(四)Let’s! ウィザードアスレチック
カラーンカラン、カラーンッ!
僕らは起床の鐘の音に叩き起こされた。寝袋から這い出し、Tシャツと短パンの上からツナギの訓練服を着込む。ティピーの裏へ回ってトイレを済まし、これだけはキャンプ場らしく設置されていた屋外の炊事場で顔を洗う。
本日の朝食に支給されたのは、紙に包んだラグビーボールみたいなパン。飲み物は淹れたての紅茶。炊事場には2リットル入りのミルクピッチャーがいくつも並べてあった。ミルクティーだけはお代わり自由の飲み放題だが、ミルクティーによる満腹感は、1時間後にはトイレで清々しく解消してしまうから残念この上ない。
朝食後は、広場に整列、正面にはフレミング教官を含めた男の教官12人が……あ、教官用の大きなテントハウスから、13人目が出て来たぞ。
迷彩服を着たリリィーナ教官じゃないか!
昨日は姿を見なかったのに、今日からは参加するとは……?
リリィーナ教官は、フレミング教官の左隣に立った。立ち位置からして、ここの指揮官はフレミング教官で、リリィーナ教官は№2だろう。
僕は顔面がひきつった。あの悪戯好きなリリィーナ教官が指導するトレーニングメニューが、ただの基礎体力作りであるはずがない。おそらく、僕の予想の斜め上をいく陰謀があるはずだ……。
リリィーナ教官が口を開いた。
「今日からは諸君らのために、わたしが特別なトレーニングコースを用意した。楽しんでトレーニングできるように、アスレチックに改良したんだ」
リリィーナ教官はゆっくりと皆の顔を見回した。
生徒からの反応はない。
ふはは、その程度でビックリするような純粋さなど、僕らは昨日で失った。青春している少年の純情なピクニックの夢を、悪徳旅行代理店によるドタキャンみたいに潰されたことで、僕らは少し大人になったのさ。
リリィーナ教官は生徒の反応の無さを気にすることなく、アスレチックコースの概要を説明した。
2~5人くらいのグループを組むようにとの指示に、僕はすかさずアイルズとカイルと組んだ。この2人となら、お互いに気心もしれているし、運動神経の良さも知っているから安心だ。
ゴールまでの平均所要時間は、約4時間。
スタートは野原のロードランニングだ。今日の昼食は、その次のフリークライミングの壁を登りきった場所に用意してある。そこで1時間の昼休憩をとったら、沼にかかったロープ網の橋渡り、最後に『岩石城』の攻略だ。これは岩山を利用した最大の遊具らしい。でも、ローズマリーと行くピクニックやゲームに比べたら、まったくといっていいほど興味を引かれない。
「とまあ、こんな具合だが、これだけではやる気が出ないだろう。そこで、競技として採点方式を取ることにした。入賞者には豪華な賞品が贈られるぞ!」
リリィーナ教官はやたらと元気の良い声で説明を始めた。
アスレチック競技はグループでの順位争いだ。遊具の難易度、クリアしたタイムに応じて得点が加算される。もっとも得点の多いグループが優勝だ。
*参加賞、喫茶エクメーネのデザートセット無料券2枚
・3位、喫茶エクメーネのランチタイムチケット12回分(1人一綴り)
・2位、喫茶エクメーネの飲食代オール無料年間パスポート(1人一枚)
・1位、多次元管理局所属魔法使い出向レンタルサービス1日利用券(1人一枚)
・総合優勝、魔法玩具店カラクリのオリジナルオモチャ引き換え券(1人一枚)
参加賞と3位まで黙って拝聴していた僕らは、2位以上を聞くや、おお! と、どよめいた。1年間食い放題も太っ腹な賞品だが、魔法使いのレンタルサービスなんて聞いたことがない。1日中どんな魔法でも使ってもらえるなら、魔法学の宿題も手伝ってもらえたりするのかな。
それにしても、総合優勝の賞品がすごすぎる。
カラクリのオリジナルオモチャといえば、世に二つと無い貴重な芸術品。
そのカラクリのショーウィンドーに展示してある魔法のドールハウスを、ローズマリーはいつも熱い視線で見つめていた。
トイズマスターの魔法のドールハウスは、僕の小遣いでは買えない超高級品だ。
あれをローズマリーにプレゼントできたら……。
僕もやる気が出てきたぞ。
「では、諸君らの健闘を祈る!」
リリィーナ教官は爽やかな笑顔で締めくくった。
僕らは軽い準備運動をしてから、ティピーのキャンプ地から少し離れた野原の一角へ移動した。
昨日までは無かった太い丸太が2本、地面に突き立てられていた。これがアスレチックフィールドへの門、スタート地点だ。
空中のどこかから、リリィーナ教官の声が降ってきた。
『諸君、ウィザードアスレチックフィールドへようこそ。用意は良いかな? では、スタートッ!』
ん? ただのアスレチックではなく、ウィザードアスレチックって、どういう意味だ? だが、考える暇も無く、
パァンッ!
