いざゆかん、カーニバル王国へ!
僕はアイルズの肩へ、左手をポンと置いた。
「アイルズ、心配は無用だ。ローズマリーの手を握った男……いや、この王城の住人ぜんぶを破壊しても、僕らが罪に問われない方法は、ある」
するとアイルズは、心得顔で頷いた。
「さすがはサー・トールだ、じつは僕も今、それに気付いた」
アイルズは、どうやら僕と似たような事を考えていたらしい。親友が聡い男だと説明が省けて助かるな。
ニザエモンさんの顔色が、ささーっ、と、悪くなった。
「いや、それは器物損壊だよ、立派な犯罪だ。ぶっそうな相談はやめたまえ!?」
慌てふためくニザエモンさんへ、僕は貼り付けた微笑みを向けながら、右手でポケットから魔法玩具引き換え券を出した。
「もちろん、破壊するのは僕らが買い取ってからです。未完成のこの状態なら、値段は『現実のお城よりも高額な商品』ではありません。じゅうぶん引き換えの対象範囲、ですよね?」
超高額というのは、あくまでもすべてが完成したあかつきの総額だ。そして、僕らは完成品を必要としない。
相手が人形だとか魔法の幻とかは、この際、関係無い。たとえ2時間限定でも嫌なこった。ローズマリーのパートナーは過去も未来も、永劫に僕だけだ――いや、過去まで入れて言うのは、ちょっと壮大すぎるかな。……まあ、いいか。ローズマリーに関して僕がこう思うのは変だと思えない。こういうのは勢いで思考するものだよね……。
アイルズも魔法玩具引き換え券をちらつかせた。
「サー・トールの分だけで足りないなら、僕の分も使用しますよ。なんなら、リリィーナ教官を呼んできて相談しましょう。きっと、僕らのやることに賛同してもらえると思います」
賛同どころか、リリィーナ教官なら、僕らが玩具をぶっ壊すのに喜々として参加しそうな気がする。こういうトラブルを見つけたらすかさず介入してきて、人の弱味を握って後々利用するタイプじゃないかな、と僕は思っている。
この推測は当たらずとも遠からずだったようで、ニザエモンさんはものすごく苦いものを噛んだような表情になった。
「君たちは、どうしてここでリリィーナの名前を出すのかな。リリィーナにはこういった特別な魔法玩具は、あまり見せたくないんだよ。あとで何を言われるかわからないから……」
ニザエモンさんの肩の落とし方から推察すると、やっぱりリリィーナ教官は人の弱味を握るタイプみたいだな。
「僕らはエリカたちと一緒にデモンストレーションの体験をしたいだけです。僕とサー・トールは、魔法の王城で彼女たちと一緒に行動したら、気が済みますから」
アイルズが澄まして応じた。
その提案に僕はうなずきながら、
「ローズマリーとエリカたちをすぐ引っ張り出すのは無理でも、これから僕らを魔法の王城へ入れることはできますよね。ヒルダおばさんへの連絡は『せっかくの機会だから、特別な魔法のドールハウスを体験したいと僕らに頼まれた』と言えばいいんです。いかがですか、トイズマスター?」
これぞ究極の妥協案『全部が丸く治まる言い訳』だ。
ニザエモンさんをわざとらしく『トイズマスター』と呼んだのは、リリィーナ教官がシリアスな話をするときの真似である。
うまくできたかな。――よし、ニザエモンさんは目を丸くしているぞ!
「い、いや、それは困る。いくらなんでも、誤作動した魔法玩具へ君たちをわざと送り込むことは、できないよ。とにかく、少し落ち着きなさい。魔法のオルゴールを止める方法は、まだ他にもある……」
ニザエモンさんは、僕とアイルズの鋭い視線に慌てて口をつぐんだ。
「こうして待っている間に、エリカがあの男にダンスを申し込まれたら、どう責任を取ってくれるんですかッ!」
アイルズは引き換え券を作業台に叩き付けた。
こいつ、僕より先にキレやがった。急になぜだ?
