岩の山みなの期待が集まれば今ひとたびのキャンプを待たなむ:後編
リリィーナ教官は、ゆっくりと僕の方へ顔を向けた。
「なんだ、君達は。ここへ何しにきたんだい?」
僕らは、連休なので自分達だけでキャンプをしようとしていること、ヒルダおばさんに外泊許可をもらっていることを説明した。
キャンプ、と聞いて、リリィーナ教官は、眉をちょっと動かした。僕らがテントなどのキャンプ用品を持っていないのを見て取ったのだろう。
「ふうん、そうか。ま、この辺りなら別にかまわないよ。わたしの用はもう済んだから、ゆっくりしていきなさい。この池には魚がいるから、釣りもできるよ」
リリィーナ教官はヒラヒラと右手を振り、池から離れかけた。
僕は慌てて呼び止めた。
「あの、リリィーナ教官は、ここで何をしていたんですか?」
こんな所で会えたのは幸いだ。訊きたいことは山ほどある。サマースーツだから狩りに来たのではなく、散歩していたみたいだが……。
リリィーナ教官は足を止めてくれた。
「わたしは、確認だね。いろいろ散らかした後だったから、みんなの忘れ物や落とし物がないか、後始末に回っているところだよ」
「僕らはオートキャンプ場を探しているんです。あの湖はどこへ消えたんですか?」
日本最大の湖と同じ面積の湖が、2週間足らずで干上がってたまるか。
リリィーナ教官は、ちょっと首を傾げたあと、「ああ、湖か」と呟いた。
「あの湖は、君達のためにだけ、ヒルダおばさんに作ってもらったんだ。きっと、ヒルダおばさんの故郷の湖を参考にしたんじゃないかな。今は湖は無いけど、ここでなら一晩くらいキャンプできるだろう」
リリィーナ教官は身を翻しかけて止まり、もう一度僕らの方へ向き直った。
「君達がこの辺にいることは、ヒルダおばさんに伝えておく。魔法は何も使わない方がいいね。今夜は気をつけて寝るんだよ」
それだけ言うと、今度こそさっさと散歩道を帰っていった。
あの湖は、ヒルダおばさんが作ったのか。
「……じゃあ、あのオートキャンプ場も、魔法の産物だったのかな?」
僕らは顔を見合わせた。
「ああ、もしかしたら、ヒルダおばさんが魔法で作った、現実には存在しないオートキャンプ場だったのかもな」
アイルズの意見に僕は納得しかけたが、カイルは「いや、ちょっと待て」と右手を上げた。
「それならはっきり、現実には存在しないと言うんじゃないかな」
カイルは、リリィーナ教官は「今は湖が無い」とだけ言ったと指摘した。
リリィーナ教官は、オートキャンプ場の在処について何も言わなかった。いくらリリィーナ教官でも、存在しない物をわざと探させるような、悪意ある指導はしないだろう、と。
学校では何度か経験済みだが、謎解きをリリィーナ教官に頼んでも、すんなり明かしてはもらえない。でも、僕らが答を探求するのは自由だ。
どこかにあるだろう正解を、与えてもらえるかどうかは別として。
「なるほど、あの湖とオートキャンプ場は別のものだ、という解釈もできるわけだ。それには僕も同意するよ」
アイルズがうなずいた。
僕にはあの大きな湖が魔法の幻影だったなんて思えないけれど、現実に無いものは仕方がない。
「さて、これから、どうしょうか?」
ティピーを無断借用できなくても、オートキャンプ場の屋外食堂や屋根付きの炊事場はあることを当てにしていたから、本当に何にも無い場合は想定外だった。サバイバルナイフみたいな道具なんて何も持っていないから、木の枝1本切ることもできやしない。
やっぱり、帰るしかないな……。
僕らがあきらめかけたとき、木々の隙間で銀色の光が閃いた。
すぐ近くで、バサバサッと音がして、その方向にある木が揺れた。
ギョッとして、僕らはそちらへ顔を向けた。
「動物でもいるのかな?」
用心しながら見に行くと、地面に葉付きの大きな木の枝が、何本も重なって落ちている。僕は1本掴んで持ち上げた。
僕の身長ほど長い枝だ。青々した葉が付いている。枝の断面は瑞々しいから、枯れて自然に落ちたのではない。たったいま、鋭い刃物で切り落とされたばかりに見える。
刃物と言えば、リリィーナ教官と銀の剣を連想するけど、まさかだよな……。
それとも、これが「オートキャンプ場にはけっして行き着けない」という、リリィーナ教官の解答なのかな……。
「なあ、これ、使えるよな?」
せっかくの木の枝を無駄にすることもない。
僕らは池の側でキャンプすることにした。
