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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第四章 新米魔法使い達の夏~野外キャンプは二週間~

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(二)君と僕と、ウサギのシチュー

 境海世界の中央である第ゼロ次元には、日本と変わりない四季がある。

 白く寂しい通りの夏は、日射しが春よりも少し強く感じる程度で、汗ばむほどには暑くない。


 多次元新聞が白く寂しい通りにある商店街の夏期休暇のお知らせを掲載した翌々日、僕らは夏休みに突入した。




 白く寂しい通りに面した正門を入れば、煉瓦作りの立派な洋館が建っている。これが魔法大学付属学院、通称・魔法大の校舎だ。その奥へ進むと、体育館や道場などの各種施設が建ち並ぶ。


 さらにもっと奥へ行くと、学校の敷地は大きな森に続いている。


 森の散歩道を歩くこと30分。


 僕らは大きな湖のほとりにあるキャンプ場へ到着した。


 リリィーナ教官に湖の大きさを訊いたら、「地球で言うと、日本の琵琶湖くらいかな」との答え。日本で一番大きな湖と同じなら、すごく大きな湖じゃないか。それにしても、(たと)えが日本(にほん)贔屓(びいき)すぎる。僕には解りやすくて助かるけど。


 野外キャンプ研修で泊まる『コテージ』は、家具とバス・トイレ付きの立派な宿泊施設だ。

 リリィーナ教官の話では、日本にあるオートキャンプ場をモデルにして、多次元管理局が作ったというから驚きだ。キャンプ場の管理責任者は、寮の舎監のヒルダおばさん。土地の管理に関係する魔法が得意な方なので、任せておけば絶対に安全だという。


 ヒルダおばさんは全寮生の母親代わりでもある。だから僕らは、寝る場所が変わっても、寮でヒルダおばさんに見守られているのと代わりない、リラックスした気分でいられた。

 ポール教授の日に3回のティータイムは、野外でも時計より正確だ。


 夏休みになっても、僕らの日常は変わらない。


 授業の代わりに宿題と課題があるし、食事時には、厨房施設のある一番大きな中央コテージに隣接した屋根付きの野外食堂へ全員集合する。そこに並ぶのは、寮で見慣れた仲間の顔だ。


 学校のある日常とたった一つ違っていたのは、生徒の中で、僕とローズマリーだけが、朝昼夜と中央コテージの厨房に詰めていたことだ。




 野外研修の食堂は、魔法大学付属学院の学食で働いているスタッフに、近隣の街のレストランから助っ人シェフを加えた全12人のメンバーが三交替で勤務する。


 そして僕とローズマリーは、ローズマリーの家政学の補習として、野外研修の半分である一ヶ月間を厨房メンバーの一員となり、生徒と先生合わせて136人分の三度の飯の仕度に従事する。

 数字を聞いただけでも大変そうだが、じつに、恐ろしい重労働なのだ。


 朝は4時起床。すぐに朝食準備。生徒の朝食は7時からで、後片付けは7時30分から8時。その間に、厨房スタッフは交替で朝食を取る。パンと紅茶とタマゴをいろいろ調理したメニューだ。

 朝の食器片付け終了後、30分の休憩をして、すぐに昼食の仕込みが始まる。


 昼食は12時から。厨房スタッフも交替で、午後2時までに昼食を済ませる。昼休憩は昼食を取ったら終わりだ。夕食の準備を始めなくてはならない。野菜や肉、魚の下拵(したごしら)え、午後3時までノンストップだ。夕食は午後5時から。朝と昼よりメニューが多いディナーの準備は、いちばん時間がかかる。


 今朝の挨拶以外でローズマリーと喋ったのは、昨日の昼休みだったかな……。


 僕は、皮を剥いたジャガイモ1かごを厨房へ運んだ。

 厨房の片隅で、眼鏡を掛けたおじさんがマグカップを手に、いちばん年嵩の背の高いシェフと話している。僕に気付くと、親しげに笑いかけてきた。


「やあ、サー・トール、がんばってるね」


「こんにちは、ニザエモンさん」


 ニザエモンさんは、本名を第二十三代カラクリ仁左衛門といって、白く寂しい通りにある魔法玩具店『カラクリ』の店主『魔法玩具師(トイズマスター)』だ。


 皆はトイズマスターと呼ぶけれど、僕はリリィーナ教官に魔法玩具店へ連れて行ってもらった時に、「店主のニザエモンさんだよ」と紹介されたので、リリィーナ教官に(なら)ってニザエモンさんと呼んでいる。


