大時計は魔法の時を刻む
「ローズマリー!」
「サー・トール、助けに来てくれたのね!」
にっこり笑うローズマリーの足下には、ハーレキンが長々と伸びていた。
ローズマリーの後ろには、暗い洞窟のような空間が変わらず口を開けている。それが何なのかなんて、詮索している余裕は無い。
「早く、逃げるんだッ!」
僕はローズマリーの手を掴んで走り出した。
「サー・トール、急げ!」
アイルズがエリカと手を繋いで一足先を走っていく。
玉座の間を出て、回廊を左へ曲がった。
1つ目の扉が舞踏会場の大広間だ。
バイオリンの音色が聞こえる。
テンポが早い、8分の6拍子。舞踏曲タランテラ。
その名は毒蜘蛛タランチュラに由来する。
昔々、タランチュラに噛まれた人は、毒を抜くために激しく踊った。
そんな治療方法があったとか。
毒の苦しさに踊り狂ったように苦しむ様子を表した曲だともいう。
ローズマリーと僕は、アイルズとエリカの後ろから、大広間へ駆け込んだ。
大広間はまばゆい光で満ちていた。
舞踏会はたけなわだ。
色とりどりの衣装をまとった人々が踊っている。
観客は手拍子を贈り、軽やかなステップが床を踏み鳴らす。
ここは魔法の幻想世界、カーニバル王国だ。
魔法の王城は朝から晩まで、にぎやかなお祭り騒ぎ。
そして今夜は、年に一度の特別な仮面舞踏会の夜。
今宵一夜、王国の民は、仮面を付けて別人となる。
それは、道化の王ハーレキンのかける神秘の魔法。魔法の王城は永遠の夢の城だ。招待客は永遠の一瞬にまどろみ、醒めない夢の時間にしばしたゆたう。
「どいて、どいて、通してくださーいッ!」
踊る人々をかき分けて進んでいくと、僕らの進行方向にいる人々が、ステップを止めた。
人の群れが引き潮のように左右に分かれていく。僕らはこれ幸いと、そうして開けた道を走った。
その中には扇を優雅に広げ、口元を隠す者たちがいる。顔を寄せ、ヒソヒソ話をしている。露骨な態度。僕らのマナー違反を咎めたいのだろうが、知るもんか。
どうせ二度とは来ないパーティーだ。
音楽は鳴り止まない。
僕らが走り抜けた後には人の波が戻り、ダンスが再開されている。
好きに踊ればいいさ。
僕らはすぐにここから脱出する。
大時計の全身が見えてくる。
その文字盤の短針と長針が、12時へそろおうとしている。
ボーン……!
大時計が12時の刻を打ち始める。
ボーン……ボーン……。
僕らの気分は、魔法が解けるのに怯えるシンデレラさながらだ。
6、……7。
心の中で否応なく時を打つ音をかぞえてしまう。
8、9……。
僕らは大時計のある大理石の小舞台へ近づく。
ようやく小舞台へ登る階段の一段目を踏んだ。
10。
僕は息を切らせているローズマリーの肩を抱いて階段を上り、
11……!
3段目に足をかけたところで、最後の鐘の音が響きわたった。
ボーン――――――……。
「キャアッ!!!」
ローズマリーが足を滑らせた!
僕は床に膝を付いて、ローズマリーの手を握り締め……。
僕の目の前で、ローズマリーがしゃがみ込んでいる。
その後ろには美しい城のジオラマ模型がある。
僕らは外から魔法の王城を眺めていた。たくさんの魔法玩具が並べられた棚。ここは魔法玩具師ニザエモンさんの工房。
僕のすぐ隣には、アイルズとエリカもいた。
「サー・トール、ここは幻想世界じゃないよな?」
アイルズはエリカとしっかり手を繋いでいた。
僕は繋いだままのローズマリーの手を掴み直して、立ち上がらせた。
「ああ、僕らは現実に戻ったんだ!」
ローズマリーとエリカが顔を見合わせた。
「みんな、無事ね!」
ローズマリーが1人1人の顔を見て微笑む。
「やったわ、良かったわ!」
エリカが、わっ! とローズマリーに抱きついたので、僕らは4人で肩を抱きあって喜んだ、のだが……。
「何をしているのかな、君たちは?」
工房の入口に、リリィーナ教官がいた。その背後には、面白そうに僕らを眺めている喫茶エクメーネの店長と、青ざめたニザエモンさんが立っていた。
魔法の王城を包んでいた薄青い魔法のオーラは、僕らが王城から出ると同時に消えたと、ニザエモンさんに聞かされた。
工房の入口付近で整列した僕らの前を、リリィーナ教官が刑務所の監守よろしく、靴音を響かせて往き来している。
「さて、サー・トール」
リリィーナ教官の声は穏やかだ。なのになぜか、静かな微笑みがとても怖い。
「はいッ!」
どんな顔をすればいいかわからなかった僕は、とにかく元気の良い返事をした。
でも、やっぱり怒られるかな。……少しは仕方が無いと思っているけどね。
「君たちが魔法玩具店へ買い物に来たのは知っている。でも、どうして4人ともが、誤作動を起こしたという状態の魔法のドールハウスに入っていたのかな?」
リリィーナ教官の普段とは異なる低いトーンに、僕らはビクッと反応した。
「待ってくれ、リリィーナ、それは私が……」
ニザエモンさんの言葉を、リリィーナ教官は微笑みを振り向けて遮った。
「もちろんトイズマスター、貴方には局にきていただきます。事情聴取はあとでゆっくりとさせてもらいますよ」
ニザエモンさんはがっくり顔をうつむけた。