チラリ、スクリーンの映像を見たら、エリカは紅い衣装の貴公子と腕を組んで、廊下を案内されていた。楽しそうに喋りながら、笑っている。あ、ローズマリーも青い衣装の貴公子に……。
僕は静かにスクリーンから視線を外した。
ありがとうアイルズ、君が先にキレてくれたおかげで、僕は冷静になれたよ。
「僕は早く帰りたくなりました。2時間も待てません。今すぐリリィーナ教官に来てもらいます」
リリィーナ教官という言葉に、ニザエモンさんがビクッとする。
2人は長年の友人らしいけれど、これまでの付き合いの中でいろいろあったのだろう。偶然とはいえ、夏休みの野外研修で僕らが泊まったオートキャンプ場の裏事情を知り得ていて良かった。
あのオートキャンプ場も、ジオラマ模型タイプの魔法のドールハウスだった。
制作者はニザエモンさんだが、スポンサーは多次元管理局だ。
そして、その間にリリィーナ教官がいた。
どうもリリィーナ教官は、ニザエモンさんと局が関わる際の、受付窓口というか、連絡員みたいな感じがするな……。
「君たち、それは脅迫だよ……」
ニザエモンさんは目線を落とした。もともと優しげな八の字眉毛が、いっそうヘニョリと富士山みたいな形になっている。と、思ったら、パッと顔を上げた。
「ああ、もうッ! しかたないな、ほら、これ!」
ニザエモンさんはずっと手に持っていた小豆色のビロードの仮面を、まだ装着するなよ、と忠告しながら、僕とアイルズへ差し出した。
「2人を捕まえたら、すぐに出てくるんだよ。これは、カーニバル王国の賓客用の仮面だ。これを着ければ、外国の王侯貴族として国賓待遇になれる。君たちが多少のトラブルを起こしても、王様ハーレキンでさえ無下には扱えない特別な客だ」
目の部分だけを覆う仮面には、僕の方は真珠と紫の宝石が、アイルズのは真珠と緑の宝石が散りばめてある。
「それと、念のために命綱をつけるよ。アリアドネ・フローラ!」
天井の片隅から光の糸が2本、煌めきながら伸びてきて、僕らの胴回りにクルクルと巻き付いた。
蜘蛛のぬいぐるみ妖精アリアドネ・フローラの光の糸だ。糸の先を目で辿れば、天井にピンクのタランチュラが逆さまに引っ付いている。
アリアドネ・フローラの命綱には、夏休みのウィザードアスレチックでもずいぶんお世話になったっけ。
「アリアドネ・フローラの光の糸なら、魔法の仮想世界へ入っても切れはしない。これで繋がっていれば、アリアドネ・フローラの中継で、私の呼びかけも直接届くし、魔法の王城のどこにいても無理やり引き戻せるからね」
ニザエモンさんは魔法の王城の裏側から、大きな巻紙を持ってきた。魔法の王城の横に並べてあった道具や部品を片隅へ寄せ、そこへ巻紙を広げた。
王城の見取図だ。きれいなカラー・イラストレーションで王城の内部が描いてある。職人用の設計図ではなく、魔法の王城で遊ぶ人のための図解だ。
「魔法の王城へ入る方法は、あらかじめ登録したアイテムを付け、稼働している王城へ触れるだけだ。王城内部はそれほど複雑じゃない」
始まりは、正面玄関の大階段の下だ。招待客は最初にそこへ転移される。
舞踏会場の大広間と大宴会場、王様の玉座の間。
各部屋は回廊で繋がっている。
地下から屋上までの移動手段は、王城の中央にある大理石の階段だけだ。
「君達はまず大広間へ行って、大時計の針が何時を指しているのかを確めてくれ。大時計は、魔法の仮想世界の時間軸なんだ。そこにいたらエスコート役の案内人が声を掛けてくるだろうが、ぜんぶ無視してかまわない」
ニザエモンさんは指先で、大時計の絵を押さえた。絵に描かれている時刻は午後8時。舞踏会が始まる時間だ。
「帰還のタイムリミットは午前零時。この時間はコロンバインが王城を去る物語の区切りの時間で、招待客の休憩時間でもあるから、引き戻しがかけやすいんだ」
それを過ぎれば物語は次の段階へ進む。
時間と共に魔法の仮想世界は広がっていく。うかうかしていたらカーニバル王国の街の風景や、コロンバインの家のサイドストーリーまで出てくるぞ。
もし、魔法の王城から外へ出てしまうと、場所を問わずに引き戻すのは難しくなる。
魔法のオルゴールが止まらない理由はわからないが、おそらくは、プログラムの管理システムであるタイムレコードの機能がおかしくなっている可能性が高い。
停止装置が利かないのもそのためだろう。
僕とアイルズは魔法の仮面の力で招待客として魔法の王城へ入るから、帰還の時も自分で選べる。その時は仮面を外して正面玄関の大階段を下りるか、各部屋にある時計に触って帰還を念じるだけで良い。
ニザエモンさんは、指先でいくつかの部屋にある時計を示した後、正面玄関の階段で止めた。
「だが、ローズマリーくんとエリカくんは違う。イレギュラーな形で王城へ入って、そのままプログラムに組み込まれているから、こちらからの呼びかけが聞こえないんだ」
僕とアイルズは一気に緊張した。
「放っておくと、広がる仮想世界に夢中になって帰還を忘れる可能性もあるから、私もとしても早く連れ戻したい。2人と合流できたら、大時計の前に戻ってくれ」
ニザエモンさんの指先は、大時計に戻った。
「大時計は魔法の王城全体の時間を司る魔法のタイムテーブルなんだ。機能は狂っていないようだから、物語の進行に影響されることなく、スムーズな引き戻しが掛けられるはずだ。もし、帰還の妨げになるようなトラブルが起こったとしても、大時計が午前零時の時を打つときその前にいれば、転移空間は確実に外へ繋がるから、私が君たちを外へ引っ張り出すことが出来る。君たちが手を繋いでいるパートナーも一緒にね」




