第二間奏曲
カランカランとドアベルの音がうるさく鳴った。
店内に客はいない。
午後3時のお茶の時間が終わり、客足がひけたところだ。
ザーッという水音と、カチャカチャ、食器を洗う音がする。
「おや、ニザエモンさん、いらっしゃい」
カウンターの向こうで、喫茶エクメーネの店長が顔をあげた。
「店長、すぐリリィーナへ連絡してくれ!」
エクメーネの店長は、ニザエモンと同年配の友人だ。ニザエモンが息を切らせている様子で緊急の用件だと察してくれたらしい。水を止め、食器洗いを中断した。
「リリィーナは局だよ。さっき、昼食に来た時、そう言っていた」
「うちの電話は使えなくて、シャーキスも動けない。アリアドネ・フローラの光の糸も切れてしまったんだ」
ニザエモンは、サー・トールたち4人が魔法の王城に入ったこと、プレ・プログラムが誤作動していることを説明した。
「なんだ、そりゃ? 君の家だって、魔法の防御結界くらい張っているだろう?」
店長は手をタオルで拭き、カウンター端にある黒電話の受話器を手に取った。
「もちろんさ。でも、今日の異常は魔法の王城の内側から発生したから防ぎようがなかったんだ。とにかくうちの工房で異常事態が起こっているんだ」
ニザエモンの話を聞きながら、店長はダイヤルを回した。ゼロを1回。喫茶店エクメーネの電話は、多次元管理局への直通だ。
エクメーネの店長は、魔法玩具師ニザエモンと同じ多次元管理局予備役の局員。しかも魔法の腕は一流の魔術師だ。
「もしもし、うん、私だ。急いでリリィーナを頼む。そう、緊急事態だ。いや、うちじゃない、カラクリで。いま、店主のニザエモンさんがうちに来ていて……」
店長はニザエモンから聞いた話を簡潔に繰り返した。
「……というわけだ。ああ、応援を要請する。すぐ来てくれ」
受話器が、チン! と音を立てて戻された。
店長は白いエプロンをはずしながら、ニザエモンへ顔を向けた。
「リリィーナは局員と面談中ですぐには出られないそうだ。先に行こう!」
外から見た魔法玩具店カラクリは、うっすらと青い光に包まれていた。
ニザエモンは仰天した。
「うわ、外にまで広がってる!」
「こりゃまた、変わった現象だね。たしかに魔法だ」
店長の見立てでは、魔法使いにしか見えない光らしい。しかし、白く寂しい通りの住人は約8割が魔法使いか、魔法に深い関わりがある存在だ。きっと気付かれている。今頃は局へ通報されてもいよう。誰も来ないのは、ニザエモンが店長と一緒に戻ってきたからだ。しばらくの間『魔法玩具店カラクリで何か事件が起こった』と噂されるのは覚悟しておこう……。
「だいじょうぶかな?」
ニザエモンは恐る恐るドアノブへ触れた。なんともない。ドアは開いた。
「出入りは自由にできるみたいだ」
店内は暗く、静かだ。
普段なら「いらっしゃいませ!」と元気良く迎えるシャーキスが出て来ない。
「シャーキスはどこだい?」
店長に訊かれ、ニザエモンは店の奥を指差した。
「奥の工房だよ」
工房の片隅にある木の椅子に、シャーキスが座っていた。いつもは騒がしく空中を飛び回るお喋り大好きなぬいぐるみ妖精が、普通のテディベアみたいにじっとしている。
「おい、シャーキス?」
店長はシャーキスを左手で持ち上げ、軽く揺すってから、元の椅子へ座らせた。
「動かないんだよ、今は……。魔法の王城から出ている光が、他の魔法の力を無効化するようだ。ぬいぐるみ妖精は魔法の生き物だから」
魔法の王城は、外から見た店の外観と同じ薄青い光に包まれている。ニザエモンがエクメーネへ行く前と何も変わっていない。
店長が踏み出した足下には、ピンクの蜘蛛型ぬいぐるみが落ちていた。
「わっ! アリアドネ・フローラじゃないか、この子も壊れたのか?」
「光の糸で編んだ蜘蛛の巣が消えて、落ちたんだよ。アイデンティティが破壊されたわけじゃないと思うから、この光が消えれば復活すると思うが……」
ニザエモンは屈んでアリアドネ・フローラを拾い上げた。シャーキスの頭の上にそっと載せる。
「私が魔法のオルゴールのシリンダー部分を機械的に止めようとしたら、こうなったんだ。紫の稲妻に攻撃された。しばらく痺れる程度で、殺傷力は無いけどね。傷もつけない攻撃なんて、ちょっとおかしいだろ?」
「ふーん、防御結界の応用だな。害意が感じられないなら、君の命を狙った暗殺ではなさそうだ。工房内の魔法が相殺されるということは、中に居るサー・トールたちも、魔法が使えないのか?」
店長は魔法の王城を指差した。と、その指めがけて、紫の稲妻が閃いた。店長は慌てて手を引っ込めた。
「私が禁止設定をしたからね。局員クラスの魔法使いなら普通に行使できるだろうが、むやみやたらに魔法を使われたら、それこそ誤作動を起こす元だ。台座を開けて、機械的な仕組みの基盤を直接解体できればいいんだが、今の状態では触ることもできないんだ」
