕だけを工房へ残して。


 きっと皆は、僕が代表でリリィーナ教官に説教されると思っている。


 じつは、僕もそれを覚悟した。


 リリィーナ教官は、ローズマリーとエリカに置いていかせた真珠のブローチと薔薇水晶のペンダントを観察していた。その横顔は、いつもと変わらない。


 あれで怒っているのかな。普段は優しいけれど、非常に厳しいところがあることも知っている。

 どんなふうに叱られるのだろう。悪いことをして叱られた事は無いから、想像できないけれど……。


「ニザエモンさん、念のために確認しておきたいのですが、今回の誤作動の原因に、魔法の王城の支配者である王ハーレキンの心臓は関係無いでしょうか。エリカのネックレスはハート形の薔薇水晶ですが、これの関連性は?」


 リリィーナ教官も魔法の王城の物語を知っているのだ。王様ハーレキンがダレシラヌ国の王女コロンバインに魔法の心臓を渡す。魔法の王城のシンデレラストーリーでは、それが真実の恋人の(あかし)となる。


「その薔薇水晶のペンダントは関係無いよ。第一、コロンバインはまだいないから、ハーレキンの魔法の心臓は一度も取り出されたことがない。それは、ハーレキンの胸を見ればわかる」


 ニザエモンさんがハーレキン人形へ手を伸ばすよりも早く、リリィーナ教官が右手をサッと動かした。

 すると、王城の中の玉座に座っていたハーレキン人形が、ニザエモンさんの手を避けて、空中に浮きあがった。淡い金色の光がハーレキン人形を包んでいる。


「おい、リリィーナ、なにをする気だい?」


 ニザエモンさんの声が怯えているように聞こえるのは、僕の気のせいではないだろう。


「安心してください、壊しませんよ。ちょっと調べるだけです」


 リリィーナ教官はハーレキンを指差したその指を、すい、と横に動かした。

 ハーレキン人形の胸が、両開きの扉のように左右へ開く。暗い胸の奥がキラリと光る。その光った何かが、宙に浮かび出てきた。


 僕の小指の爪よりも小さな、薔薇色の宝石。心臓と聞いて連想したハート形ではなく、ダイヤモンドらしい形だ。


「これは薔薇水晶ではない。本物のピンク・ダイヤですね。石の来歴は?」


 ピンク・ダイヤがリリィーナ教官の右手の平へコロリと落ちたら、ハーレキン人形は後ろ向きに空中を再び飛んで、王城へ戻った。綺麗な人形だから、胸を開けたままで玉座に収まった様子は、ホラー映画のワンシーンみたいだった。


 ニザエモンさんは露骨に顔をしかめた。


「古い因縁があるようなアンティークじゃないよ。購入は1年程前だ。加工されたのはそれより前だろうが、2年は経っていないさ。加工したのは、私も知っている宝石商の職人だ。魔法の王城で使用している宝石類は、ほとんどが注文主の大富豪がまとめて発注した物だよ」


「ハーレキン人形は問題ありませんね。コロンバイン人形はどこに?」


 リリィーナ教官は喋りながら、ピンク・ダイヤを前触れなく、ポイッと空中へ投げ飛ばした。小さな宝石は直線に飛んで、ハーレキン人形の胸に元通り収納された。でも、胸は開いたままだ。


「コロンバインはまだ顔を作っていないから、王城には置いていないんだ。その辺に置いて……あれ? ないな。ともかく、ハーレキン人形の胸を開けっぱなしにしないでくれ、精密機械並の繊細な細工だぞ」


 リリィーナ教官が閉めてくれるのを諦めたニザエモンさんが、ハーレキン人形を手に取った。


「ン? う、うわあッ! ハーレキンの首にヒビが入っているゥ!?」


 ニザエモンさんと僕は、リリィーナ教官を、見た。


「わたしじゃありませんよ」


 さすがのリリィーナ教官も、露骨な仏頂面で応じた。


 僕は、魔法の王城での出来事を思い出した。もしかして、ローズマリーが王様ハーレキンを背負い投げして床に叩き付けたつけたせいで、ハーレキン人形の首が弱くなっていたのでは?……しかし、発言できるような空気ではなかったので、沈黙を守った。


 リリィーナ教官が触ってからニザエモンさんも触っている。誰が本当にひび割れを発生させた原因なのか、特定するのはもはや不可能だ。


 もしかしたら、魔法で人形の異常に気付いていたリリィーナ教官はそれを狙ってわざと人形の胸を閉めなかったのかも。そっちの可能性の方が高そうだな。


 ニザエモンさんは「うう、まただ。また壊された。あとで修理しないと……」と呟いてハーレキン人形の胸を閉じ、玉座へ戻した。


「魔法プログラムに細工がされたのは確実でしょうね。魔法の王城の制作過程で関わった人間は、何人いますか?」


 リリィーナ教官の質問に、ニザエモンさんは渋い表情で答える。


「外注の職人を入れたら30人はくだらないよ。必要な部品が多いからね」

「この宝石類を納品した、大富豪御用達の宝石商はどうです?」

「あの子は関係無いだろう」


 ニザエモンさんの口調が、わずかに鋭くなったことに僕も気付いた。取り引き先の人を『あの子』と呼ぶのも変だ。うんと若い営業マンなのだろうか。


「じつは、魔法の王城の注文主だった大富豪のイルドレス家とは、わたしも個人的に縁がありましてね。現在、令嬢が行方不明です。さきほど遅れたのは、その捜索を、局を通して依頼されていました」


 リリィーナ教官はごく普通の事のように説明した。リリィーナ教官が冷静なのはいつものことだけど、大富豪の娘が行方不明というのは、けっこう重大事件じゃないのかな?


