岩の山みなの期待が集まれば今ひとたびのキャンプを待たなむ:前編
コンバットサバイバルトレーニングことCSTは、2週間きっちりで、無事終了した。
大地を裂いていた谷は消え、僕らは元通り地続きになった道を歩いてコテージのあるエリアへ戻った。
魔法大学付属学院の夏休みは、7月1日から8月30日までと長い。管理主体である魔法大学の夏期休暇に合わせているからだそうだ。
野外研修はそのうちの半分以上、36日間を占める。
今日は、このコテージで過ごす最後の1週間の始まりだ。
のんびりしてなどいられない。僕らの夏休みの予定は途中でCSTが入り、大幅に変更されてしまった。CST参加者は自主課題のノルマ達成率を不問とされた。なので、僕らは安心して、残りの1週間をどう過ごすか決めるために、皆で野外食堂に集まった。
CSTで塗り変えられ行われなかった、いくつものイベントが見直された。
時間がもったいないので短い討議の結果、主要なイベントは7つに絞られた。
僕らは、貴重な7日間を『夏休み』らしく貪欲に消化することを、全員一致で決定した。
1日目は、CSTのために行きそこねた、湖の反対側へ行くピクニックだ。
昼食には、補習を終えたローズマリーが家政学課の女子と企画し、豪華なサンドイッチ弁当を用意してくれた。
二日目は湖で水泳大会。この野外研修では、まったく泳げない生徒のために初日から水泳教室が開かれていた。僕は泳げるので参加しなかった。
また、余談になるが、ウィザードアスレチックに参加していなかった生徒は、任意参加の特別教養学の講習か、水泳教室のどちらかに参加していたそうだ。
さらに待望のバーベキュー食べ放題、リリィーナ教官プロデュースで家政学課提供の焼きそばと手作りアイスクリーム大会、夜はキャンプファイヤーの周りでフォークダンス、花火大会もした。
こうして、最後の1週間は、あっと言う間に過ぎ去った。
ついに野外研修ラストの日となり、僕らは朝食後、自分達のコテージに戻って10分で荷物をまとめ、15分で掃除を済ませた。36日中22日間は2週間のテント生活を除けば、僕は厨房に籠もっていた日が多かったけれど、この素敵なコテージが家だった。
僕らが荷物を持って外に出ると、生徒が退室した後の確認をするためにやって来たヒルダおばさんが入れ替わりに中へ入った。
僕らはリュックサックを背負ってカバンを持ち、オートキャンプ場を後にした。
行きは行進してきた一本道を、帰りはバラバラに歩いていく。
「あっと言う間だったなー……」
僕が呟いたら、アイルズが笑った。
「僕としては、キャンプ・ティピーの終わりがあっけなかったね。最後に自分達で片付けなかったからかな?」
「俺としちゃ、最後にキャンプのリベンジをしてやろうと思ってたのに、これじゃ不完全燃焼だ。くすぶってるようなもんだぜ」
と、カイル。
「なんだよ、キャンプのリベンジって?」
僕が首を傾げると、
「だってさ、せっかくサバイバルな知識をいろいろ仕入れて、これからやろうって時に終わったんだぜ。実践は来年までおあずけだよ、遠いじゃないか」
カイルがつまらなそうにコテージの方を振り返る。森の中の1本道だけど、5分と経たないうちに、木々に隠れてコテージの建物は見えなくなった。
ふと、野外キャンプに思いを馳せる。僕らのキャンプ・ティピーは、どうなっているのだろう。CST終了後、僕らは後片付けをせずにコテージへ戻ってきた。きっと、教官達が片付けてくれたんだろうな。
これで夏休みも終わるんだ……。
そう呟いたのは僕だったのか、それとも他の誰かの独り言が風に運ばれて、僕の耳まで届いたのだろうか。アイルズが次のような提案をしてきたのも、きっと僕やカイルと同じ気持ちだったからだろう。
「それじゃ、僕達だけでキャンプに行かないか。僕は田舎で、友だちと近くの森へキャンプしに行ったことがあるよ」
アイルズの実家近くの森は管理事務所が見回りをしているから治安が良く、近隣住民はピクニックをしたり、キャンプに行ったりするという。
安全というなら、このオートキャンプ場はウサギ以外に大きな動物はいないし、管理は多次元管理局の保障付きだ。
「いいね、せっかくティピーの張り方や焚き火のやり方も覚えたんだ、僕らでキャンプへ行こう!」
「お、さっそく実践か、やろうぜ、自習だ、自習!」
僕とカイルはアイルズの提案に即、乗った! CSTの自主練だと言えば、ヒルダおばさんだって反対しないだろう。
あのティピーを今度は自分の力だけで組み立てる。
ワクワクしてきた。
できれば、自分だけのテントが欲しい。
ティピーに2週間寝泊まりして、快適さが気に入ったんだ。
僕の頭の中では、早くもキャンプ用品購入のための脳内予算会議が始まっていた。
ローズマリーへのプレゼント計画とは別に予算を組まないといけない。
今度は食糧も自分達で用意しないとだめだ。
いや、その前にキャンプ用品の調達だ。
白く寂しい通りの商店街で、ティピーみたいなキャンプ用品を購入できるのかな?
