(四)再挑戦の条件は
「すいません、入学を断ったのは撤回します。魔法大学に入りたいんです。もう一度、面接試験を受けさせてください」
前言をあっさり翻した自分に、なぜか罪悪感は無かった。
それどころか自分がローズマリーのために頭を下げているのだと思うと、清清しい気分だった。
「それは、魔法使いになりたいという意味かな」
このときのリリィーナさんの声音に含まれていたワクワク感というか、期待に満ちた愉快そうな雰囲気に、僕は全然気付かなかった。――後に、何度も似たような局面に遭遇し、リリィーナさんの親切な態度の裏に隠されたトリックスター的なもう一つの顔があることを学習していくことになるけれど――単純な子供だった僕は、世の中には悪い大人もいることを疑ってもみなかったのだ。
「はいっ!」
僕の力強い返事に、リリィーナさんは微笑んだ。
いや、後で冷静に思い返すと、多分に腹黒さを感じる微笑みだった気もするけれど……。
「残念だが、遅かった!」
リリィーナさんは眉をしかめ、右手の人差し指で眉間を押さえた。
「はい?」
「今日の面接試験は終わったんだよ。同じ方法は使えないんだ」
まだ、さっきの面接から1時間も経っていないぞ。
しかも、僕はスカウトされたのだから、入学枠とかの問題もないはずなのに……。
僕の疑問を読み取ったように、リリィーナさんは生真面目な顔で言い足した。
「決断力の問題さ。君はもう、自分で入学資格を放棄したんだ。私が君に会うのも、これが最初で最後だ。君はもう、白く寂しい通りへ来ることは無い。多次元管理局も今後は一切、君に接触しないだろう」
リリィーナさんの言葉に、僕は全身が凍りついた。
二度とここに来られない。
つまり僕は、もうローズマリーに会えない?!
それは生まれて初めて感じる、足下から崩れるような恐怖と絶望だった。
「ごめんなさいッ、僕が悪かったです。急に気が変わったんです。どうしてもここに入学したいんです。お願いします!!!」
僕の膝は目に見えるほど震えていた。
あまりにも都合の良いことを言っているとわかっている。けれど、ダメと言われてはいそうですかと引き下がるほど、僕は諦めのいい人間ではなかった。
あれ? ちょっと待てよ。…………こんなに食い下がったことって、これまでの僕の半生であったかな?
僕はもっとあっさりした性格をしていたような気がするけど。
まあ、――いいか。
とにかく今日からは諦めの悪い人間になってやるッ!
「そうか、そんなに……どうしても?」
リリィーナさんはジッと僕を見つめた。
「はい」
僕は即答した。
だってそれ以外に答は考えられないからだ。
「君は、魔法大学に入って、魔法使いになって、多次元管理局の局員になりたいんだね?」
「そうなんです!」
「命がけになっても?」
――なんだかものすごくヤバイ伏線を張られている気がしてきたな……。
さすがにギョッとした僕は、返答はせず、リリィーナさんを見返した。
「魔法を学んで多次元管理局の局員になれば、日本での普通の生活には戻れなくなる。その代わりに魔法を使えるようになり、世界を行き来するのは自由になるがね。二度と普通の人間には戻れない。それでもいいかな?」
永遠にね……。最後の方は、かすれて聞き取りにくかった。
なんだか背筋が寒くなったけど。
いや、ここでひるんだらだめだ。
入学させてもらえなくなると直感した。
こうしてリリィーナさんが話しているのは、まだ入学する希望がどこかにあるからだ。
そうでなければ、僕はとっくに地球へ返還されている。僕がここへ連れて来られたときのように。
この人はそれだけの能力があるはずだから。
「かまいません。もう一度ポール教授の面接試験を受けさせてください」
半分はいきおいだった。この瞬間にも僕の脳内では、ローズマリーの声がリピートされていたんだ。
わたしたち、また明日も会えるわね
――うん、そのために僕がんばるよっ。待っててね僕のローズマリーちゃん。
僕の頭の中では明日からいかにして彼女と一緒に毎日を過ごすかのシミュレーションが早くも展開されていた。やっぱり初めはお昼のランチの誘いだよな、とか。明日からの予定でランチタイムがあればだけど……。
「ポール教授に会ってもらったのは、正確には試験ではないんだがね。君を迎えに行ったのは多次元管理局からのスカウトだったのさ。あとは君の意思を確認するだけだった。君が百年に一人の逸材だというのはポール教授も確認済みだ。となると…………入学するには、あの方法しかない」
リリィーナさんは厳しい表情を僕に向けた。
「なんですかッ?」
僕はすかさず食いついた!
「幻の窓口入学だよ」
――なんすか、それは?
裏口入学なら聞いたことがありますけど……。
「安心したまえ、ペーパーテストではない」
はい、そうでないと困ります。
僕はここの試験問題を知りません。
受験のための傾向と対策も立てていません。
そもそも本格的なペーパーテストが存在した時点で、全アウトです。
「君はせっかくスカウトされてここまで来たのに、最高のチャンスを捨てた。普通なら二度目のチャンスは無い。だが、たったひとつ、窓口入学という方法でもう一度ポール教授に面接し、説得できれば、入学許可が降りる可能性はある」
「その方法なら、まちがいなく入学できるんですね」
「君に残された唯一の入学方法だ。ただし、期限は今日の日没まで……おっと、もう残り1時間を切ったな」
リリィーナさんは懐中時計を確認し、チョッキのポケットに仕舞った。
うわ、もう時間が無いんだ。
僕は両手をギュッと拳に握りしめた。
「で、どうやるんですか」
「それは自分で考えるんだ。この方法は『幻の窓口入学』と呼ばれている。ここ数十年、この方法での合格者はいない。それほどめったに使われない、ポール教授の部屋専用の最終手段だ。可哀相だが、わたしはもう付き添えない。ここから行動するのは君一人になる。試験官に――と、この場合はわたしのことだが、必要なヒントをもらって考えるところから、君の試練はすでに始まっていたんだよ」