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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
番外編 夏過ぎてしごきに耐えし新米の魔法使いは世界を学ぶ

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岩の山みなの期待が集まれば今ひとたびのキャンプを待たなむ:中編

「もう1時間は歩いたね……どうする?」


 アイルズが腕時計で時刻を確認した。


 カイルが腰に付けた万歩計を見る。


「俺達の歩く速度と時間から計算したら、たっぷり15キロは進んだぜ。キャンプをするなら、そろそろ準備しないと暗くなるぞ」


 カイルはリュックから地図を出した。編集局の叔父さんから借りてきたという魔法大学全域の地図だ。だが、そこには森も湖も記入されていない。


 ここは原生林ではない。

 僕らが勉強したサバイバル教本の知識によれば、この辺りに見られる草や木は、人間が開発した跡地に生える種類に近いようだ。


 初めてこの地図を見せてもらった時には、地図の作成年代が古いから、今年できたばかりのオートキャンプ場は記載されていないのだと思っていた。


 アイルズが地図を覗き込む。


「たとえそうだとしても、あれだけ大きな湖と森は描かれていないとおかしいよ」


「あっちの方にもっと古い道があるぞ。旧多次元管理局跡地って書いてある」


 カイルが右手の方を指差した。地図では、僕らが森と湖があると考えていた場所のほとんどが『旧多次元管理局跡地』だ。


「行ってみよう」


 僕は先頭に立った。


 しばらくすると白い土の道が途切れた。

 草むらから石がポコポコ顔を突き出している。

 たくさんの石は自然の風雨にさらされた丸みを帯びていた。


 ここに存在していた年月は、百年や二百年ではないだろう。


 石の見た目は不揃いだが、その多さと先へ延々続いていく並び方にはある種の規則性が感じられた。土に埋もれている所もあるが、どうやら元は石畳の道だったようだ。


「ここまでの情報を整理してみよう」


 明るい真昼の森の中、緑豊かな原っぱで、僕らは休憩した。




「この地図によると、ここは全域が旧多次元管理局跡地の自然公園だ。この石の道らしきものは、地図に書き込まれている自然公園の中の古い遊歩道だと思う。学校から来る道はこれしかないから、僕らは道を間違ってはいない」


 僕の言葉にアイルズとカイルがうなずく。


「東西南北は時々確かめながら進んだから、地図の見方は正しいよ」


 アイルズがポケットから出した方位磁石を地図の上に置いた。これは今回のキャンプのために購入したものに(あら)ず、アイルズが持っていた趣味のアイテムだ。


「俺も、そう思う。でも、野外研修の時は、こんな石畳の道じゃなかったよな。なあ、この石畳って、どのくらい前からあったんだろう?」


 カイルいわく、僕らの滞在したオートキャンプ場は今年作られたのだから、この石畳の年代測定が出来れば、この場所の謎が解けるのでは? という事だ。

 魔法の行使は、この3人の中では僕が一番得意だ。


 僕は覚えたばかりの魔法を使い、石畳の年代測定を試みた。


 さして難しい魔法ではない。サイコメトリーとも言って、対象物に軽く触れて、そのものの記憶を読み取るだけだ。


 石に触れた右手から、石に刻まれた古い映像記憶(ビジヨン)が流れ込んでくる。摩耗(まもう)して丸みを帯びたこの石が、まだ石切り場から切り出されて間もない、鋭い四角形だった頃の記憶が……。


 ふいに映像は時間を飛んだ。立派な石造りの館が並んでいる。遠い昔、この石が敷かれた頃の景色だ。石造りの館は、白く寂しい通りの景色とは違う。僕の知っている外国の古い美術館とか博物館のような、もっと古風で大きな建物だ。


 ここは街で、石畳の道は街道だった。はるか昔、この敷石を踏んだ人々は、優雅な(ひだ)を寄せた袈裟(けさ)のような(ころも)をまとい、石造りの館に住んでいた。それらは僕の知る地球の歴史上で二千年以上の昔に栄えた、ある古代の街を連想させた。


「ずっと遠い昔、この辺りは、古代ローマ文明の都市みたいだったんだ」


 僕は、映像(ビジヨン)として透視した街の風景を、できるだけ詳しく形容した。古代ローマ風の装束について説明し始めた時、僕は夏休みの始めに見た夢を連想していた。


 火蜥蜴サラマンダーと、黄色いトガを(まと)った古代ローマ人。暗い世界で燃え盛る巨大な炎。あれは夜の向こうにある魔法の世界なのだと、僕は心のどこかで不思議な確信を持っていた。


「だから、ここには古い街の記憶しかないんだ。この辺にはオートキャンプ場は無かったとしか思えないよ」


 ただ、なんとなく、僕にはもっと古い記憶のような気がするけど……。


「そうか、じゃあ、ここには本当に……」


 突然、アイルズの言葉が聞こえなくなった。


――え?


