ハーレキンとコロンバイン、誰も知らない遠い国
ここは道化の王ハーレキンが治める『カーニバル王国』の王城。
王国の住人は毎日が饗宴、国民の勤めは毎日楽しく歌い踊って、お祭り騒ぎで暮らすこと。
ある日、独身王のハーレキンは花嫁を選ぶために大舞踏会をひらき、国中の若い娘を、身分を問わずに招待した。
そこへ遠い国の王女コロンバインがやって来た。
じつは、コロンバインは王女ではない。
その正体はカーニバル王国の下級貴族の娘。継母に虐待されている哀れな少女だ。だが、今宵一夜、親切な仙女の魔法で誰も知らない遠い国『ダレシラヌ国』の王女に変身し、大舞踏会へ乗り込んできた。
王城では美しい王女コロンバインの到着を歓迎してファンファーレが鳴り響く。
王ハーレキンは、誰よりも美しい王女コロンバインに一目惚れして、ダンスを踊った後で王妃を選んだと宣言する。
終幕は2人の結婚式だ。
お祝いの曲が鳴り終わると共に、物語は完結する。
魔法のオルゴールが奏でる魔法の物語は全部で12ヵ月分。
新年の祝宴から始まり、2月のバレンタイン・デイ、3月はタマゴの祭り。4月は万愚節――これがカーニバル国の建国祭らしい――5月は五月祭など、シチュエーションを変えて12月のクリスマスまで、月替わりで物語を楽しめる。
「魔法のドールハウスの魔法は、遊べる時間制限があるからね。始めから短い設定にしておけば、2時間くらいですぐ大団円になる。元々の物語はもう少し長くて、真夜中の12時の鐘が鳴り始めたら、コロンバインは逃げ出すんだ」
でもその前に、ハーレキンはコロンバインへ、ハート型のピンクの宝石を渡していた。それは、道化の王ハーレキンの魔法の心臓だ。
ハーレキンはコロンバインを探すために、仮面舞踏会の開催を決める。そして、魔法のハートを持つ娘と結婚する、と発表する。
その頃、家に居たコロンバインは、魔法のハートを隠し持っているのを継母に見つかってしまった。継母は自分の実の娘を王妃にしようと考え、コロンバインから宝石を取り上げようとする。すると、魔法のハートはコロンバインの右手の平にくっついて、取れなくなってしまう。
継母は家にコロンバインを閉じ込め、自分の娘だけを連れて、仮面舞踏会へ出かける。
コロンバインは仙女の助けで再びダレシラヌ国の王女の姿となって、仮面舞踏会へ行く。
皆が仮面を付けていては、顔を見分けることができない。
だが、王ハーレキンは、仮面を付けたコロンバインとのダンスの順番が回ってきたとき、その右手にくっついている宝石を見つける。そして、魔法のハートはコロンバインの手からハーレキンの胸の中へ戻り、
「ハッピーエンドになるんだよ」
ニザエモンさんの語るちょっと変わったシンデレラ物語を、ローズマリーとエリカはうっとりして聞いていた。
女の子って、ホントにシンデレラストーリーが好きだよな。僕には、身分を問わずに、徹底的に好みの女の子を選べるという舞踏会の利点しかわからん。
僕とアイルズは退屈してきたので、反対側の棚を眺め始めた。帆船の模型や、ビンの中で船の模型を組み立てたボトルシップ、大海原に帆船が浮かぶジオラマ模型が並べてある。
僕は、大海原に2つの大型帆船が並んで航行しているジオラマ模型が気に入った。
ドクロマークの旗を翻した海賊船と海軍の大型艦船だ。棚に置かれた帆船模型シリーズでは一番大きな魔法のドールハウス帆船だろう。
僕らが熱心に見ているように見えたのか、ニザエモンさんがさりげなく解説してくれた。
この魔法のドールハウス帆船には、幻想世界に入る魔法の物語がプログラムされている。『幻想世界を作り出す魔法仕掛け』の基本は、魔法の王城と同じものだ。
プレイヤーは帆船に乗り込み、海賊の船長や海軍士官になって、海戦を体験できる。
「やるなら海軍士官がいいかな」
僕が呟けば、
「いや、海戦の指揮を取るなら、やはり海軍側の提督だろう」
アイルズも呟き声で応えた。
利用人数は一度に1~20人まで。
多人数参加型なのは、男の子がグループで対戦ゲームができる設計だから。
ジオラマ模型が大きい理由は、魔法のプログラムが団体用で、魔法の容量も大型が必要なせいだ。
その価格は物語の無いドールハウスに比べて約5倍。
魔法の王城ほどではないが、同系列の展示品としては高額商品の部類になる。
ジオラマ模型の台に付けられた銀のプレートには、魔法のプログラム内容が書いてある。海賊との戦いは大砲での砲撃戦ほか、最後にはどちらかの帆船に乗り込んでの白兵戦だ。