「君に頼むと言うことは、(おおやけ)にしたくないからだな。スキャンダルになるような事情だとしても、それがキャンセルされた魔法の王城と、どう繋がるんだい?」


 ニザエモンさんは少し眉をひそめた。


 僕は知ったばかりの情報を整理した。魔法の王城を注文した大富豪の名前は、イルドレス氏。ニザエモンさんとの接点は、同じ宝石商が御用達。そして、ニザエモンさんは大富豪の娘と宝石商の息子をよく知っているらしい。


「これらのアクセサリーは、貴方のよく知るその宝石商が、最後に納品した品物ではありませんか?」


 リリィーナ教官は、真珠のブローチと薔薇水晶のペンダントを手で示した。


「そうだよ、自分の練習で作った試作品とかで、タダ同然で置いていった。真珠や薔薇水晶は本物だし、良いものだから、すぐに買手が付くと思ってね」


 ニザエモンさんがチラリと僕を見る。確かに、あの真珠のブローチはお買い得品だった。値段も良かったけど。


「で、それらが令嬢の行方不明に、どう関わってくるんだい?」


 ニザエモンさんの疑問に、リリィーナ教官はすぐ答えた。


「じつは、令嬢は駆け落ちしました。お相手は魔法玩具師の元弟子です」


 これにはニザエモンさんも驚いたらしく、大きくポカンと口を開けた。

 僕も素直に驚いた。僕らの魔法玩具購入計画から始まったトンデモ冒険譚が、大人の事情のすごい話に進展している。


 というか、これは、僕が聞いても良い話なのだろうか。


「宝石商の息子がイルドレス家に仕事で出入りするうちに令嬢と親しくなり、こっそり付き合っていたのがバレましてね。宝石商は跡継ぎを、大富豪は愛娘を手放すのを嫌がって親同士の喧嘩になり、令嬢は軟禁状態にされていました」


 リリィーナ教官の事情説明は非常に大ざっぱだが、僕にもわかりやすかった。この2人はロミオとジュリエットってやつだ。

 ややあって、ニザエモンさんが大きな溜め息を吐いた。


「……そうか、そっちの事情か。――あの子たちがなあ……」


 右手で額を押さえている。きっと、駆け落ちしたという2人の事をよく知っているのだろう。


「2人の行方を御存知ですか?」


 リリィーナ教官が訊ねる。


「いや、残念だが、連絡はきていない。最後に宝石を納品してもらったのは、半年前だ。……それで君はどうやって、2人の逃亡先を見つけるつもりだい?」


「ハーレキンが玉座の間で出現させたという『暗い洞窟のような空間』を調べます。それが魔法の移送空間なら、出口がどこへ繋がっているのかを確認しますよ」


「そこが令嬢の駆け落ち先という、確証はあるのかい?」


「貴方の元弟子は、初めは魔法の王城を使って令嬢を家から連れ出すつもりだったのでしょう。けっきょく、キャンセルされたから計画も潰えましたが……。彼が訪れた際に、魔法の王城から目を離したことはありましたか?」


 リリィーナ教官に訊かれたニザエモンさんは、視線を空中に泳がせた。


「……あー、お茶を入れたり、客が来て応対に出たりして、工房に1人で待っていてもらったことは、何度かあったな。確かにあの子の腕なら、私の魔法プログラムも(いじ)れるだろう……」


 ニザエモンさんはまだ腑に落ちないふうだ。

 その元弟子は、師匠に気付かれないように魔法プログラムを細工できるのもすごいが、魔法玩具師の技術以外にもいろいろとすごい人だな。


「おそらく、これが鍵でしょうね」


 リリィーナ教官は真珠のブローチを取り上げ、目の上にかざした。


「それのせいですか?」


 僕は少し嫌な気分になった。そういう言い方をされると、まるで僕がローズマリーに贈ったそのブローチが誤作動を引き起こしたみたいに聞こえる。そんな僕の心情を見透かしたように、リリィーナ教官は軽く微笑んだ。


「サー・トール、君に責任は無いよ」

「だったら、どうしてローズマリーのブローチが気になるんですか?」


「ローズマリーの証言さ。魔法が働いた原因はいまもって不明だ。だが、ハーレキンは『真珠のブローチが約束の印だ』と言ったという。つまり魔法の王城とハーレキンにとっては、このデザインは意味のあるアイテムとして設定された物なのさ」


「では、置いていかせるのはローズマリーのブローチだけで良かったのでは?」


 エリカのペンダントはいらなかったのではないか、と暗に訊ねると、


「それだけを指摘すれば、ローズマリーは、自分のせいで魔法の王城が誤作動したと思うのじゃないかな」

「……たぶん、そうですね」


 リリィーナ教官は正しい。真面目なローズマリーの性格をよくわかっている。


「このことは、君も黙っておきなさい。魔法の王城が動き出したのは、強いて言えば、トイズマスターの責任だからね」

「それについては、本当に申し訳ないと思っているよ」


 ニザエモンさんの眉が八の字になる。


 謝られたら、困る。魔法の王城へは、僕とアイルズが強引に頼んで入れてもらったのだ。これは僕とアイルズの自己責任だ。


 僕は、ニザエモンさんのせいではないこと、僕らの方から無理やり頼んだことをリリィーナ教官へ繰り返した。





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