 魔法玩具は高価な品だが、カラクリでは可愛い小物や手頃な値段のアクセサリーなども販売している。ローズマリーへの誕生日プレゼント購入以来、日常的な贈り物などをちょいちょい買いに行く僕は、すっかり常連客になっていた。


 トイズマスターは学校の噂をよく知っている。白く寂しい通りでファンシーグッズを扱う店は魔法玩具店しかないので、女子生徒の御用達なのだ。


「この厨房の使い勝手はどうかな?」


 は? なんでトイズマスターが、生徒の僕にそんなことを訊くんだろう?


「使いやすい、きれいなキッチンだと思いますけど……」


「そうかい、そりゃよかった。君の滞在しているコテージはどうだい?」


「良い部屋ですね。過ごしやすいです」


 夏とはいえ、涼しい気候のせいもあるだろう。新しい木の清々しい匂いがする部屋は、僕にここが異世界の見知らぬ土地だということを忘れさせてくれる。


 ルームメイトは寮とは違い、アイルズやカイルの他にも5人いるけど、広く作られたコテージは、各自に個室があった。内装はシンプルで家具は使いやすく、ともすれば、日本の便利なオートキャンプ場にいるような錯覚を起こしそうだ。


 ローズマリーの滞在するコテージはすぐ隣。この距離は男子と女子が分かれている寮より近い。毎日、生徒で厨房にいるのは、僕とローズマリーの二人きりだ。僕にはこれが一番楽しい理由だな。


「そうかい、そうかい、そりゃー、良かった! じゃあ、夏休みをしっかり楽しむんだよ」


 ニザエモンさんは、ものすごく嬉しそうに学校へ戻る森の道を帰っていった。




 野外キャンプが始まって5日目。


 ほかの生徒が自主課題や夏期特別教養学講座にいそしみ、夕食後は野外食堂で上映される映画鑑賞などで楽しんでいるかたわら、僕とローズマリーだけは朝から晩まで厨房で過ごしていた。


 昨日から僕は、中央コテージ裏の中庭で、延々とジャガイモの皮を()いている。


 本日のノルマは、夕食のマッシュポテト用と明日の朝食のハッシュポテト用だ。先生と生徒と厨房スタッフ全員分用のジャガイモが入った箱は、僕の横に山のように積まれていた。明日も明後日も、その次の日も、メニューにはジャガイモ料理が入っている。剥いても剥いても終わりが見えない。


 ジャガイモを握る左手は皮の土がこびりついて泥色になり、包丁を持つ右手の親指は痺れてきた。すでに100キロ以上は剥いたぞ。


 僕は、壁に背を付けたまま、ずるずるとへたり込んだ。


「これって、何の罰ゲームだよ?」


 ついに僕は、禁断の愚痴(ぐち)を吐いてしまうほどに追い詰められた。




 だが、何より恐ろしい現実は、別にあった。

 この過酷な環境に、ローズマリーは平気だったのだ。




 僕がこれから皮を剥く予定のジャガイモすべてへ呪いをかけそうな気分に(おちい)ってまもなく、ローズマリーがおやつに冷たいレモネードを持ってきてくれた。


 ローズマリーのおかげで僕の気分は良くなり、ジャガイモへ呪いをかけずにすんだ処へ、リリィーナ教官がひょっこり現れた。右肩当てのついた狩猟用ジャケットに銃身の長いライフル銃を(にな)い、狩猟が趣味の田舎紳士という()()ちだ。


 ふたりともがんばってるね、と、にこにこして、


「はい、おみやげだよ」


 背中に回した左手に持っていたものを、ひょいと僕の方へ差し出した。

 僕は反射的に受け取るべく、手を差し出した。


 フニャ。


 こんもりした柔らかな毛の塊だ。


 純毛100パーセントだよな、これ。

 どこかで見たことがある……。


「今日はやけに調子が良かったんだ。狩り小屋には、全員の分が(まかな)えるくらいに置いてあるぞ。今夜はウサギのシチューを作ってもらおう」


 このとき僕は、心のどこかで、リリィーナ教官の言葉を理解することを拒否していたようだ。自分が持っているモノの正体を、リリィーナ教官の口から聞くまで、僕はそれが、ただの毛皮の塊だと信じていた。


「えっ、ウサギを食べるんですか?」


 長い2本の耳、猫くらいの大きさの柔らかい毛皮の塊は、氷のように冷たい。

 リリィーナ教官は親切に教えてくれた。


「そう、これは野ウサギだよ。日本人には馴染(なじ)みが無いかな?」


「これ、本物、なんです、ネ……」


 つまり、これは、ウサギの死体……?