空砲が鳴らされ、僕らは一斉にスタートした。
2本の丸太の間を駆け抜けた途端、異変は起こった。
僕の右前方を走っていた生徒の姿が、フッと消えた。
「え?」
あっちにいる生徒も、こっちを走っている生徒も、次々と消えていく。
「おい、みんなが消えた!?」
僕と一緒にいるのは、アイルズとカイルだけだった。なぜかはさっぱりわからない。だが、魔法が行われたのは確かだ。
行く手には、ポツンと看板が立っていた。
【ロードランニングフィールドinグリフォンヶ原】
看板を読んでいると、空からリリィーナ教官の声がした。
『諸君、驚かせてすまないが、競技の性質上、特殊な魔法で、グループごとに仕切りを付けさせてもらった。ここはグリフォンヶ原だ。ここでのロードランニングは3キロを日課とする。制限時間は30分だ。障害物に負けず、時間内にクリアすれば、10点満点が加算される。救助を求めたり、逆走してスタート地点に戻ったりしたらマイナス点になるから気を付けたまえ』
3キロなら楽勝だ。僕は毎日の朝練で3.5キロ走っている。道場と校舎の周りを7周したら、ちょうどその距離になるからだけど。
「よし、行こう!」
僕らが走り出そうとしたら、
『おおっと、言うのを忘れてた!』
リリィーナ教官のわざとらしく慌てた声がした。
僕らは走ろうとした格好で、ピタリ、固まった。最後まで聞かねば、どんな落とし穴があるか、わかったもんじゃない。
『やー、ごめん、ごめん、クリアするタイムは注意が必要なんだ。時計は自分の〈影時計〉で確認したまえ。では、健闘を祈る』
影時計って何だろう。
キョロキョロしたら、地面に落ちた自分の影に目がいった。影の頭の中央部分が横長の長方形に白く抜けて、デジタル数字が表示されている。
――9:48――
今は9時48分ってことか……首を傾げて見ていたら、またリリィーナ教官の声がした。
『わかりやすいように、デジタル化しておいたからね~』
日時計ならぬ、影時計。しかも自分の影だから、落としたり壊したりすることもない。影のできる条件下なら、どこでも確認可能だ。
ロードランニングをクリアできるタイムは、何分くらいかな……と思ったら、デジタル数字がパッと切り替わった。
――00:29:08――
末尾の数字が、7、6、5……0になると、00:28:59になった。クリアタイムに切り替えれば残り時間の秒数まで表示されるようだ。
「残り時間は28分だ」
3キロ=3000メートルを28分で走り抜けなければ、マイナス点だ!
たしか、1000メートル走の平均記録は4分くらいと聞いたことがある。それが3000メートルだと、大雑把に計算しても12分~15分で走破できるはずだ。制限時間30分なら、十分な時間があるようにも思えるが……。
「急ごう、のんびりしていられない」
僕らはスタートした。平坦な野原は走りやすく、僕らは始めから飛ばしすぎないように速度をセーブして走った。少々遅めでも、これなら無理なく完走できそうだと思った、その矢先だった。
僕の右足の脛に、何かがぶつかった。
「うわっ!」
転けそうになって、止まったら、
「グゲェッ」
足下から、変な鳴き声。下を向くと、ギョロッと睨み上げてくる黄金色の目と、目が合った。
「わあッ、なんだ、コイツ!?」
黄金色の変なニワトリだと思った。羽根はあるけど、全身が金属のようなメタルゴールドの鱗で覆われている。しかも4本足だ。トトトッ、と、いったん僕から離れたそいつは序走を付けて突進してきて、でかいクチバシで僕の脹ら脛をドスッと突いた!