 僕は瞬きした。だが、アイルズとカイルは話をしていたそのままの格好で、凍りついたように動かない。まるでそこだけ時が停止したように。

 戸惑う僕の前には、森とはまったく異なる景色が現れた。すぐに、肉眼で見ている景色ではないと気付いた。これも魔法の透視の続きなのだ。


 太古の星空の下、鉛色(なまりいろ)した海に巨大な帆船が浮かんでいる。

 何百隻とも知れぬ大艦隊だ。

 僕はその中の1隻に乗っていた。地球の船ではなかった。境海世界で作られた、境海を越える魔法の船だ。


 石畳として敷かれているこの石も、僕と同じ船に乗ってやってきたのだ。

 地球の海を越え、境海を越えて、やがては第ゼロ次元と呼ばれるようになるこの大陸へ渡るために……。


 壮大な映像の向こうで、アイルズとカイルを含んだ風景そのものが、セピア色した古い写真のごとく固まっている。


 もしや、忘れていた夢を思い出したのかとも思った。

 だが、こんな夢を見た覚えは、まったくない。

 サイコメトリーの続きにしても、映像が鮮明すぎる。

 今しがた石畳の石から読み取った記憶そのものでなければ、どんな意味があるのだろう?


 ふと、僕はあることに思い至った。


 これは古代ローマ時代の記憶じゃない。

 もっと古い、はるか太古と呼ばれた、地球の大陸が21世紀とは異なる形だった時代の記憶なのだ……。


 と、映像は、視え始めた時と同じく、いきなり消えた。


 僕は薄れていく映像記憶をしっかり掴もうとした。

 だが、集中すればするほど、(まぶた)の中の暗闇に結ばれていた映像はぼやけ始め、細かい断片となっていく。すると、それまで理解していた細かい情報までもがバラバラに(ほど)けて混沌となり、自分が視ていたものが何だったのか、まるでわからなくなってしまった。


 もしかして、白昼夢を見ていたのだろうか?


 いずれにせよ、夢の尻尾を掴みそこなった。逃げた夢は彼方へ消え去り、二度と戻って来はしない。


 突然、アイルズの声が聞こえてきた。とたん、静止画だった風景も動き始める。


「……オートキャンプ場は無いんだね。サー・トールの視たものが古代ローマ文明に似ているなら、少なくとも、ここには境海世界の古代文明があったってことになるね。あるいは旧多次元管理局というのが、それくらい古いということだ」


 アイルズは普通に喋っていた。


 僕が聞き逃した部分は無かったようだ。

 大艦隊の映像を視ていたのは僕だけだった。

 1時間にも感じたのに、実際は、アイルズが喋っている言葉の切れ目よりも短い、一瞬の幻想に過ぎなかった。


「俺も、局の成り立ちが古いっていう話を、叔父さんから聞いたことがあるぞ。正確な年代は知らないけれど、収斂(しゆうれん)進化(しんか)で考えると、地球の古代ローマは二千年以上昔の話だから、ここの文明もそのぐらい経っているってことにはなるな。俺だって、古代ローマくらい知ってるけど、ここは境海世界の第ゼロ次元、多次元管理局のある白く寂しい通りだぜ。なんでオートキャンプ場の代わりに、地球の古代文明社会の記憶が出てくるんだ?」


 アイルズとカイルは、境海世界で古代ローマ文明なんて言われてもピンとこないみたいだ。

 そりゃそうだろう、僕だって、よくわからない。


 カイルの問いかけに、僕は返事ができなかった。石から魔法で読み取ったものをそのまま伝えたところで、それが何かという謎を解く答にはならないからだ。


「僕にわかったのは、この石が覚えているここの風景が、古代ローマみたいな街だったってことだ。つまり、ここにはオートキャンプ場の『記憶』は無いんだ。まるで元から存在しなかったみたいにね……」


 そう断言した僕の顔を、アイルズとカイルは黙って見つめた。おそらく僕と同じ結論に辿り着いたのだろう。


 オートキャンプ場は探しても見つからない。

 僕らの野外研修は終わったんだ。もしも来年また野外研修があって、僕らが再びここへ来るとしても、あるのはまったく違うオートキャンプ場かもしれない。


「とにかく、少し戻ろう。僕らは遠くへ行きすぎていると思う」


 僕らは来た道を引き返した。


 歩き出してしばらくすると、僕はトイレに行きたくなった。アイルズとカイルに断り、道をはずれて低い木立の向こうへ入る。


 前方の、木立の向こうの岩陰に、小さな池があった。そのほとりに、見覚えのあるサマースーツの後ろ姿が立っていた。


「リリィーナ教官!?」


 僕の叫びを聞いて、アイルズとカイルも急いでこっちへ走って来た。




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