「あははっ、もしかして、本物を触るのは初めてだった?」


「は、ハイ、ハジメテ、デス」


 僕はカチコチに固まった。手が震える。だめだ、ローズマリーには震えているのを知られたくない。なんとかしなくては。そうだ、ウサギをリリィーナ教官に返すんだ。だが、その思惑は虚しく裏切られた。

 リリィーナ教官が腰の後ろに回して戻した左手には、細いロープで括られた複数のウサギが掴まれていた。


「良いウサギだろ。ははっ、サー・トールは街の子だったな。狩りの獲物を見るのも初めてか」


「あら、ウサギ! まあ、4羽も!」


 硬直している僕の後ろで、ローズマリーのはしゃいだ声がした。


 へえ、ウサギって、1羽2羽と鳥みたいに数えるんだね。ローズマリーはもの知りだなあ。


 ローズマリーはリリィーナ教官に礼を言い、右手で差し出されたウサギ4羽を纏めているロープを受け取っている。


 僕が冷たいウサギを両手で捧げたまま硬直していたら、そのウサギの耳をローズマリーは左手で引っ掴み、僕の手からサッと取り上げた。


「悟くんは、ウサギが苦手なのね。わたしにまかせて!」


「う、うん」


 僕はぎこちなくうなずいた。ローズマリーは僕を助けてくれたんだ。なんて優しいんだろう……。

 リリィーナ教官は僕の様子をぜんぜん気に掛けず、ローズマリーの持つウサギを見て言った。


「これね、まだ内臓を抜いていないんだ。君、毛皮を剥ぐところから平気かな」


「もちろんですわ」


 ローズマリーが微笑む。

 会話の内容はともかく、彼女はいつも、何をしても、絶対に可愛い。たとえそれが、僕の感性とは相容れぬ残酷無比な所業であろうとも。


「さすがは、ポピィ教授の教え子だね。皮剥ぎのコツも知ってる?」


 リリィーナ教官の口調は、僕がジャガイモの皮剥きについて話すのと変わらない。


「ええ、修道院では……あの、わたしの育った実家では普通に食べていましたし、ここでの調理実習でも、処理の仕方は習いましたわ」


 なんだ、ローズマリーはウサギ肉を料理したことがあるんだ。僕が知らないだけで、ここでは普通の食肉なのだろう。そういえば、日本でもどこかの地方には食べる習慣があったっけ。


 でも、毛皮剥ぎから内臓抜きまで授業で教えるなんて、学校の調理実習はえらくサバイバルな内容だな。ポピィ教授は上品なご婦人にしか見えないけれど、じつはワイルドなアウトドア派なんだろうか。


「なるほど、じゃあ残りも全部持ってくるから、待っててね」


 リリィーナ教官は、右肩に掛けた銃の背負い紐を右手で握り直した。残りの獲物は、ここから少し離れた狩り小屋に置いてあるという。


 あとどれだけあるんだよ!?


「こんなにたくさんあるなんて、信じられないわ。今夜はすごいごちそうね。あ、明日の分もあるかしら」


 ローズマリーは輝くばかりの笑顔だ。

 何がそんなに嬉しいのだろう。


「ロー、ズ、マリー、あの、どこへ、行くの?」


 僕は自分の両手を前に突き出した格好で訊ねた。猛烈に、流水でゴシゴシ手を洗いたかった。僕はあらいぐまか!?、でも、やっぱり手は洗いたい、ウサギの死体を触った手を、すぐにきれいに洗いたいんだッ!!!