サバイバル教本を参考にして、木の枝を組み合わせて三方を囲い、地面に対して斜め屋根の、ごく簡単な差し掛け小屋を作り上げた。もたれすぎたら倒れるようなやわい小屋だけど、雨は降らないだろうし、一晩保てば十分だ。
昼食抜きで歩き回っていたので腹が減ったから、早目に夕食の準備にかかる。
焚き火をするには、カイルが叔父さんから借りてきた銀色のジッポライターで火を点けた。
バーベキュー用肉はあらかじめ大きめのサイコロ状に切り、長い鉄の金串に刺してきた。味付けは軽く塩コショウをふっただけだ。その金串を焚き火の前の地面に突き立て、焦げないように角度を変えながら焙り焼きにする。
パンは、白く寂しい通りのパン屋で、バスケボール大の丸いパンを1人につき1個購入し、店で4枚にスライスしてもらった。その4枚のうちの2枚で焼きあがった肉を挟み、金串だけを引き抜けば、即席焼き肉サンドイッチのできあがりだ。
持ってきた肉は全部焼いた。各人の残り2枚のパンで即席焼き肉サンドをもう一つ作り、紙にくるんで差し掛け小屋の前の石の上へ、リュックサックと一緒に置いておく。
これが明日の朝飯だ。野菜が足りないけど、明日寮へ帰ったら、今日の分までサラダを多めに食べてバランスを取る予定だ。
飲み物は、できれば焚き火で湯を沸かして熱い紅茶を飲みたかったが、焚き火で使えるヤカンや飯盒が手に入らなかったので、学校の自販機で購入できる水や缶紅茶やジュースを適当に持ってきた。
僕らは夜遅くまで起きていた。
いろんな事を喋った。僕は厨房で過ごした時間を話し、アイルズとカイルはCSTが始まる前にやった自由課題や水泳教室や、家政学課のクラスと一緒にした調理実習などを話した。
暗い森の上は、降るような星空だった。
僕らは境海サバイバル教本の星座の図と照合しながら、この場所から見える星座の図をノートへ書き込んでいった。
次の日の朝、池で顔を洗おうとしたら、すぐ側の茂みに黒いちごがびっしり生っているのを見つけた。さらにその近くで、赤い実をたわわに付けた背の低い木も見つけた。
野生リンゴだ。
「昨日はこんなの無かったよな?」
不思議がりつつも、僕らは朝食に黒いちごを摘み、酸味の効いた甘い野生リンゴを好きなだけもいで食べた。
僕らは午前中に差し掛け小屋を解体し、午後3時のお茶の時間までに、寮へ帰還した。
僕らがリベンジキャンプから戻って数日が経ち、明日はついに夏休み最後の日となった。
残念なような、それでいて授業のある日常へ戻るのが楽しみなような、自分でも説明しがたい微妙な気分で過ごしていたこの日の午後のこと。
滝田J先生の稽古を終えた僕は、ローズマリー達と喫茶エクメーネで夏休み最後のカキ氷パーティなるものへ出席する約束を果たすため、正門前にある校舎の正面ホールを横切ろうとした。
グスッ、と、鼻を啜り上げる音が廊下に響いた。
誰かいる。
廊下に立ち、展示室の方を向いているのは、魔法玩具店カラクリの魔法玩具師ニザエモンさんではないか。
「あの、どうしたんですか?」
僕の方へ振り返ったニザエモンさんの目は涙で潤んでいた。何か悲しいことでもあったのだろうか。
ニザエモンさんは、むりやり微笑んだ。
「い、いや、ちょっとね、私の作った作品が……その、少しなんだけど、壊されちゃってね。完全に修理するには、一度ぜんぶ持ち帰らないといけないんだが、学長の許可がなかなか下りなくて、つい悲しくなって……」
魔法玩具師ニザエモンさんの作る魔法玩具を破壊したって!?
僕は顎が外れそうなほど驚いた。なんて馬鹿なヤツがいるんだろう。
トイズマスターの作品はハンドメイドの一点物、この世に二つと無い貴重な品ばかりなのに!
そこで僕は恐ろしい可能性に気付いた。
魔法玩具店『カラクリ』は、僕ら魔法大学付属学院の生徒御用達。かくいう僕も常連だ。ニザエモンさんが学校へ来て泣いていると言うことは……!?
「犯人は捕まったんですか? まさか、うちの学校の生徒が犯人だから、ここに来たんですか!?」
すると、ニザエモンさんは目を丸くした。
「まさか、違うよ、やったのは、リ……い、いや、その、ちょっとした事故なんだよ。驚かして、悪かったね」
僕の耳には「リ……」と言いかけたのが聞こえた。魔法玩具店カラクリの関係者で『リ』が付く破壊者といえば、リリィーナ教官しか思いつかない。
「リリィーナ教官が、ニザエモンさんの作品を壊したんですか?」
「わわわッ、君、そんな大声で、ダメだよッ!」
ニザエモンさんの顔面から血の気が引いた。否定しないところをみると、やっぱりリリィーナ教官なんだ。でも、いったいどうして?
