切れた糸、繋がる物語
玉座にいるはずの王様がいなかったら、どんな展開になるのだろう?
僕らはニザエモンさんの返事を待った。
突然、ザザーッ、と耳障りな音が反響した。
「うわッ!?」
僕は両手で耳を押さえた。それでも音は頭に響くほど聞こえる。アイルズも耳を塞いで顔をしかめている。
と、音が、止んだ。
僕とアイルズは耳から手を外した。
大広間にいる楽団員や、隅に控えた召し使いたちは、微動すらしていなかった。音が聞こえたのは僕とアイルズだけだったみたいだ。ということは、あの音も、僕らの命綱であるアリアドネ・フローラの光の糸を介したニザエモンさんからの通信音か!
「ニザエモンさん、外で何かあったんですか? ニザエモンさん!?」
僕は大きな声で呼びかけた。さすがに大広間にいる人々の注目を集めたけれど、かまうもんか。
「ニザエモンさ……!?」
――あ、やっと通じた! おーい、聞こえるかい?
ニザエモンさんの声は聞き取りにくく、まるで電波状態が悪い電話で喋っているみたいだ。
――一刻も早く女の子たちを見つけて、手順通りに脱出してくれ。月光石の色が変わってしまっているんだ。こちらからは、これ以上干渉できない。私はリリィーナを呼んでくる。君達は女の子たちを見つけてくれ! シャーキス、シャーキスッ。動けないのか? 電話は……くそっ、電話もダメか。エクメーネへ行ってくる、すぐ戻……。
ニザエモンさんの声は、唐突に途切れた。
「ええ!? ニザエモンさん!?」
僕とアイルズは空中を見上げ、それから顔を見合わせた。予想外の事態が起こったのは明白だ。
僕は胴回りに巻き付いている光の糸を右手の指先で摘まんだ。僕らの胴回り以外は見えなかった光の糸は、金色の長い糸の姿を顕した。それは僕らが入ってきた扉の方へ伸びている。
「アリアドネ・フローラ! 聞こえるかい?」
僕は指先で光の糸を軽く引いた。切れるはずのない光の糸は音も無く千切れ、ホロホロと崩れ去った。
「アリアドネ・フローラ!」
僕は呼びかけた。だが、空間のどこからも、返答らしきものは感じられなかった。手を振れば、光の残り滓が粉となって飛び散り、空気に溶け消えた。
命綱が、失われた!
「本当に、外で何かあったらしいな」
僕らは顔を見合わせた。
「どうする? 僕らだけなら、すぐここから出る手段はある。外に出てリリィーナ教官を待つか?」
アイルズの提案はきわめて常識的だ。でも、本気じゃない。念のために、僕の考えが自分と同じか、確認したかったのだろう。
「これが本当に万が一の事態なら、ローズマリーを置いて帰れるもんか」
僕の言葉にアイルズがうなずく。
「僕もエリカと一緒でなければ、出るつもりは無いよ。2人を探しに行こう」
これは、究極の選択だ。
ローズマリーとエリカを大時計の前まで連れて来る。
それ以外の方法では、絶対に帰還しない。
固く決意して、いざ、2人を探しに行かん……と歩きかけたが、
「ええと、ローズマリーは、大宴会でご馳走を食べるとか言っていたな」
魔法の王城の見取り図では、大宴会場は大広間の反対側だったはず。ただ、回廊の距離なんかは省略されたイラスト図だったから、部屋の位置関係も簡略化されていた。
広い大広間はあちこちに扉がある。僕とアイルズは、どの方向の扉から出れば良いのか、早くもわからなくなっていた。
「ここに柱時計があるから、あっちのドア……かな」
アイルズも自信がなさそうだ。
魔法の王城は、とにかく広い。
仮想世界だから利用する土地の広さは考えなくていいし、使用できる空間に際限がないのだろう。舞踏会場の大広間はサッカー場が丸ごと入りそうだし、廊下は、おそらく何百メートルもある。
各部屋はすべて回廊で繋がっているから、ぐるぐる回っていれば、いつかは目的地にたどり着けるが……。
「誰かに聞いてみるか」
僕は、近くの扉の横に立っている男に声をかけた。左手に宝石飾りの付いた長い錫杖を持っている。衣装や錫杖が門番の兵士と似ているから、客ではなくて王城に仕える家来だろう。
「ほかの招待客はどこにいるのでしょうか?」
「今は大宴会のお時間です。今なら3回目の乾杯に間に合う時刻です。ご案内しましょう」
僕らは彼に付いていった。回廊を移動していると、香ばしい焼き肉の匂いが流れてきた。甘いワインの匂いもする。
「……腹が減ったな」
僕の呟きに、アイルズが「イノシシの丸焼きかな」と相槌をうった。
そうだ、イノシシの丸焼きが出ると、ローズマリーとエリカは話していた。
「ローズマリーは食べてるんだろうか?」
イノシシの丸焼きを。
どんなすごいご馳走だろう。
アイルズが、横目でジロリ、と僕を見た。
「残念だが、僕たちは食べる暇は無いぞ。一刻も早く脱出しないと」
「わかっているよ」
大宴会場の扉が、両側から大きく開けられた。
淡い黄金色の光で満ちている、巨大にして豪華な大食堂。
それが大宴会場の第一印象だった。
クリスタル・シャンデリアの煌々たる光の下、花で飾られた長い食卓が3列並び、着飾った人々がにぎやかにご馳走を食べている。ざっと見て100人を越えるだろうその中に、ローズマリーが、……――いた!
「ローズマリー」
「エリカ!」
2人が振り返る。
ローズマリーは銀のスプーンをくわえ、エリカは骨付き肉を囓っていた。




