魔法のオルゴールは止まらない
魔法の王城は薄青い光を放っていた。
魔法のオーラだ。
青い貴石のラピスラズリ製の屋根や塔の先端から、金色の粒子がキラキラとこぼれ落ちる。間違いなく、何かの魔法が発動している!
僕とアイルズは、魔法の王城へ駆け寄った。
「ローズマリーッ!?」
「エリカ、返事をしてくれッ!!!」
僕とアイルズが呼びかけた途端、
『イッヤーッ!』
ローズマリーの悲鳴が聞こえた瞬間、僕はゾッとして、心臓が止まるかと思った。
とっさに魔法の王城へ手を掛けようとしたら、横からニザエモンさんの手が伸びてものすごい力で引き戻された。
僕の右手首を掴んだまま、ニザエモンさんは厳しい表情で首を横に振った。
「だめだ、魔法が発動している物にむやみに触れてはいけない!」
「だったら、何が起こったのか、早く説明してくださいッ」
僕はニザエモンさんの手を振り払った。
ニザエモンさんはちょっと手を震わせ、鼻へずり落ちた黒縁眼鏡を押し上げた。
「魔法の王城が、稼働したんだ。でも、スイッチには誰も触っていない。それに、私も君達も魔法を使っていないのもわかっているよ」
「僕たちは、外で魔法を使うことを禁止されていますから」
僕は魔法の王城が置かれている作業台に両手をつき、開け放たれた中を覗き込んだ。王城全体が薄青く光っているだけで、城の形に変化はない。
どこかの部屋に小さくなったローズマリーとエリカがいるわけでもなく。
2人は異空間に吸い込まれた。
それは、魔法の王城の見えない内側に作られた幻想の異世界だ。
僕らの目の前にある、ドールハウスとしての魔法の王城はカーニバル王国の物語を紡ぐ魔法を発動させる媒体にすぎない。
僕は魔法の透視で王城の建物全体を探査してみた。バレたら、あとでリリィーナ教官に怒られるかもしれないけど、かまうものか。
だが、ローズマリーの気配は感じない。
悔しいが、僕らの魔法の知識や力なんてまだこんなものだ。
リリィーナ教官なら、すぐに魔法で何が起こったのかを解析し、2人の居場所を特定して難なく助け出せるんだろうな……。
「つまり、動くはずの無いものが動き出したんですね」
アイルズが冷静に念を押す。アイルズも魔法を使って探りを入れたようだが、僕よりも早く魔法の力を打ち切った。役に立たない僕らの魔法よりも、現実的な攻略に切り替えたんだ。僕らのグループでは、こういった見切りと決断はアイルズが一番早い。
ニザエモンさんは頷いた。
「そういうことだ。原因はこれから調べ……」
「待てません、すぐに2人を戻してください、きっとローズマリー達は怖がっています!」
僕は大声でニザエモンさんを遮った。
か弱いローズマリーはきっと怯えている。今頃はエリカと2人で震えているかもしれない。
僕はさらに激昂した言葉をニザエモンさんへ叩き付けようとしたが、
「サー・トール、落ち着くんだ。焦っても解決しない」
アイルズは、僕の隣で魔法の王城を睨んでいた。
冷徹なその表情からは恐ろしく冷たい怒りを感じる。
そういえばアイルズが怒っているのは初めて見たかも。怖いじゃないか!?
「トイズマスター、これは貴方の作ったドールハウスだから、エリカ達に危険は無いと、保障できるのですね?」
アイルズが一語一語、確かめるように訊ねる。
「もちろんだ、魔法玩具は安全第一だよ。どうして動いたのかはわからないが、どうやら動作確認のための、プレ・プログラムが始まったようだね」
プレ・プログラムとは、ニザエモンさんが魔法のオルゴールが最初から最後まできちんと稼働するかを調べるために使う、物語の短縮版だ。
1幕分のエピソードと曲は短くて2~3分、最も長い大宴会の場面でも20分くらいにカットされている。本来は壮大なオペラ並の全エピソード12時間! が、序章から終章まで詰め込んだ、約2時間弱の駆け足で終わる。
通常の稼働であれば、始動前に物語の内容や時間を細かく設定しておく。
魔法のオルゴールがスタートすると参加者はメロディーに導かれ、幻想の異空間にあるカーニバル王国の王城へ招かれる。
稼働中の物語を途中で変更するのは難しい。だが、どんなバリエーションを選ぼうとハーレキンとコロンバインの物語はハッピーエンドだ。
危険な事など何もないはず……。いや、でもやっぱり、心配だ!
「すぐ、リリィーナ教官へ電話して、来てもらいましょう!」
僕は電話を借りようと考えたが、
「いや、もちろん、全部終わるまで待っていられないから、途中で停止させるよ、緊急停止ボタンは、これだ!」
ニザエモンさんはものすごい早口で喋ると、魔法の王城の台座正面を飾る7色の宝石のうち、黄色いダイヤモンドを「ポチッ」と押した。
「よし、これで、いま演奏されている曲の終わりにあわせて、参加者は魔法の空間から出てくるよ」
ニザエモンさんは、余裕あるふうに微笑んでみせた。
その額に冷や汗が光っているのを僕らは見なかったことにしてあげた。
僕らの憶測だが、リリィーナ教官が来たら、有無を言わさず魔法の王城を破壊される恐れがあるのだろう。なにせオートキャンプ場へ谷を作るため、ニザエモンさん入魂の傑作であるジオラマ模型へ短剣を突き立てちゃう人だからな。
アイルズはまだその事実は知らない。
けれど、この夏のコンバットサバイバルトレーニングことCSTにおいてリリィーナ教官の性格と行動力のえげつなさの一端を知ったはずだ。
だから、ニザエモンさんが何に怯えたのかは理解しているのだろう。
「驚かさないでくださいよ」
僕とアイルズは苦笑で頷き合った。
もし、僕らがリリィーナ教官やポール教授に連絡したら、きっとすぐにここへ来てくれる。
でも、僕らはニザエモンさんのことを、教官や教授連と同じに信頼できる大人だと思っている。
何と言っても、魔法玩具を作る大魔法使いだ。
ニザエモンさんを悪者にする気はないし、ローズマリーとエリカが無事に戻って何事も無くすむなら、それでいい。
「きちんと原因を調べて、二度とこんなことは起こらないようにするよ」
ニザエモンさんの計算では、魔法のオルゴールは3分程で止まる。
僕とアイルズは待った。
魔法のオルゴールは鳴り止まない。
「あ、あれ、おかしいな?」
僕とアイルズは、視線で無言の抗議を続けた。
それを敏感に察知したのだろうニザエモンさんは、急いでもう一度黄色いダイヤモンドを押した。
だが、オルゴールの曲想があきらかに変わっても、ローズマリーとエリカは出て来なかった。




