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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
 (四)作られし夢より落つる皆の顔魔人来たりて蒼となりぬる

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45/60

   ハーレキンは真実の恋人を求め……

 牢番が僕らを追いかけてきたのは立派だが、ときどきよろめく酔っ払いの千鳥足だ。騎士や兵士は、衣装がゴテゴテした重い装飾付きのせいだろう、走るのが遅く、引き離すのは容易だった。


 追っ手は牢番が率いる一隊だけだった。


 ありがたいことに、挟み撃ちなど作戦的なことはされなかった。


 さらに幸運だったのは、回廊の所々に出没する白黒衣装の召し使いやエスコート役たちは、僕らが通り過ぎるのを黙って眺めていてくれたことだ。


 王ハーレキンの命令は魔法の王城の住人へ、一律には浸透していない。どうやら、王ハーレキンの命令に従ってイレギュラーに動く者と、舞踏会を演出するための行動を取り続ける者に分かれるようだ。


 推察するに、僕らが地下牢へ入れられたのは、魔法の王城にいる人々にとっても物語の進行ではないハプニング。すなわち、本当の『事故』なのだ。


 それでも謎は残っている。


 王様ハーレキンとその直下の騎士や兵士数名、そして地下牢の牢番は、僕らの事を『外国から来た王子様』と認識しながらも、地下牢へ放り込んだ。魔法の王城に認識された主役級の招待客を、罪人扱いしたのだ。

 この理由については、まだ推測すら立っていない。


 僕とアイルズは逃げ回った。長い回廊のいくつかの分岐点を過ぎて、追っ手の目から一時逃れた僕らは、壁際に置かれている僕より背の高い花瓶の陰に隠れた。

 やがて、追っ手の一隊が行きすぎていった。


 彼らの姿が次の角を曲がってから、僕らは回廊を引き返した。


「このままだと捕まるな」

「ああ、もう時間が無い……」


 すでに5分以上は走った。


 もしも、午前零時に全員揃って脱出できなかったら、他の脱出方法を探すしかない……。不安に駆られた僕が、アイルズへそう言おうとしたとき、


 ガンガンガンッ!


 すごい音が聞こえ、僕は開きかけた口を閉じた。

 2つ先の扉がガタガタ震えている。部屋の中から誰かが叩いているのだ。ドアが破壊されそうな音は、ノックではありえない。


『開けてーッ! ここから出してッ!』

「エリカだッ」


 アイルズと僕は、その扉へ駆け戻った。


 ガンガンッ!


 またもや怖いくらいにドアが震える。

 お(しと)やかなローズマリーを(のぞ)けば比類なき美少女のエリカちゃんが、いったい何を使って扉をぶっ叩いているのだろう。知りたくないような気もするが……。


「エリカ、エリカ!」


……アイルズは気にならないようだ。ひたすらエリカの身を案じ、ドアノブを回そうとしている。


『アイルズね、ここを開けて!』

「鍵がかかっているんだ、待ってくれ」


 分厚い扉はオーク材製だ。堅くて頑丈なのは保障付き。僕らの脚力では、アクション映画みたいにかっこよく蹴破るなんてできそうにない。


「なあ、こうなったら……」


 僕はアイルズを見、アイルズは僕を見た。


「……ああ、魔法を使おう」


 魔法の王城に入った当初から、なんとなくだが、魔法のドールハウスの中では魔法が使えないだろうと、僕らは思っていた。


 ニザエモンさんからは説明されていないが、ここは魔法で構築された幻想世界だ。内側で異質な魔法を発動させたら、魔法プログラムになんらかの影響を与えてしまう可能性がある。僕らは新米魔法使いだが、この程度の基礎知識は、魔法学の授業のおかげでしっかり身に付いていた。


