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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
第四章 新米魔法使い達の夏~野外キャンプは二週間~

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(一)サラマンダーの夢をみた

 サラマンダーの夢を見た。

 

 このとき、永遠の夜の世界に、僕はいた。

 足の下は真っ黒な地面だろうか、周囲は見渡す限り黒い空間だ。

 だが、真の暗闇ではなかった。


 僕の真正面には、炎が真っ赤に燃えさかっている。巨大な炎だ。真夏の太陽のごとく、明るく熱い。僕は、現実なら直視できないまばゆい炎の輝きを、夢の世界でのみ許されたクリアな視力で見据えることができた。


 僕のすぐ前に、紅蓮(ぐれん)のオーラをまとった火蜥蜴(ひとかげ)サラマンダーがいる。


 世界を構成する四大元素のひとつである、火。精霊として顕現したものがサラマンダー、蜥蜴の形を持つ幻獣だ。永遠に消えることのない炎と熱の塊は、その歩むところ、すべてを焼き尽くす。


 サラマンダーは、炎を目指して這っていき、やがて炎の中に消えた。


 僕は、その炎を見つめた。

 明るい炎は闇の中にいる者を惹きつける。

 僕はサラマンダーの後を追っていきたくなった。

 炎を凝視し、右足を踏み出した。


 とたん、左肘を掴まれた。


(さとる)、あちらへ行ってはいけない」


 後ろに人がいた、とは!


「どうして、あの炎の中へ行こうとしたのかね?」


 彼の目線は僕より少し高い。頭の形に沿って短めに刈られた黒髪の、彫りの深い顔立ちだ。年の頃は20代後半にも見えるし、落ち着き払った表情は、もっと年輩にも思える。謎めいた男は濃い緑色の目で僕を見下ろしている。


 思考のどこかで、これは夢だ、と認識している自分がいる。


 眠りの中に居るはずの僕の頭は、クリアな夢の視力と同じくらい、明晰(めいせき)()めていた。


「あのサラマンダーを追いかけようとしたんです」


 僕は正直に答えた。僕を見下ろすこの男は、どこの国の人だろう?……と思った僕は、この境海世界で外国人という認識に意味があるのか、自信が無くなった。

 そもそも多次元管理局では、地球での国籍は意味をなさない。


 多次元管理局のある第ゼロ次元を中央として、境海世界は重なりあったトランプのような多重構造だ。だから、境海の地図とはトランプ一枚上のものしか描けず、共通の文明圏にある人間にしか通用しない。別のトランプカードとは、また別の世界なのだ。


 僕の彼女のローズマリーにとっては、僕なんか外国人どころか異次元人だ。


 他にも、多次元管理局の局員は、あらゆる世界からの人材が集められている。


 例えば、リリィーナ教官だ。あの人は、僕と同じ人類かどうかすら定かではない。だから、目の前の彼がどんなに遠い外国の人でも、今はここにいる。ただそれだけの事実を認めればいい。

 彼が僕にとって危険な人間か否かは、これから見極めることだ。


「火に入れば、火傷(やけど)する。(おろ)かな行為だ」


 謎めいた男の口調は強くはなく、非難めいてもいなかった。それが世の常識なのだ、と教科書の内容を教え子に説く、教師のような印象を受けた。


「火の中へ飛び込むつもりはありませんでした」


 でも、僕以外の人には、まっすぐ火に向かって行くように見えただろう。それを弁解したものかどうか考えた一瞬後、謎めいた男の方が先に喋った。


「だが、火蜥蜴(サラマンドラ)の後を追えば、自然とそうなる。それは理解できるね」


謎の男のサラマンダーの発音は、ひどく古風なイントネーションに聞こえた。


「はい、それはわかります」


僕は、目線を落とした。


「では、自分の行動は(りつ)さなければならない。自分を制御できない者が火と熱情を(つかさ)どる化身を捕らえることはできないのだ」


 謎の男は薄黄色の衣を左肩から袈裟懸(けさが)けにまとっている。裾は長く、足首まで隠れていた。その下には襟ぐりがまるく開いた半袖のTシャツみたいな服を着込んでいる。


 僕は直感した。彼は古代ローマ人だ。袈裟みたいな布は、トガという。その下の、襟ぐりがまるく開いた半袖のTシャツみたいなのは、トゥニカというゆったりしたシャツだ。これは古代ローマの市民が着ていた衣服だ。僕は心のどこかでこの推察は正しいという確信があった。


 僕は、古代ローマ人との会話を続けた。


「サラマンダーは危険だと知っています」


 家政学の調理実習室で起こった爆発事故を思い出す。


 あれはローズマリーがサラマンダーを見た事件だったという。

 僕が見ているこの夢はローズマリーの見たサラマンダーと何か関連があるのだろうか。


 この古代ローマ人は何者なんだろう。


 魔法学の授業で習った、夢の分析学を思い出す。

 人間の意識は無意識の領域で、人類の意識の海に繋がっているという。それが集合的無意識と呼ばれる、夢に通じる精神世界だ。


 そして、人間には起きて行動している時に思考する意識とは別に潜在意識があり、そこには高次元(ハイヤー)自我(セルフ)がある。それは『賢者』とも呼ばれる、さまざまな導きを与えてくれる知恵ある存在だ。