「もちろん、お庭よ。あとで厨房のお掃除をするのはたいへんだから、内臓の処理は外でするの」


 ローズマリーはウサギを庭の木製作業机に置き、厨房から、銀色の金属製バット5枚を持ってきた。5枚重ねたらけっこう重量があるそれを、ローズマリーは片手で難なく持ってきた。それに大きなバケツも。


 この庭にはポンプ式の井戸がある。


 野外キャンプ施設の厨房は水道が引かれているので、井戸水はもっぱら掃除や洗濯用だ。綺麗な水は飲料水にもできるから、野外料理の時にも使用している。


 ローズマリーは、薪割りに使用される大きな切り株の作業台にバットを置いた。それからまた厨房に戻り、右手にサバイバルナイフのようなギラつく刃の包丁を持ち、左手にウサギを持って、再び庭に出て来た。


「フン、フン、フーン……」


 ついにローズマリーは、鼻歌混じりに、次々とウサギを解体し始めた。


 そのあとは悪夢のようだった。


 ローズマリーの手捌(てさば)きはあざやかだった。

 鋭いナイフが銀色に閃くさまは、華麗ですらあった。


 ほどなく、リリィーナ教官が残りのウサギを届けに来た。


 僕は、生まれて初めて、英国ガーデン風のハーブが植えられたお洒落な庭に、食肉用ウサギが30匹以上積まれた光景を見た。

 それは、僕がこれまでの短い人生で体験した、最大にして最悪のスプラッタ極まりない光景だった。

 しかもそれを、嬉々として現出しているのが、自分の大好きな女の子!


 取り出されたウサギのお腹の中身はローズマリーの足下のバケツに溜められ、そこから強烈な鉄錆(てつさび)に似た臭いが溢れ出した。ものすごい動物の臭いと糞の臭いも入り混じっている。


 僕は足が震えた。さらに追い打ちをかけるように風向きが変わり、濃密な血生臭い空気に包まれた。


 一気に吐き気が込み上げる。


 僕はローズマリーに声も掛けず、建物へ駆け込んだ。

 厨房の中を走り抜ける。


 あった、トイレ!


 さいわい、他の利用者はいなかった。僕は手を洗うよりも先に、胃が空っぽになるまでトイレを占領した。




……ああ、苦しかった。


 朝食をすべて逆流させた僕の胃は、昼になっても、食欲ゼロ。昼食は一口も食べられなかった。チーフシェフには顔色が悪いと言われ、午後からの仕事を免除してもらった。残りのジャガイモはローズマリーが引き受けてくれる。


 ローズマリーによると、魔法でジャガイモの皮剥きはできないらしい。家政学の授業でポピィ教授に習ったという。

 生徒に百キロのジャガイモの皮を剥かせるより、ポピィ教授はジャガイモの皮剥き魔法を研究開発すべきだと僕は思うぞ。


 ローズマリーが厨房の仕事に戻り、一人になった僕はある決心をして、リリィーナ教官のコテージに押しかけた。


「僕を一緒に狩りに連れて行ってください。そして僕に、獲物の(さば)き方を教えてください」


 午後3時のおやつタイム、安楽椅子で優雅な読書タイムを楽しんでいたリリィーナ教官の前で、僕はビシッと頭を下げた。


 刻を数えること、3秒。


 リリィーナ教官の軽い溜め息が聞こえた。パタンと本を閉じる音。


「事情はわかった。こっちは、そんな死にそうな顔色で言われても困るんだが……。で、結論から言うと、ダメだ」


「どうしてですか!?」


 顔を上げた僕の前で、リリィーナ教官は本を丸テーブルのコーヒーカップの横に置いた。本の表紙は帆船のイラストだ。


 ローズマリーも大好きな『境海世界の物語』最新刊じゃないか。


 このノンフィクションエッセイは、数百年以上に渡って境海世界中を旅している偉大な魔法使いピリオリアン・ペリアンダーストンの旅行記だ。不定期刊行ながら、その巻数は百巻を越える。今年は数年ぶりに最新刊が発売され、白く寂しい通りの本屋では発売日に売り切れたという。現在は重版待ちの、境海世界一有名なロングセラーである。


 まさか、僕の頼みを断るのは、読書で忙しいとかいう理由じゃ……。


「だってほら、学校があると忙しいから、夏休みはゆっくり読書をしたいし」


 うわ、本当にそれを言うか!? さすがはリリィーナ教官だ。


「でも、毎日狩りには行ってるじゃないですか」


 ウサギ狩りとは知らなかったが、リリィーナ教官は毎日狩りに行っている。今朝も早くからライフル銃を担いでコテージから出て行くのを、僕は厨房の裏庭で朝食と夕食に使うマッシュルーム100キロの掃除をしながら目撃した。