 アイルズがドアノブを握り、集中して数秒――。


「……あ、あれ、おかしいな?」


 アイルズはドアノブをガチャガチャ回した。アイルズの魔法は発動しなかった。ああ、やっぱりだめか……と、顔を歪めるアイルズへ、


「僕がやってみる」


 僕は、アイルズが手を離したドアノブを掴んだ。

 鍵穴に命令するのは一言だ。『開け(アペリー)!』と――。

 カチリ。鍵穴の奥で、金属が回転した。我ながら『aperi』なんてラテン語が、よくとっさに出てきたものだ。


「開いた!!!」


 ごく微弱な魔法で済んだ。回りに影響も与えていない。


「エリカ!」


 部屋になだれ込んだ僕とアイルズの前に、重そうな緞子(どんす)()りの椅子を頭上に振り上げたエリカがいた。


「きゃあ、アイルズ!」


 エリカは椅子を後ろへ放り投げ、アイルズへ飛びついた。でかい椅子はガッターンッ! と、ものすごい音を立てて床に転がった。


「ローズマリーは!?」


 僕は室内を見回した。

 ローズマリーの姿は無い。いったい、どこに? 嫌な予感に背筋が寒くなる。

 僕がエリカに声をかけるより先に、エリカがアイルズから体を離して、くるりと僕の方へ向いた。


「サー・トール、ローズマリーはアイツに連れて行かれたのよ、早く助けにいかないと!」


 切羽詰まったエリカの声音に、僕はハッとして、嫌な予感を頭から振り払った。今はただ、ローズマリーを助けることに集中しなければ。


「あれが王様のハーレキンなんだ。どこへ行ったって?」


「玉座の間よ、行き方を覚えているわ、こっちよ!」


 部屋を出る時、両開きの扉の閉じたままだった方が目に入った。

 扉の室内側は、キズだらけだ。

 エリカはあの重厚な緞子張りの椅子でドアをどついていたのか。すごい力持ちだな。あまり知りたくなかったかも。


 ごく客観的な感想を抱いた僕は、突然、ぞわりと鳥肌立った。

 このまま先へ進めば、もっと嫌な物を見てしまうような……。


 僕は、ブルッ! と震えた。最近の僕は、いわゆるこの『嫌な予感』というやつが、無視できない確率で当たることに気付き始めていた。どうやら魔法使いの勘とやらが、身に付いてきたものらしい。


 僕らはエリカの案内で回廊を突っ走った。


 やがて、僕も覚えている玉座の間に近い回廊へ出た。

 玉座の間の入口が見えた。

 扉は開放されている。

 見張りの騎士はいない。


――イヤーッ、手を離して! わたしはどこにもいかないわ。


 ローズマリーだ! ものすごい大声で叫んでいる。


――だから、わたしは違うっていってるでしょッ。

――この真珠のブローチが約束の印ではないか。

――きゃあ、何なの、これは何の魔法なのッ!

――この先がそなたの行くべき道だ。怖がることはない、これから君の本当の恋人に会わせてあげ……、うわっ!


 ドンッ!、と重い音がした。僕の経験則による勘が正しければ、これは正拳突きをまともに人体へ打ち込んだ時の音に酷似している。


 そして「ぐおっ!!!」という男のえぐい悲鳴!?


 でも、ローズマリーの悲鳴じゃないから、僕はまったくダメージを感じない。

 誰かが格闘しているのか? もしや、僕らより先にローズマリーを助けに来てくれた人がいるのか!?


 僕らは玉座の間へ踏み込んだ。


 玉座のあるべき奥まった所には、暗い洞窟の入口みたいな空間が、ポッカリ開いていた。その前で、ローズマリーは右腕をハーレキンに掴まれて、もがいていた。


「ローズマ……!?」


 僕たちがローズマリーの方へ走っていこうとしたとき、


「離してよ、しつこいわね、わたしは離せといったのよッ!」


 ハーレキンと揉み合うローズマリーが怒鳴った。そしてハーレキンが離さない右腕はそのまま、その右手でハーレキンの鎖骨辺りを、ガシッ! と掴んだ。

 右足がハーレキンの方へ踏み込む。

 その左手はハーレキンの右袖をしっかと掴み。


 刹那、僕の後ろでエリカが金切り声をあげた。


「だめーッ! サー・トールが見てるーッッッ!」


 なんで僕? ギョッとした僕は、エリカへ一瞬振り向いた、次の瞬間――。


「え、いや、余は、うわあーッ!?」


 これはハーレキンの叫び。


 ローズマリーの体が回りながら低く沈み、ハーレキンを背負い上げる。掴まれていたその右腕は、そのままローズマリーの体の前へと引き下ろされた。両手で相手を掴み、背負って投げる柔道技『双手背負い』。


 一連の動作はきわめてスムーズに行われた。


 ハーレキンは宙を舞った。


 原形は人形だから、軽かったのだろうか? その様子は、まるでスローモーションのようにはっきりと、僕の目に焼き付けられた。


 僕の師匠、滝田J先生よりも見事な投げっぷりだったな……と、僕は、自分でも感心するほど、冷静な評価を下していた。


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