アイルズとエリカ、誕生日の贈り物は魔法玩具店カラクリで
「悟くんの気持ちはうれしいけど、もらえないわ。この真珠のブローチを5月にもらったばかりだし……」
ローズマリーは、左の襟元を指先でそっと触れた。
そこに付けているのは、銀のクローバーに真珠をあしらったブローチ。銀も真珠も本物だ。
僕からローズマリーへ、初めて贈った誕生日プレゼント。
これを魔法玩具店カラクリで見つけた僕は、これならば大人になっても付けてもらえると考えた。そこで魔法大学付属学院へ編入してから毎月もらっている奨学金1カ月分の約3分の1に当たる金額を下ろし、購入に踏み切ったのだ。
僕らの学校では『派手すぎず、学生としての品位を保てるもの』であれば、授業中でもアクセサリーを身に付けることが許されている。
これはローズマリー達のクラスを担当するポピィ教授が「淑女は常日頃から身だしなみに気を配っておかなければなりません」という教育方針を持たれているために、ポピィ教授が就任した年、さっそく校則として制定されたとか。
「それは誕生日プレゼントだよ。アイルズだって、エリカにペンダントをプレゼントしたしね」
僕が近くの木陰へチラリと視線をやると、そこではアイルズとエリカが僕らと似たようなやりとりをしていた。
エリカは首に細い銀鎖の薔薇水晶のペンダントをしている。授業中は服の下に隠しているが、授業が終われば前ボタンを一つ外して見えるようにするのが彼女の日課だ。
僕は、アイルズがこのペンダントをエリカへ贈った理由を知っている。
それは女子の間で『綺麗な王子様』と評されるアイルズが、けっこう抜け目がない性格だったとわかる、面白いエピソードだ。
そのエピソードの始まりは、アイルズとエリカがローズマリーと僕の協力で、めでたく付き合うことになった翌日の午後からだ。
学校の昼休み、ローズマリーと僕は、食堂へ一緒に行く。
カイルとアイルズもたいがい一緒だ。
この日からはエリカも加わった。
グループで一緒に居る時間が長くなると、『〇〇さん』とか、敬称付きで呼び合うのは堅苦しい。ローズマリーとエリカは敬称抜きで呼んで欲しいと申し出てくれたので、僕とアイルズとカイル、ローズマリーとエリカの仲間内では、名前で呼びあうことにした。
ちなみにこの日、僕とローズマリーも、2人だけの呼び方を改めて相談した。
というのも、ローズマリーが食堂で僕の事を『悟くん』と呼んだら、通りすがりの他クラスの子達に『さ・と・る……? あの子は誰の事を呼んでいるのだろう?』と言いたげな、奇妙な表情をされたからだ。
僕はすでにサー・トールが公称のようなもの。『悟』という名前を聞いたことすら無い人もいるのだ。
というわけで、相談したこの日から、ローズマリーは僕の事を皆がいる場所では皆と同じに公称でサー・トール、二人っきりの時だけ悟くんと呼び分けることに切り替えてくれた。
その後で、僕らはローズマリーの誕生日が5月30日だと知らされた。
魔法大学付属学院の寮では、その月の最終週にあたる日曜日、男子寮か女子寮の食堂で、小パーティが開かれる。男子も女子も合同でお祝いだ。ご馳走は、普段のランチメニューより豪華な料理と、3段重ねの大きなバースディケーキ!
誕生日を迎えた人へのプレゼントはヒルダおばさんが用意してくれているし、担当教授や教官からもプレゼントがある。
僕らは昼食ついでにパーティへ参加して、お祝いの言葉を贈るだけでいい。
特別親しい友人なら、あとで個人的に贈り物を届ける。
なぜなら、毎月、誰かの誕生日があるからだ。
そのたびに2~5人分以上のプレゼントを買い続けたら、生徒のお小遣いは破産してしまう。
僕にとってローズマリーは特別な女性だ。僕はローズマリーの誕生日プレゼント購入のために銀行から預金を下ろしてきて、カラクリを訪れた。
アイルズも来た。
ローズマリーは親友の僕の彼女だから、プレゼントを贈ってくれるという。
アイルズにとって不運なことに、エリカの誕生日は2月だった。
そう、約3か月前に終わっていたのだ。
寮での誕生会はあったはずなのに、アイルズは知らなかったのだ。
入学して2~3カ月の頃は、皆がまだ親しい友人を作れていなかった頃だけど、エリカみたいな美少女をアイルズが見逃していた、なんてことが、あるだろうか?