 リリィーナ教官なら、僕を連れて行く余裕くらいあるはずだ。まさか、狩りはあぶないとかいう一般的すぎる理由で、断る気じゃないだろうな。


「わたしが狩りに行くのは、趣味と実益を兼ねているんだ。ついでにみんなの夕食にもなるからね」


「そのついでにお願いします。狩りの助手とか荷物持ちとか、なんでもしますから、僕にサバイバル料理の作り方を教えてください」


「わたしにサバイバル料理の作り方を頼んできたのは、君が初めてだよ」


 リリィーナ教官が愉快そうに目を細めたので、僕は期待したが、


「でも、やっぱり無理。夏休みの課題以外で、個人指導は禁止されているんだ」


「え、どうしてですか?」


 やっぱり、狩りはあぶないから生徒は連れていけないのかな。


「さすがに生徒の希望を全部引き受けていたら、先生の休暇がなくなるからね。生徒数の方が多いんだから」


 あ、そうか。

 僕は普段から何かあるとリリィーナ教官の処へ直行しているけど、他の生徒は個人的に親しい先生なんていないしな。


「サバイバル料理ねえ……。そういや、野外キャンプの企画があったけど……でも、なあ……」


 リリィーナ教官は気乗りしないふうに視線を泳がせている。その独り言はいやにはっきり僕にも聞こえた。

 わざと僕に聞かせる意図があったとわかるのは、後で、野外キャンプが始まってからになるが。


「じつはね、男子向けの夏休み企画があったんだけど、ボツになったんだ。本当の野外キャンプをして、ついでに基礎体力を鍛える訓練をしようって話があったんだけどね、立ち消えになっちゃって……」


「なぜですか」


「ローズマリーがお茶会をしたから」


 ふいに、生真面目この上ない表情になったリリィーナ教官を、僕はまじまじと見つめた。


 なぜ、ローズマリーがお茶会をしたら、キャンプ実習企画がボツになるのだろうか。その因果関係が、僕にはわからない。

 そんな僕の疑問を読み取ったように、リリィーナ教官はその理由を説明した。


「あれで、カップルがたくさんできただろ。この夏は、みんなデートするのに忙しい。なのに男子限定のホントのキャンプ研修なんかしたら、暴動が起きるんじゃないかって、夏前の会議で結論が出てね」


 なるほど、男ばっかりのキャンプも面白そうだけど、どちらがいいかと聞かれたら、僕だってローズマリーと涼しい森を散歩したり綺麗な湖の側へピクニックに行く方を選ぶと思う。


 でも、それと、僕がウサギの料理方法に慣れたいのとは、話が別だ。


「僕は興味があります。どのくらいハードなんでしょうか」


「ええっと、自力で食事の仕度をしたり、昼間はスポーツトレーニングをいろいろしたり? サバイバル訓練の一環として、仕掛け罠の作り方とか、獲物の捌き方を指導するようなメニューも、一応、考えていたんだけど……」


「僕はぜひ、やりたいです!」


 それこそまさに、今の僕が求めているサバイバルな真の野外キャンプ研修!

 リリィーナ教官は嬉しそうに目を細めた。


 その微笑みを見た瞬間、


――おい待て、悟、もう少し慎重にせよ、軽々しくうなずくな。相手はあのリリィーナ教官だぞ、どんな裏があるかわからないじゃないか!


 と、僕の生存本能が警告を発したような気がした。


 きっと気のせいだ、と自分に言い聞かせる。


 このときの僕は、いかにもアウトドアっぽいメニューがてんこ盛りの内容に強烈に()きつけられ、他の事は見えなくなっていた。

 リリィーナ教官がどれほど嬉しそうな笑みを浮かべていたかということにも。


「そうか、君がやるなら、アイルズ達も参加するな。人数が揃うなら、夏休みの計画に組み込んでもいいんだよ。これから他の先生方に相談してくるから、ちょっと待っていなさい」


 今日の夕食後には連絡する、と、リリィーナ教官はその日の午後、先生の緊急会議を召集した。


 僕はワクワクして、リリィーナ教官の連絡を待っていた。


 すっかり気分が直った僕は、夕食のメニューにウサギのシチューが出されても平気……ではなかったが、お腹が空いていたので、とりあえず完食した。

 絶対、僕はベジタリアンにはなれないと思った。





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