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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
 (三)白露に身を飾られし乙女らは恋を貫き珠ぞ散りける

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   鼻薬と、牢番と。

「なんで魔法のドールハウスに、こんな地下牢があるんだよッ」


 僕は鉄格子を蹴飛ばした。くそっ、蹴った足が痛い。僕らが縛られたロープはメルヘンチックに青いリボンだったが、この鉄格子はしっかり鉄製だ。蹴りをいれたくらいではビクともしない。


「おい、そこの牢番、僕たちをここから出せッ!」


 上に続く階段脇で、白と黒の縦縞衣装の牢番が椅子に腰掛け、簡素なテーブルに頬杖を付いて居眠りしている。細い顔は目元だけを隠す黒い仮面を付けていた。テーブルには半分ほど減ったワインボトルと飲みかけのゴブレットが並んでいる。


 今日は4月の祭『万愚節(オールフールズデイ)』、カーニバル国の建国祭だ。1年のうちで最も重要なイベントとされているから、牢番にも祝い酒が振る舞われているのだろう。


「サー・トール、怒っても疲れるだけだぞ。脱出手段を考えよう」


 アイルズは牢の隅にある木のベンチに座った。地下牢といえば、じめついてカビだらけの暗いイメージがある。しかし、ここの壁と床は縞入りの白い大理石だ。ベンチも新しく、木の匂いも清々しい。


 僕は、アイルズの左側へ腰を下ろした。


 牢の扉には、もちろん鍵が掛かっている。牢の鍵は、牢番のベルトに付いている。牢から牢番の所まで3メートルくらいだ。僕らは手も足も出ない。


「何か策はあるのか?」


 僕とアイルズは声をひそめて相談した。


「ここへ押し込められたときだが、あの牢番が『扉を開けるには、鼻薬(はなぐすり)が少々お高くつきますよ』って囁きやがった。鼻薬というのは賄賂(わいろ)のことだよ」


 賄賂を渡すことを『鼻薬を()がせる』というそうだ。アイルズは物知りだな。

 牢番はワインをしこたま飲んでいるらしく、赤ら顔で居眠りしている。それでも僕らの見張りだ、脱走計画が聞こえたら目を覚まして阻止するだろう。


「僕らは招待客だと認識されていない。王城にいる者は誰も信用できないだろう。その結果がこれだ」


 アイルズは鉄格子を指差した。


「そうだな。こうなったのは、王様の命令だものな」 


 でも、僕らはロープの代わりにリボンで拘束された。ここはニザエモンさんの設定したファンタジー要素が詰まった魔法の物語。ケガをするような暴力的展開になる心配だけはしなくても良いだろう。


 ただし、ニザエモンさんの考えた万愚節の物語とは異なり、王様ハーレキンはいるべき玉座の間にいなかった。プレ・プログラムは予想とは違う展開をしている。油断は禁物だ。


「ここはニザエモンさんの作った魔法のドールハウスだ。遊びの要素が詰まっていると考えていいだろう。きっと、地下牢が出てくる冒険的なエピソードがあるんだよ。たとえば、秘密の通路とか……」


 僕は夏休みに体験したウィザードアスレチックを連想した。魔法が散りばめられたあのアスレチックコースは、魔法玩具師ニザエモンさんの傑作だ。この魔法の王城にも、きっといろんなアイデアを詰め込んだに違いない。


「といっても、どこかにあるだろういろいろな何か、を探している暇は無いか」


 僕が頭を抱えると、


「そうだな。僕たちはこの地下牢から出ないとお話にもならないよ」


 アイルズは眉間に縦皺をよせた。


「とにかく、脱出だ。この牢屋からどうやって出るのか……」


 僕らは出る方法と、出たらどうするのか、いくつかのシミュレーションを大急ぎで相談した。時間が気になる。地下牢には時計が無い。


「よし、じゃあ、そうしよう。まずは牢番だ」


 牢から出る方法は1つだ。牢番に鍵を開けさせる。手っ取り早く鼻薬を嗅がせるしかない!