「イテッ、なにすんだッ!?」
避けてもしつこく突いてきやがる。右足で蹴っていたら、先に行ったアイルズとカイルが慌てて戻ってきた。
「サー・トール、よせ、コイツはグリフォンだ、ギリシャ神話に出てくる知恵の門の番人だよ」
アイルズが僕の腕を後ろへ引っ張っり、カイルが変なニワトリもどきを、しっしっ、と追い払う。
「グリフォンって、怪物だろ。こんなに小さいのは別の妖精じゃないのか」
地球にはいない生き物の名前がスルッと出てきたアイルズの知識にも感心したが、さすがは境海世界だ、ファンタジーの幻獣が普通に出てくるんだな。
「ミニサイズでも、グリフォンはグリフォンだよ、頭が鷲で体はライオンだ。凶暴で危険な幻獣なんだから、おい、カイルも触るなよ、あぶないぞ」
アイルズが忠告したとき、僕は、ふと嫌な想像が頭をよぎった。
まさか、これがリリィーナ教官の仕込みじゃないだろうな……。でも、こんな小さいの1匹では障害物にもならないか。
「そうだな、足を止めさせてゴメン、早くいこう」
僕は促したが、カイルはしゃがんでグリフォンと睨みあっている。グリフォンの方も、威嚇で構えているのか、じっとして動かない。
「けっこうおとなしいぜ、コイツ」
カイルが右手の人差し指で、グリフォンのクチバシを、ツンとさわった。
ボンッ!
いきなり爆発音がして、グリフォンは白い煙に包まれた。白い煙はもくもくと膨張して、グリフォンのいた辺りをすっかり覆い尽くした。
「なんだ、今のは?」
僕らは慌てて煙から離れた。走ってその場から離れようと煙に背を向けた、刹那、サアーッ、と一陣の風が吹いた。
煙は晴れた。小さなグリフォンが3頭いた。
増えている!?
ボン、ボンッ、ボボンッ!
新たな爆発音と共に、辺りは白い煙に包まれ、次の瞬間、風に吹き払われた。
「ググゲゲェェッ」
数百匹とも知れぬ数に増えたグリフォンは、いっせいに翼を広げ、僕らの方へクルッと向いた!
「グゲッゲッゲェエエエッッッ!!!」
戦いの雄叫びだ!
「逃げろッ!!!」
グリフォンは小さな翼をはためかせ、その頭と同じくらい大きなクチバシをカチカチ鳴らし、まっすぐ僕らを追跡してくる。4本足だから早い。
僕らはたちまち追いつかれた。走りながら、膝から下を突きまくられた。メチャクチャ痛い。突かれたところから血が出ないのが不思議なくらいだ。こんなのに群がられたら、全身穴だらけにされて出血多量で死ぬんじゃないかと恐怖する。
僕らは必死で逃げた。悠長にロードランニングなんてものじゃない、気分はまさに命懸けの逃走だった。
やがて行く手に、また2本の丸太が門のごとく立っていた。そこを通り抜けた途端、グリフォンの追撃は止んだ。
僕らは走るのをやめた。振り向くと、野原に立つ2本の丸太が見えるだけ。あれほどたくさんいたグリフォンは、いない。
「二人とも、突かれたところは……」
あれほど固いクチバシで突き回された僕の両足が無傷なように、アイルズとカイルもかすり傷ひとつ負っていなかった。
進行方向に見えてきた2本の丸太の向こうには、白い霧が漂っていた。陽光を受けて、チラチラ虹色に光る。地面に近いところは晴れていた。
「匍匐前進in土の竜ヶ原、かな?」
コースは100メートル、制限時間は30分だ。
2本の丸太前に大きな看板。匍匐前進のお手本をイラストで解説してある。
ぬいぐるみ妖精のシャーキスに似たテディベアが、地面に左肘と左膝を付いた低い姿勢で霧の下を進み、次の丸太の門でゴールして、バンザイで喜んでいる。
「霧の漂っている高さまでが、匍匐前進可能な範囲だね」
アイルズは、丸太門の外側から霧の漂う高さを手で示した。僕らの腰近くだから、地上1メートルくらいだ。
しかし、最後の図はなんだか不吉だ。
テディベアが匍匐前進コースの途中で頭を上げて、霧に触れている。それには、上から大きくバツ印が描かれていた。その次の絵では、泣いているテディベアが涙雨に囲まれていた。……嫌な予感しかしない。
「霧に触れたら、泣くような事が起こるのかな。たとえば、ハゲるとか?」
僕が連想したのは、頭のダメージ=髪の毛へのダメージだ。魔法で一時的にハゲにされるとか。これはすべての男子にとって恐るべきダメージとなる。
「そりゃないさ、罰ゲームじゃないんだから」
カイルに笑われ、アイルズにもそれはナイナイ、と右手を振って否定された。だが、二人はリリィーナ教官の悪戯好きを知らない。油断は禁物だ。
とにかく進もう、と、僕らは地面に手を着いた。両肘を地面に付けて顔を起こし、解説図の真似をする。頭上の霧まで1メートル弱あるから、匍匐前進の姿勢でいる限り、霧とは接触しないが、早く動こうとして四つん這いになると頭が上がり、霧に触れてしまうから難しい。
僕らは無理をせず、地道に進んで距離を稼いだ。
そうやって、そろそろ3分の1くらいは進めたかな、と思った頃だった。
ボコッ。
僕の頭のすぐ右横で、地面が盛り上がった。ビクッと体を跳ね上げた僕は、慌てて地面に突っ伏した。あぶなかった、あと少しで頭が霧に触れるところだった。
今の音は、何だ?