「あの大きさのティピーが1つあれば、3人で泊まれるのにな」
学校の敷地に戻った僕らは、寮までの道を歩きながら相談した。
カイルが良いアイデアを思い付いた。
「だったら、あのティピーのセットを1つ借りられたら、すぐにキャンプできるじゃないか!」
いいアイデアだ!……と、僕らは記憶をたぐった。
野外キャンプでは、前もって張る場所にティピー型テントセットが用意してあったから、僕らはフレミング教官の指導通りに組み立てるだけでよかった。
自分では後片づけをしていないけれど、誰かがどこかへ片付けたはずだ。
「オートキャンプ場の管理責任者はヒルダおばさんだったな」
僕らは寮に戻って、ヒルダおばさんに訊いてみることにした。
「まあぁ、キャンプにいきたいの? あらら、どーしましょ、アレを借りるのは無理なのよ。ごめんなさいね、もうすっかり片付けちゃったのよ。ええと、何か代わりになるようなものは……。だめだわ、ここには何もないわねえ……」
ヒルダおばさんは本当にすまなそうに謝ったので、僕らは慌てて他の方法を考えるから大丈夫ですと断り、リビングルームへ引き上げた。
白く寂しい通り商店街には銀行やスーパーマーケット、喫茶店に魔法玩具店まであるが、さすがにアウトドアグッズのレンタルサービス店などというピンポイントな専門店はない。
テントや寝袋の代用品が調達できない。
地球へ買い出しに行きたくても、僕らだけでは世界の境目を越えられない。
今回は自分達の力でやりたいから、大人の手助けは借りたくない。
僕らは額を付き合わせた。
こうなったら、何が何でも僕らだけでリベンジキャンプに行ってやろうじゃないか。余計にやる気が出てきた。
消去法で、無くても我慢できる物を省く。
まず炊事道具はいらない。
すぐ食べられるパンと飲み物を持っていくから。
寝袋も無くていい。
ブランケットを持っていって寒ければ被ればいいんだ。
僕らのキャンプに必要不可欠なのは、テントとなるティピーだけだ。
オートキャンプ場の構造はよく覚えている。
中央に教官達の大型コテージがあり、その裏側に厨房と倉庫が隣接していた。
僕はそこの庭の片隅で、倉庫からジャガイモやマッシュルームを出してきて下拵えをしていたんだ。
食料庫にしては大きすぎる倉庫だった。
少し奥には、カヌーやオールが置いてあった。
水泳教室で使われたカヌーだと、後で知った。
倉庫は広く、カヌー置き場のさらに奥へ続いていた。
暗くて見えなかったけど、きっとオートキャンプ場の備品倉庫だったんだ。
扉は簡単な閂で、施錠はされていなかった。
「あれだけたくさんのティピーを片付けられる場所は、あの倉庫しかないだろう」
僕らはすぐさま行動に移った。
「森の植物の観察と、夜間は星の観測をするの? まあぁ、あなた達は行動力があるのね」
ヒルダおばさんに境海サバイバル教本を見せながら『夏休み終了直前に思い付いた自由課題』のためと申請する。
僕らはまんまと1泊2日の外泊許可をいただいた。
嘘は何も吐いていない。
ただ『ティピー1セットを倉庫から勝手に借り出して使うかもしれない』という細かい説明を省略しただけだ。ヒルダおばさんは、僕らが学校の敷地内にいて昼間は寮へ寝に戻る。寮に戻らなくても僕らは学校の敷地にあるどこかの屋根の下にいると思っている。
こうして僕らは、他の生徒が自由課題の最後のまとめに必死で取り組んでいる夏休み終了直前の2日間を、自主キャンプトレーニングすることにした。
明くる日、僕らは食糧と飲み物、ノートと筆記具を入れたリュックサックを背負い、朝食後すぐに出発した。
野外研修スタートの日に、皆で列になって歩いた森の道を行く。
森の様子は、あの時とはまるで違って見える。記憶よりも木々はまばらで、陽がよくさしこみ、とても明るい。
でも、こんなに細い木ばかりだったかな。
もっと鬱蒼とした深い森だった気がするけど……。
やがて少し開けた野原に出た。野生の小さな花々が咲き乱れる花園だ。
あまりの美しさに、僕らはしばし見惚れてしまった。
こんな所があるなら、ローズマリーも連れて来てあげればよかった。
いや、ここならすぐに来られるから、明後日でも一緒に来ればいい。
「すごいな、途中にこんな場所があったなんて」
カイルが一眼レフカメラでパシャパシャ写真を撮っている。
立派なカメラは、編集局勤めの叔父さんが貸してくれた高級品だそうだ。
このキャンプのレポートと写真を提供するのと引き換えにスポンサーになってくれたという。
差し入れのバーベキュー用肉のかたまりは、焚き火で肉を焼いているキャンプっぽい構図を撮影してくるようにという依頼付きだとか。
「多次元新聞に、ときどき魔法大学の記事が載ってるだろ。あれ、叔父さんが担当してるんだ。僕らのやることを面白がっているんだよ」
カイルは笑ったが、カイルの叔父さんはそうやってカイルのやることを応援してくれる人なんだろう。
「おかしいな、そろそろ着いてもいい頃なのに。こんなに遠かったかな?」
僕らはさらに歩き続けた。森の道は踏み固められて白い。回りの風景に注意しながら来たけれど、途中、分かれ道は無かったはず。
オートキャンプ場のコテージらしき建物は見えてこない。
やがて、堂々と枝を広げた大きな木を見つけた。
森の長老のごとき大樹だ。さっぱり見覚えがない。
少なくとも僕らの滞在したオートキャンプ場への道には無かったと断言できる。
あのいくつもの立派なコテージや屋根付きの野外食堂、キャンプファイヤーをした広場はどこにあるのだろう。
夏休みの最後の1週間、僕とローズマリーが早起きの習慣を利用して2人きりで散歩しようとして失敗し、起き出してきた級友全員と歩いた湖畔のトレッキングコースは、どこへ消えた!?
僕らはモヤモヤした疑問を胸に抱えたまま、来た道を戻り始めた。




