地下牢の秘密、時間の謎
僕らは牢番の両腕を拘束したまま、牢の中へ戻った。
アイルズが足で木のベンチを蹴った。
ベンチがずれた床に、白大理石の模様とよく似た縞模様のラグマットが敷かれている。念のため、ラグマットは牢番にめくらせた。その床板の端っこにある一筋の縞模様が、よく見ればコの字の取っ手みたいな形にへこんでいる。
「これは高貴な方々がお忍びで外へ出るための、秘密の通路なのです。もちろん、政敵に狙われた際の脱出路でもありますが……」
床板の扉も、牢番に開けさせた。
1枚の床板がパカッと開けられると、下へ続く階段が現れた。その先は暗闇だ。牢番がなんのためらいもなく手を掛けて開けたのから判断すると、錠や罠などの特別な仕掛けはないらしい。
「なんだ、鼻薬無しでも脱出できたのか」
僕とアイルズは拍子抜けした。
自分たちで先に地下牢の中を探ってみれば良かった。もっとも牢番から丸見えだから、こっそり脱出なんてできなかっただろうが。
「地下のトンネルは、どこに続いているんだ? 出口に鍵はいるのか?」
僕が訊くと、牢番はすぐ答えた。
「出口は3つありまして、玉座の間の後ろ、城の庭にある井戸小屋と、城から離れた街外れにある小さな家です。王がお忍びで街へ出るときに利用されます」
僕とアイルズは視線を交わした。
「口の軽い牢番だな」
秘密というわりに、喋りすぎる。もしかしたら、地下牢を利用するエピソードがあって、僕らみたいに地下牢に来る『お客様』に鼻薬を嗅がされたら話す設定になっているのかもしれない。
僕らは牢番を地下牢に残し、鍵をかけた。
「お前が入ってろ!」
「あわわわ、あの、お金は……」
「やるわけないだろ!」
さっき渡した2万円は、拘束している間にやつの懐から取り戻した。
僕とアイルズはポケットから仮面を出し、再び装着した。
「この階段から上に行こう。今なら、僕らが脱獄したのはバレていないはずだ」
堂々と客のフリをしていれば、疑われずに移動できるはずだ。
僕らは階段を静かに、けれども急ぎ足で登った。
階段を登りきると、突き当たりは回廊に面したドアだ。
僕はドアノブを掴み、アイルズを見やった。
アイルズは了承の意でうなずいた。
僕はそろそろとドアノブを回した。
広い回廊はたくさんの燭台の灯りで真昼のように明るい。
僕らは左右を確認した。騎士や兵士はいない。
右か、左か? 地下牢へ運ばれてきたときは、たしか右から来て、左へ曲がり、それから階段を降りていった。
「ここから右へ行けば大宴会場だ」
僕が断言すると、アイルズも同意した。
「エリカとローズマリーは、王様に連れて行かれたから……」
目指すは王のいる『玉座の間』。魔法の王城の中心だ。
玉座の間へは一度行ったから、正面玄関からのルートなら覚えている。大宴会場か舞踏会場どちらかの室内を突っ切れば、回廊をぐるっと大回りするより近道だ。だが、あの辺には、王の勅令で僕らを拘束した騎士や兵士や召し使いがいる。地下牢から脱出した僕らを見つけたら、どんな反応をするか予想できない。
「普通に考えれば、脱獄者は捕まるだろう」
と、アイルズ。
「そりゃそうだ。でも、王の命令は、どのくらい有効なのかな」
僕らは回廊に誰もいないのを幸い、右へ向かった。足音をできるだけ殺しながらとにかく走る。
「釈放のイベントでもない限り、このストーリーが終了するまでだろうな。そもそも僕らは何の罪で捕まったのか、それすらわかっていないんだぜ」
アイルズは溜め息混じりだ。
いきなり「その者どもを地下牢へ放り込め!」だったしな。
「ローズマリーとエリカを呼びに来た召し使いは、僕らの事をどこから来た客なのかって聞いただろ。罪状としては不法侵入かと思ってたんだが」
僕が推測を述べると、アイルズはあっさり否定した。
「いや、あの王ハーレキンは、僕らの事を認識していたよ。だから、『その者ども』と、女子をはぶいた言い方で命令したんだ」
「招待客の僕らのことを何だと思っているんだ。あ、そうか、それをあの牢番に聞けば良かったのか」
あの牢番を締め上げて、もっと情報を取れば良かった、と後悔してむかっ腹を立てていると、向こうから召し使いが1人歩いてきた!
「まずい!」
とっさに僕らは柱の陰に隠れ、そこにあったドアを入った。
真紅の絨毯にクリスタルのシャンデリア。豪華な部屋だが、舞踏会場と大宴会場に比べれば、ずいぶんこじんまりしている。入れるのはせいぜい10人~15人くらいだろう。青空の見えるベランダ窓の近くに花を飾ったテーブルと椅子が5脚。ゆったりした大きなソファが2つ。
「ここは休憩室みたいだな」
僕はドアに耳を付けて息を殺し、廊下を通り過ぎる足音を聞いていた。
「……よし、行ったぞ。アイルズ、行こう」
「サー・トール、時計があるぞ!」
ということは、ここはニザエモンさんに聞いた『王城にいくつかある、招待客が自分の都合で帰還できる時計のある部屋』だ。
暖炉のマントルピースの上に金色の時計。針は11時26分を差している。
「うわ、午前零時まであと34分しかない」
「いや、サー・トール、ここの時間は2倍くらいの速度で進んでいるから……」
「ええと、最初に大時計を確認したのが8時45分だったから……あれ、変じゃないか?」
そこから大宴会場でローズマリーに会い、地下牢へ入れられた。僕の体感時間では、1時間も経っていないはずだ。牢番と交渉していた時間を入れても、時間の経ち方が早過ぎる。僕らが捕まってから脱出するまでの時間が、いっきに短縮されたみたいだ。
「たしかにね。これじゃ僕らが大宴会場で捕まってから地下牢にいた時間が、2時間くらいあったみたいだ。魔法の王城の時間はやっぱり狂っているのかな」
アイルズの計算は、おおざっぱだが、僕にも正しいと思えた。
「大時計の刻む時は、本当の時間じゃない。魔法の王城で語られる物語の、現在の進行状況を表すための時計だとしたら、これで正しいのかも。どっちにしろ、午前零時までの時間は短いってことだ」
長すぎる回廊を移動するだけでも、5分くらいはかかる。15分あるとして、行きに5分、帰りに5分で、探す時間も5分しかない。
予想外の時間の無さに、背筋がぞっと寒くなった。
さすがに楽天家の僕も、本当に現実へ戻れるのかが心配になってきた。……まあ、最終的には、リリィーナ教官やポール教授が来てくれると思っているけどね。
「ゴメン、自分の時計と、大時計の進み方をきちんと計っておけば良かったな」
常に腕時計をしているアイルズは悔しがったが、そこまで考えている余裕は無かったのだから仕方がない。
「悩むのは後にしようぜ。行くぞ!」
こういうときこそポジティブシンキングだ。
魔法で構築されたこの幻想世界が壊れない限り、僕らは必ず助かる!
扉の隙間から無人を確認、それから回廊へ出たのに、
「いた、あいつらです!」
聞き覚えのある声がした。
回廊の向こうに、騎士と兵士たちの一団が迫ってきている。
その先頭にいるのは、あの牢番だ! 脱獄……じゃなくて、秘密の通路から出てきたんだな。
僕とアイルズはすかさず全力疾走にうつった。