右側に、もこっ、と土が盛り上がる。大きさはソフトボールくらい。触ってみたら、掘り返されたばかりの柔らかい土塊だ。周囲を見れば、地面はえらくデコボコしている。
変だな、スタート前は、けっこう平らな野原に見えていたのに……。
「これじゃまっすぐ進めないな。これが障害物なのかな?」
「デコボコの地面を匍匐前進でうまく移動するのが訓練なら、本格的だな」
僕の呟きにカイルが突っ込みを入れる。
「アナーッ!?」
いきなり右前方で、アイルズの声。彼にしては珍しい素っ頓狂な悲鳴だ。よほどのことが起こったとしか思えない。僕も慌てた。
「どうした、アイルズッ!?」
僕は地面に手の平をついて体を起こそうとした。
その手が、ズボッと地面に沈んだ。
「なんでこんなところに、穴がーッ!?」
僕が手を突っ込んだ穴は、直系20センチくらい、落とし穴にしては小さいが、自然の窪みにしては深い。
「うわわ、靴の先が抜けないッ、なんでこんなところに落とし穴が!?」
カイルも小さな穴に踏み込んだらしい。
「気を付けろ、ここは穴だらけだ!?」
最初の犠牲者アイルズが警告を発するが、手遅れだ。
僕も右足首から先を穴に突っ込んでしまった。まさか、リリィーナ教官がスコップで掘ったんじゃ……と、僕は妙な憶測をしてしまう。
「くそ、抜けない、なんでだ!?」
スニーカーの踵が穴の縁に引っ掛かかりでもしたのだろうか、足首から先が動かない。僕は地面に尻を付け、両手で右足首を掴んで引っ張っぱった。向きを変えた時点で、引っ掛かりは無かったのに、未だに足首から先は穴の中にホールドされている。まるで何かに掴まれているみたいで怖い。穴の縁に両手をついて覗き込もうとしたら、両手の下で地面がうごめいた!
「うわッ、なにかいる!?」
パッと手を持ち上げたら、その下から、ピョコンと黒い尖った鼻面が突き出た。
初めて見るけど、モグラか!?
ボコッ。
ボコボコッ。
僕の周りの地面から、次々と顔を出すモグラ、モグラ、モグラがいっぱい!
「おわわあああああああッ、なんだ、何なんだ、これはッ!?」
アイルズとカイルが叫んだ。
あ、穴から足が抜けた! 僕は急いで立った。
視界が白くなる。
おっと、上半身が霧の中だ。あー、やっちまった……。
フワフワと漂っていた霧の動きが、ピタリ、止まった。
何か来る、と思った次の瞬間。
ドザアーッ!!!
頭上から、大量の水が落ちてきた。僕らの真上で巨大な水入りバケツをひっくり返されたような、ものすごい量の水だった。
僕らは全身ビショ濡れになり、すっかり霧が晴れた野原で、ポカンとしたお互いの顔をマジマジと見つめ合った。
「なんだ、いまのは?」
僕らの足下は水でぬかるみ、水溜まりを通り越して泥沼だ。泥色に濁った水の深さは僕の踝くらい。ちょうどスニーカーの高さに等しく、歩くたびに泥水が容赦なくスニーカーの中に入る。
水面下のあちこちで、ポコポコと空気の泡が湧き上がっていた。モグラの穴に水が入っている。モグラが溺れないかな、と心配になって下を見たら、影時計のデジタル数字が目に入った。
――00:4:58――
カウントダウンが残り5分を切った。モグラの心配をしている場合じゃない!