「……で、サー・トール、君、財布にいくら入ってる?」


 アイルズは上着の内ポケットから財布を出し、中身を確認し始めた。

 僕も上着の内ポケットから財布を出した。今日は(ふところ)に若干、余裕がある。ローズマリーが魔法のドールハウスの付属品を希望する場合を想定して、貯金箱から余分に出してきたからだ。しかし……。


「はてさて、確かに私は牢番でして、この牢の鍵を預かっております身ゆえ、鼻薬さえいただければここから出して差し上げましょう。ですが、なんといっても、あなた様方は外国の王子というご身分でございます。このようにわずかな金額では、王族としての体面がよろしくないのではありませんか。やはり、規則を破ってお出しするからには、財布ごといただかねばなりませんなあ?」


 大声で呼びつけた牢番は、僕とアイルズが渡した1万円札2枚をヒラヒラさせながら、すっとぼけやがった。


「なんで財布ごとなんだよ。人の足下を見る気だな」


 この財布ごと無くなったら、僕の小遣いはこれから約3か月間ゼロになる。冗談じゃない。


「なにせ、うまい言い訳が必要ですからね。王子様方がいなくなった後で、落とし物を拾ったことにすれば、私は疑われないでしょう」


 牢番はゆったりした服のどこかへ、ササッと2万円を仕舞い込んだ。


「ずるいやつだ。そんな事をしていたら、今度は自分が捕まるぞ」


 アイルズが脅すと、牢番はせせら笑った。


「おやおや、お2人ともそんな態度では、本当に牢から出たがっておられるとは思えませんなあ。そんなにここへ滞在したいとお望みなのですかねえ? いえ、私は別にかまいませんよ。なにせ王様のご命令ですから。私の役目は、ここにいらっしゃるお客様を、とにかく丁寧におもてなしするだけですから」


「よく舌が回るやつだな」


 僕とアイルズは鉄格子の隙間から財布を渡し……かけて、僕は財布をサッと引っ込めた。


「先に僕らをここから出せ! でないと財布は渡さないぞ」


 牢番はアイルズの方へ手を伸ばしたが、アイルズも後ろへ下がっている。


「先に鍵を開けろよ。それとも財布だけ取る気か?」


 アイルズに睨まれ、手を引っ込めた牢番は、チッ! と舌打ちした。


「これはまた、用心深い。さすがは王子様ですな」


 牢番は、左の眉だけをぐいと上げた。ものすごくわざとらしい。なんだか、すごく奇妙な感じだ。魔法で設定された人形のくせに、こいつの表情はめちゃくちゃ人間臭い。こいつに比べたら、上の階にいた客とかエスコート役や召し使いは、喋り方や接してくる態度はもっとシンプルだったような気がする……。


「いいから先に扉を開けろッ。財布は牢の外に出てから渡してやる」


 僕はわざと声を荒げた。


「さて、困りましたな。私の仕事はここの扉を開けないことなのですよ」

「このヤロー、やっぱり嘘ツキだ。あとで王様に言い付けてやる」

「落ち着け、サー・トール。おい、牢番、鍵を開けろ。まずは、僕の財布と引き換えだ」


 アイルズは財布から何枚かお札を引き抜き、財布の方を鉄格子の隙間から突き出した。


「へっへっへ、これはまた、豪気(ごうき)ななさりようで」


 牢番はモミ手をしながら鉄格子へ寄り、アイルズの財布をパッと取りあげた。


「こっちはまだ渡さないぞ」


 僕は自分の財布を鉄格子の前で振ってやった。

 チッ、と牢番が顔をしかめる。


「おい、こっちを見ろ」


 アイルズは1万円札を何枚も、ビラビラッと、扇形に広げた。牢番の目も釘付けになったが、僕も目を剥いた。僕の手持ちの三倍はある!


「残りのこれを渡すのは、牢を出てからだ。さあ、早くしろ」


 アイルズのやつ、エリカちゃんのためにどれだけ貯金を下ろしてきたのだろう。……僕はすごい敗北感に見舞われた。

 だが、さすがはアイルズ、これは良い『手』だった。


「おおー、これはこれは、麗しの王子サマは、財布の中身も麗しいことでございますなあ! 今、今すぐに、出して差し上げますぞ!」


 牢番は目を輝かせて、よだれを垂らさんばかりだ。左腰にぶら下げていた大きな鍵でガチャリ、牢の鍵を開けた。


「さあ、どうぞ……え!?」


 牢番が扉を開けるや、外へ出たアイルズは、お札を床へバラ撒いた!