しかしながら、殺伐とした物語ばかりではない。
海賊に攫われたお姫様を助けに行くロマンチックな雰囲気のエピソードもある。
大きな帆を張り、7つの海を旅する大帆船か。海のロマンにちょっと心が動く。
でもローズマリーは、帆船や海戦には興味がないだろうし……。
と、そこまで考えて、僕は反省した。
男子の夢ってのも、シンデレラに負けず劣らずワンパターンなところがある。これじゃ、女子のシンデレラ症候群を笑えないや……。
ローズマリーの様子を窺うと、まだエリカと一緒に王城の周囲をぐるぐる回っている。ニザエモンさんが、他にもある物語のバリエーションを詳しく話している。大傑作の魔法玩具について自慢できるのが嬉しいんだろう。
僕は勇気を出してローズマリーへ「これが気に入ったの?」と訊ねてみた。
いや、魔法の王城を購入するのは無理だとわかっている。けれど、小さなお城のドールハウスなら買えるからさ。あれなら、城に入ってミニチュアサイズになったローズマリーを城外から鑑賞できる、非常に良いオモチャだと思うのだが……。
するとローズマリーは、恥ずかしそうに答えた。
「きれいだけど、本気で欲しいわけではないの。買えないのはわかっているわ。でも、やっぱりとてもきれいだから、しっかり見ておきたいの。だって、普段は工房なんて見せてもらえないもの。それに、もしお城が買えるとしても、毎日カーニバルのパーティなんてしていたら、飽きてしまうわ」
ローズマリーが現実的な思考の持ち主で良かった!
でも、肝心の欲しい魔法玩具を選ぶのは時間がかかりそうだね。
いいよ、ゆっくり見てくれれば。寮には夕食までに帰ればいいから。
前面が扉のように左右に開けられた魔法の王城は15階建て。各部屋のあちこちに、小さな人形が配置されていた。人形の大きさは、僕の人差し指くらいだ。
玉座の間には、道化の王様ハーレキンが座っている。青い縞模様の衣装は紅玉と青真珠で飾られ、三本角の道化帽子は王冠のように宝石が散りばめられていた。若くきれいな顔立ちは威厳ある王と言うより、お伽話に出てくる王子様みたいだ。その隣の王妃の椅子は空いている。
「コロンバインはどこにいるんですか?」
エリカが訊ねている。
僕とアイルズは、王城より帆船を見て海戦劇を想像する方が楽しいので、訊き耳はローズマリーとエリカの方へたてつつ、視線は帆船へ向けていた。
「コロンバインの人形はまだ完成していないんだよ。顔の造作を決められなくてね。元は仮面劇だけど、やっぱり素顔もきれいな人形を作りたくて」
ニザエモンさんの計画では、王城完成時には100人余りの役柄すべての人形が揃う。
王城に仕える大臣や貴族、騎士に貴婦人、商人や市民達だ。いま完成している人形の数は6割りくらい。
魔法の王城の登場人物になってみたい人は自分がなりたい役の人形を王城から取り出し、専用の保管ケースに入れ、その役の仮面を付ければ良い。
王様の仮面を付ければ、王ハーレキンにもなれるのだ。
魔法のプログラムの力で、役のセリフや動きは物語通りに演じられる。
ある程度はアドリブを利かせることも可能だ。
メインストーリーを演じる以外にも王城内を自由に見物でき、いろんな登場人物と会話もできる。
「でも、残念ながらそのシステムも、まだ未完成なんだ。王城の室内装飾を仕上げるためのダイヤモンドや翡翠や、人形や入城用アイテムに使う魔法のルビーやエメラルドの入手が難しいんだよ。だから、良い宝石が手に入るまではこのままだね。ほら、この入城用の魔法の仮面も魔法の真珠が足りなくて、まだ二つしか作れていない……」
ニザエモンさんが、近くの作業台から真珠の付いた仮面を手に取った。
「きゃあッ!?」
「なに、これ!?」
ローズマリーの悲鳴が! エリカも!?
僕らが振り返ったとき、すでに女子2人の姿は消えていた。
「ローズマリーッ、どこにいるんだッ!?」
「エリカッ、エリカ、どこだッ?」
僕とアイルズは必死で呼びかけ、魔法の王城の後ろや作業台の下や、棚の後ろを覗いた。工房の中は広いと言っても隠れる場所などない。
「ニザエモンさん、2人はどこに!?」
「トイズマスター、何が起こったんですか!?」
「うわ、ごめん、2人は、王城へ入ってしまったんだ!」
ニザエモンさんは真珠の付いた天鷲絨の仮面を胸に抱き、目を見開いていた。
その時、魔法の王城から、オルゴールの澄んだ音色が鳴り響いてきた。