「急げッ! 泡が出ているところを避けて走るんだッ!」
僕がバシャバシャと泥水を蹴散らして走り出したら、2人はハッとしたようだ。
「そうか、空気が出ているところが穴のある位置だな!」
モグラの穴だらけの泥沼だ。へたに踏み抜けば、泥水の中に転ける。
「それに、こうなったら、匍匐前進でなくても良いわけだ」
アイルズは、僕のすぐ後ろに付いてくる。賢いな。
僕を先頭に、3人1列になった。早くは進めない。スニーカーの中には泥水が入って、グチュグチュと音を立てる。足が重くてだるかった。跳ねちった泥を全身に浴びた僕らは、全身泥色に染まった。
たった100メートルの距離を走破するのに5分以上かかって、僕らはようやく乾いた大地を踏んだ。
「や、やっと、終わった……」
僕らは泥沼と化していた野原を振り返った。
そこは、緑の草が陽光に白く光る、穴一つ無い平坦な野原だった。
「嘘だろう……?」
ふと気付くと、泥水にまみれて真っ黒だった僕達の全身は、泥一つ無くキレイに乾いていた。
「お、次の看板があるぞ」
カイルが急に、進行方向の右手の方へ走り出した。
「これだ、フリークライミング!」
解説図は、シャーキスに似たテディベアが、岩壁の突起を伝い登っている。
解説文も『クライミングホールドを掴んで登る』と簡潔だ。制限時間は一時間。
ふうん、あの壁に登るために掴む突起部分は、クライミングホールドっていうのか。やり方は簡単そうだけど、握力と腕力がいるな……。
僕らは切り立った崖を見上げた。断崖絶壁だ。ほぼ垂直といっていい。看板の解説では、これでも傾斜は45度で、高さは30メートル。
初心者に、ここを登れと?
「命綱も無しで……?」
僕が呟くと、
『安心したまえ、安全対策は万全だ』
またもや空中のどこからか、リリィーナ教官の声。
『このフリークライミングは、白く寂しい通り商店街振興組合による協賛だ。そして、魔法玩具店カラクリ謹製のぬいぐるみ妖精アリアドネ・フローラが協力してくれる。彼女の光のスパイダーネットが、君達を完璧にサポートする』
そんなものがどこにいるんだ。
僕らの頭より少し上に、ピンク地に小花模様の小さな蜘蛛型ぬいぐるみ妖精アリアドネ・フローラが浮かんでいた。その周りがチラチラ光っている。アリアドネ・フローラが吐き出した光の糸で編まれた巨大な蜘蛛の巣だ。
なるほど、これが魔法の安全ネットか。
結果から言うと、壁を登り始めた僕らは、3人とも2回ずつ、落ちた。
手でクライミングホールドに掴まれるし、足場もあるから登るの自体は難しくないが、壁の傾斜が部分によって微妙に変えてあり、初心者は攻略するのが難しい。
アリアドネ・フローラのスパイダーネットに受け止めてもらえて事なきを得たが、さすがに初めて背中から落ちた時は、怖かった。魔法によって絶対の安全を保障されていると自分に言い聞かせなければ、三度の挑戦はできなかっただろう。
頂上へ着いたとき、僕らの胴体に、それまで見えずに巻き付いていた光の糸が輝き現れ、シュルシュルと解けて消えた。
『アリアドネ・フローラ、ご協力ありがとう』
空から響くリリィーナ教官の声に、崖の下に浮かんでいるアリアドネ・フローラは、八本ある足のうち右前足を、ひょい、と上げた。
崖の上の昼食は、バイキング形式のレストランみたいに、いくつもの銀盆に料理が用意されていた。
他には教官も生徒もいない。
僕らは銀盆を見て、愕然とした。
ほとんどの料理は、すでに八割り以上、食べられた後だった。
つまり、他のみんなはもうここへ来て、昼食を終えている。
僕らが遅かった。
こうしていても誰も来ないということは、僕らの順位は最下位にも等しいのだ。
――そうだよな。グリフォンとモグラのせいでクリア時間はぎりぎり過ぎたし、壁を登るのも、何回も落ちてやり直したもんな。ここへ到達したのだって、昼ご飯の時間がとっくに過ぎてからだったし……。
僕らは銀盆の底に残っている料理を集め、皿に取った。
運動したので、お腹はペコペコだ。だが、両腕が痺れ、全身の筋肉が痙攣するほど疲れた直後だ。僕らは食べるのもおっくうだった。
この後にはまだ、沼の上のロープ橋渡りと岩石城登りが控えている。
僕らはエネルギー補給のため、無理やり食物を胃に押し込んだ。