「わあッ!」と、牢番は慌てて床へ手を付き、お札を拾い始めた。


 アイルズが扉を大きく開放し、鍵穴に刺さったままの鍵を取った。

 牢から走り出た僕は、床を這う牢番の右腕を掴み取り、背中へひねりあげた。


「イターッ! イタい、イタタタタッ! なにをなさるので!?」


 床に肩を押し付けられた牢番はギャアギャアわめいた。それでも左手に握りしめたお札は離さない。


その間にアイルズは床に落ちていた残りの1万円札3枚を拾い上げ、上着のポケットへねじ込んだ。それから牢番の左へ回ってきて牢番の左腕を掴み、そこに握られていたお札を悠々ともぎ取った。


 僕とアイルズの2人がかりで両腕の関節をガッチリ()められた牢番は、引き起こされても暴れることはできなかった。


「ぐええ、なな、なんと乱暴な! 牢の扉を開けた恩人に、なんというひどい仕打ちをなさいますのか!?」

「なにが恩人だ、僕の全財産を巻き上げようとしたくせに!」


 アイルズが軽蔑を込めて吐き捨てた。そうか、あの大量の1万円札は、やっぱりアイルズの小遣い貯金全額だったんだ。ホントに豪快なやつだな。少なくとも恋人のための貯金の下ろし方は、僕よりはるかに(いさぎよ)い。


 僕は、「おい、よく聞けよ!」と、すごんでやった。


「僕らは日頃から、とてつもなく恐ろしい相手にとんでもない意地悪をされたり(だま)されたりする危機に対して、常に備えているんだ。この程度で引っ掛かるなんて、甘い考えだったな!」


 嘘ではない。あのCST(コンバツトサバイバルトレーニング)以来、僕らは日常的にリリィーナ教官の言動や行動に警戒している。


 なにせ、楽しいイベント三昧の毎日を約束されていた夏休みの課外授業で、僕が『サバイバル料理を教えて欲しい』と頼んだら、いきなり皆を巻き込んで2週間の野外キャンプ生活に叩き込まれたのだ。それも軍隊方式の体力作りと称して、新米魔法使い専用(ウィザード)アスレチック(アスレチックコース)まで用意される周到さで。


 また、他の教官や教授も要注意が必要だ。あのヒルダおばさんでさえ、最終的にはリリィーナ教官のやることを止めない。突き詰めれば、多次元管理局の現役局員も、関係者全員が、リリィーナ教官の味方として連係している。


 だから僕らは、学校でも寮でも、散歩で白く寂しい通りを歩いていても、一瞬たりとも油断はできないのだ。


「わわ、わかりました、王子様方がお強いのはよくわかりましたから、乱暴はおやめください、それよりせっかく牢から出して差し上げたのですから、早く上へお戻りください」


 牢番はヒイヒイと情けない声をあげたが、僕らは力を緩めず、そのまま階段の方へ移動した。


「でも、この階段を上ったら見張りの兵士にすぐ捕まって、あっと言う間に地下牢へ逆戻りするんじゃないか?」


 アイルズが階段を見上げると、牢番はブルブルと首を横に振った。


「めっそうもない」

「なんだ、財布が欲しくないのか?」


 僕は、牢番の右肘をギュッと掴んだ。


「ギャアッ! そそ、その可能性は、まあ、ありますが……」

「素直な牢番だ」


 アイルズが呆れている。


「これだけの城なんだ、いざという時の避難路くらいあるだろう。上の連中に見つからずに移動できる、秘密の抜け道はあるのか?」


 僕はストレートに訊ねた。

 牢番は口元をひん曲げた。


「あるんだな?」


 僕がもう一度訊ねると、


「……あ、あの、ありますとも、じつは、そちらに……」


 牢番の視線は、地下牢の中を示していた。




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