ニザエモンは作業台に近付いた。台座は開け放してある。作業台のぎりぎりまでは接近できる。だが、魔法の王城へ触ろうと手を伸ばしたとたん、稲妻が光る。『それ以上、近付くな』と。
「ほらね」
ふいに、パチパチパチッ! と魔法の王城の周囲で、紫の稲妻が踊り狂った。
店長は右手をサッと上げた。すると王城を包んでいる薄青い光の一部が、グーン、とひも状に伸びてきた。伸びきって細くなった王城に近い方は、切れた。魔法の王城から完全に離れた青い光の塊は雲みたいに集合してふわふわ移動し、ふんわりと、店長の右手へ巻き付いた。
「ふむ、サー・トールたちは無事で、今はどこかに留まっている、そのくらいしか読み取れないな。隠蔽する魔法も掛けられているぞ」
店長の右手は青い光の綿あめで包まれたみたいになっている。青い光は店長を照らし、彫りの深い顔に幻想的な陰影を付けた。これで黒いマントでもつければ、十九世紀の絵画に描かれた想像上の魔術師そのものだ。
「無事がわかっただけでもありがたいよ」
ニザエモンは胸をなでおろした。
「もう少し詳しく言うと、今の魔法の王城は『防御結界を作り出す装置』になっているんだ。だから製作者の魔力をも超えた強力な結界が張られている。これは絶対に、動力源に細工されているぞ。でなければ、いくらこの店が小さい建物でも、君の魔法も混在している建物全体を覆い尽くすなんて、私でも難しいよ」
店長は右手を軽く振った。手から離れた光の綿あめは、砕けて飛び散った。空中でさらに細かな金色の粒子に分解し、空気中に溶け消えた。
「この魔法プログラムは、複数の細かい魔法を撚り合わせて、1つにまとめるタイプだな。途中からでも新しい情報を取り込みながら進行していく。下手に探りを入れて、中のものを釣り上げるような刺激を与えたら、何が起こるか予想できない。君の作る魔法のドールハウスにしちゃ、複雑すぎないか?」
「それが、例の大富豪の注文なんだよ」
ニザエモンは肩を落とした。
「何度やっても飽きない、夢のドールハウスを作って欲しい、金に糸目はつけないからと。だから魔法プログラムは、ある程度の遊びの幅というか、余裕と柔軟性をもたせてある。稼働中に参加者が増えてもいいように。物語の展開も、たくさんの分岐点が用意されている。ランダムにエピソードを組み合わせて、前回とは違うストーリーが展開されるようにね」
ニザエモンは気まずくなって、目線を床へ向けた。
自分では最高傑作だと考えていた魔法のプログラムだ。安全性にも充分配慮したつもりだった。こんな事態になるなら、非常用の非難装置や緊急停止システムを、五重くらいに設定しておくべきだった。いや、今度からは絶対にそうする!
店長は腕組みして、魔法の王城を睨んでいる。
「この状態から破壊せずに止めるには、魔法プログラムをすべて解析して、過負荷が掛からないように気を付けて、作用を逆転させていかないとダメだな。制作者の君がすぐにできないなら、他の人間だと、もっと時間が掛かるぞ」
「私がやっても、似たようなものだよ。すでに私が作ったプレ・プログラムではなくなっているから。そのプレ・プログラムも、もともとはデモンストレーションプログラムとして大富豪に見せるはずのものだったから、丁寧に作ってあるよ」
「でも、けっきょくいらないって、キャンセルされたんだろ?」
「いや、見せる前にキャンセルされた。理由は、前にも言っただろ。現実に開催する舞踏会の年間費用より高価になったのと、大富豪の子どもたちが誰も使わないからだよ。大富豪は末のお嬢さんへの贈り物にするつもりだったらしいが、その子がまったく興味を無くしたらしい」
ニザエモンは記憶をたぐった。
そういえば、あの女の子は魔法のドールハウスを欲しがった事があっただろうか。これは何のための贈り物だったのだろう。クリスマス? 誕生日? よく思い出せないのは何故だ……?
「なるほど、娘への贈り物だったのか。それで物語はシンデレラストーリーを基軸にしたんだな。そのあたりに、謎を解く鍵がありそうだが……」
店長の推理に、ニザエモンは目を剥いた。
「まさか、この事態には、注文主の大富豪が関わっているっていうのかい? キャンセル料もきちんと払ってくれたし、長い取り引きのある、お得意様だよ!?」
ニザエモンが抗議すると、店長は苦笑で返した。予備局員としてリリィーナと組んで仕事をした経験がある店長は、魔法玩具師よりも多くの情報を読み取ったのかも知れない。
「犯人とは言っていないよ。いまのところ、『魔法玩具師』ニザエモンと、いちばん関係がありそうな第一容疑者ってことさ。さいわい命を取るほどの危険性は無さそうだ。謎解きも魔法の解析も、リリィーナの得意分野だ。少し待てば、局からの応援も一緒に来るだろう」