僕はローズマリーに、その頃のエリカがどう過ごしていたのかを訊いてみた。
ローズマリーと知り合う前のエリカは、遠くからアイルズを眺めている日々だったという。1人ではアイルズに話しかける勇気もきっかけも無く、こそこそ隠れて覗き見していたらしい。
たとえば、食堂の厨房からアイルズがビュッフェコーナーで料理を選ぶのを盗み見て、アイルズが取った料理の種類を、毎日メモしていたとか……。
どうりで、エリカが作ってくるバスケットは、初めて持ってきた時からアイルズの好きな料理ばかり入っていたわけだ。
そんなエリカを、家政学課の級友達は可哀想な人を見る目で、一定の距離を置いて見守っていた。それにポピィ教授が、
「友人のためにならない噂など、するものではありません。確かにエリカは変わった行動をするところがありますが、こういうときこそ、皆さんの友人としての協力が必要なのです。皆さんがエリカの力になってあげれば、いつかは治ると、私は思いますよ」
と、厳しく指導していたから変な噂にはならなかった。……あれ? これって、厳しい指導なのか?
というか、エリカがアイルズの尾行をしているのを、ポピィ教授は知っていたんだ……。
誰にも無害だから、全員で見守る方向で対処していたってことかな。
エリカがアイルズを眺める日々は、ローズマリーが編入してくるまで続いていたという。
以上は、ローズマリーがエリカ自身から聞いた話だ。
こうして僕に話してくれたということは、ローズマリーはエリカから口止めはされていないんだね。僕の頭に『ストーカー』という単語が浮かんだが、ローズマリーの前では口にしなかった。
2月の誕生会は女子寮で開かれた。
女子が5人で男子が2人。
任意のお祝い参加者は、ほとんど家政学課の生徒だった。
アイルズは、誕生日を迎えた生徒が別のクラスの生徒ばかりで顔も知らないから、誕生会をしている女子寮の食堂には行かず、この日は男子寮の食堂で昼食を済ませたらしい。
美少女エリカが噂になるのは、4月に編入したローズマリーと連れ立って校内を堂々と歩くようになってからだ。僕が、すごい美少女が特待生にいる――これはローズマリーのことだ。エリカは特待生じゃないから――という、噂を聞いた頃だった。
2人とも黒髪、ローズマリーはストレートのロングヘア、エリカは巻き毛だけど、人目を引く2人の容姿が混同された噂になっていたらしい。
魔法玩具店カラクリで、アイルズはローズマリーへの誕生日プレゼントに小さなオルゴール付きの宝石箱を選んだ。そして同じ宝石箱をもうひとつ取り、僕が真珠のブローチを選んでいる傍らで、アイルズは真珠のブローチに匹敵する価格の薔薇水晶のペンダントを選んだ。
さらにペンダントにだけ、別料金で特別豪華なラッピングを頼んだ。エリカへの贈り物だとわかっていたから、僕はべつにどうとも思わなかったが……。
アイルズはそれらを、すぐにエリカへ贈らなかった。
そして、ローズマリーの誕生祝いである5月の最終週の日曜日。ランチパーティーが終了した午後3時、アイルズはエリカを喫茶エクメーネへと連れ出した。
そこで、あらかじめエクメーネのマスターへ頼んでおいた特注の豪華なケーキセットを前に「遅くなったけど、これは君の誕生日プレゼントだから」と、エリカへ2つの贈り物を渡したのである。
その日の夜、エリカはローズマリーの部屋に押しかけ、アイルズの贈り物に大感激したことを、延々熱く語り続けた。おかげでローズマリーは、真夜中過ぎまで眠れなかったとか。
それ以来、エリカは薔薇水晶のペンダントをよく身に付けている。
ローズマリーが真珠のブローチを愛用してくれているようにね。