僕が事情を尋ねようとしたら、ニザエモンさんはあたふたと両手を振った。
「いま言ったことは気にしないでくれ、いいね、約束だよ」
「あ、ちょっと、ニザエモンさん!?」
ニザエモンさんは逃げるように廊下を走って行ってしまった。
僕は、ニザエモンさんが立っていた場所へ移動した。
ニザエモンさんはここから、展示室の中の何を見ていたのだろう。
僕は展示室へ入った。
3分もあれば一周できる小さなホールには、この魔法大学と付属学院を紹介する写真や解説の展示版やパンフレット、魔法大学の専門課程へ進んだ生徒の作品などが飾ってある。室内の照明は、展示品が劣化しないよう極力抑えられているから、昼間でも薄闇が降りている。
中央の、白大理石の台座の上に、山や森や湖のある景色をミニチュア再現したジオラマ模型があった。僕のベッド程大きい、この小ホール最大の展示物だ。
僕が編入した数ヶ月前には無かった。いつから置いてあるんだろう。
それにしても、どこかで見たような景色だな……。
僕は首をかしげながら、ジオラマ模型を観察した。台座の手前に「1/150スケール」の表示。まるで実際の建物を作るための見本みたいに精巧だ。
山の尾根のゆるやかな起伏、碧い湖と緑の丘、七色の花咲く野原を横切る澄んだ川。小さな人家の寄り集まった集落……いや、これは、オートキャンプ場にあったコテージと同じデザインのミニチュアハウスだ。
ゆるやかな坂道を登った先の野原には、小っちゃなティピーのテント村があって……。
なんだ、これ。この炊事場や、草むらに穴を掘って作ったトイレまで、僕らが二週間過ごしたキャンプ・ティピーそのものじゃないか!?
グリフォンに追いかけられたロードランニングコース、モグラ野原もある。沼の上のロープ橋は、極細の糸で編まれていた。
小さな岩山は岩石城だ。頂上に火蜥蜴の王サラマンドゥラこそいないが、鍵の掛かったスウィングドアと看板に書かれた注意書きまでそっくり同じ。
よくよく目を凝らすと、コテージとティピーのテント村の中間辺りの地面に、細いギザギザの線があって、パテのようなもので埋めてある。パテは周りの地面と似た色合いだけど、はみ出している所もある。
ひび割れたのかな。亀裂ができたけど、丁寧な修復ができなくて、間に合わせの材料で応急処置したみたいだ。
そのギザギザ線には、真ん中辺に数センチだけ、直線の箇所があった。
まるでそこへ何かを突き立てたから、地面がひび割れてギザギザの線が生じたような……おそらくは、亀裂の起点となった場所だ。
僕は起点に指先で触れた。
と、僕の頭の中に、迷彩服姿で佇むリリィーナ教官の姿が浮かんだ。場所はここじゃない。このジオラマ模型が、オートキャンプ場の中央コテージに置かれていた時の記憶だ。
リリィーナ教官の右手には、銀の短剣が逆手に握られている。
それが、振り下ろされた!
短剣の切っ先がジオラマ模型の地面に突き立てられた。
その時だ。
キャンプ・ティピーから脱走した僕らの目の前で、いきなり大地を引き裂いて谷が出現したのは!
このジオラマ模型は、大地を操る象徴として使われた魔法の器物だったのだ。
僕はジオラマ模型から手を離した。あの野外研修期間に僕らが居たのは、このジオラマ模型の上、いや、『中』だったのかもしれない。
「つまり、あのオートキャンプ場は、魔法で作り出された『世界』だったのか……?」
僕が呟いたとき、入口で人の気配がした。
「まったく、君は、じつに目ざといタイミングで現れるな」
リリィーナ教官だ。
その後ろにはニザエモンさんもいる。嬉しそうにニコニコして、右手には小っちゃな黄色い三角形の旗を持っている。旗の棒部分はつま楊枝かな。
「やあ、サー・トール。やっと学長の許可が下りてね。それはオーバーホールに出すことになったよ。ついに本格的な修復ができるぞ。直すのは一ヶ月もかからないさ。アスレチックの方は、来年の夏までに、もっと面白いものにしておくからね」
ニザエモンさんは僕の側に来て、小っちゃな旗を、ジオラマ模型の一番大きな中央コテージの屋根の上へ、プスッと突き刺した。
僕は黙って見ていた。
僕が謎の答を手にしたことは言わなくてもかまわない。
来年も今年と同じキャンプ場で夏休みが過ごせるんだ。それが嬉しい。
「良かったです。来年もまた、よろしくお願いします」
この魔法大学付属学院では、答は常に僕らの前に開示されている。
僕が吹聴しなくても、いずれ他の生徒も気付く。修理されたジオラマ模型がここへ戻され、来年の夏まで展示されているその間に。
「そう、また来年だ。楽しみにしているといい」
リリィーナ教官の右手の指をパチッと鳴らすと、ジオラマ模型は消えた。
魔法玩具店カラクリのアトリエへ、魔法で移送されたのだ。
僕が顔を上げると、リリィーナ教官とニザエモンさんは、いなかった。
目の前の大理石の台座は空っぽで、ここにあった物を紹介する銀のプレートだけが光っている。
『多次元管理局の夏のオートキャンプ場。模型制作:魔法玩具師第二十三代絡繰仁左衛門』
修理が終わったジオラマ模型がここへ再び展示されたら、僕は、アイルズとカイルとローズマリー達も誘って、リニューアルされたアスレチックコースをじっくり観に来よう。
僕は展示室を出て、ローズマリーの待つ光溢れる中庭へ向かった。
〈了〉