 賢者に会う方法はいくつかある。魔法を使うための精神的な訓練などだ。あるいは何もしなくても、僕らのように魔法を学ぶ者が導きを必要としたときに夢の中へ訪れることがあるという。


 この彼が僕の賢者なのだろうか。僕の潜在意識が夢の登場人物として創造したにしては、やけにリアルだ。僕の身近にいる誰か――たとえばポール教授やリュウ先生をモデルにして合成したのだろうか……。


「恐れることはない。あれは君の身内だ」


 古代ローマ人は親しげに微笑んだ。

 ふむ、教えてくれるところは賢者っぽいな。


「あなたは誰です?」


 僕は率直に訊ねた。これが夢の中ではなく現実での邂逅であったとしても、最初の質問は同じだっただろう。


「わたしは――だ」


 だが、肝心の彼の名前は聞き取れず、夢は途切れ……――。




 夢なんて、朝目覚めれば、ほとんど忘れているものだ。


 だが、僕は、夢で出会った男の顔とサラマンダーの蜥蜴めいた形の細部までを、詳しく思い出すことができた。


 奇妙に落ち着かない気分は、朝食の後も続いた。

 僕の頭の中で、夢が繰り返し再生される。

 永遠の夜の世界、燃えさかる紅蓮の炎へ這っていくサラマンダー、そして、トガをまとった古代ローマ人の姿をありありと思い出す。


 昼食になる頃には怖くなったほどだ。


 それでも時間が経つにつれ、映像の鮮明さは変わらなくても、怖い気分だけは少し落ち着いてきた。

 僕は授業が終わるとすぐに、ローズマリーを教室まで迎えに行き、一緒に白く寂しい通りにある喫茶エクメーネへ、お茶を飲みにいった。最近はこれが放課後のデートコースになっている。




 夏休みまであと一週間。


 僕ら一般教養課の生徒は、夏休みの宿題を考えていた。

 この学校では、苦手科目と得意科目を一つずつ選んで自主課題として申請する。指導が必要なら、担当の先生が付いてくれる。


 僕は一つに剣道の自主練を提出し、すでに承認されていた。毎朝のジョギングと素振り稽古だ。日々の体力作りに細かい指導は必要ないので、剣道の指導教官の滝田(たきた)(ジェイ)先生(せんせい)には、毎週末に稽古をつけてもらう予定だ。


 男子は体育系のスポーツを課題に選ぶ生徒が多い。


 そして、二つ目の課題に選ばれる筆頭が、魔法学だ。

 この学校へ来る生徒の大半は、魔法使いになりたくて、はるばる境海世界を越えて留学している。上達したい科目の筆頭は魔法学だった。

 



 僕らは寮のリビングルームで、魔法学のテキストを広げていた。


世界を構成するのは、地水火風の四大元素、それらを司る四大精霊の力を借りて現象を起こす魔法が精霊魔法だ。

 目下、アイルズとカイルは精霊魔法を繰り返し練習している。


 僕は、魔法学系は性に合うのか、知識も実技も苦もなくこなせた。おかげで魔法学は最高点である特Aの評価をもらえた。


 だが、僕と一緒にグループ課題をやり遂げたアイルズとカイルは、評価こそAをもらえたものの、実技が苦手だという。そんな二人に頼まれて、僕は精霊魔法のお手本を見せることになった。


(イーグニス)


 僕の右手の平の上に小さな炎が燃えたった。手の平にほんのりした温かさを感じるが、熱くはない。

 アイルズとカイルは、僕の手の上で揺らめく火を、じっと見つめている。


「どうして、そんなに楽々とできるんだろう?」


 アイルズが眉間に縦皺をよせた。ガールフレンドのエリカちゃんの前で喋っているときよりも真剣な表情だ。


「いまの、ラテン語だよな」


 カイルに言われて、そういえば、と僕は気付いた。 自分では普通の日本語で「火」と言っていたつもりだけど、ラテン語を使っていたのか。


 ラテン語は魔法の呪文というわけではない。

 魔法学の授業では、地球での魔術によく使われる古い言葉として紹介された。この学校で学ぶ魔法は、特定の呪文は存在しない。僕が魔法を使うときに何か言葉を呟くのは、その方が集中しやすいからだ。


 きっと、僕にとっては異国の言葉で、とても魔術っぽい響きだから、魔法と結びつけて使うようになったんだろう。


「いや、そういう問題じゃなくて、ふだん使わない言葉が、意識せずに出てくるのはおかしいだろう」


 カイルはクイと左の眉だけを上げた。


「そうかな、彼はサー・トールだ、僕はおかしいとは思わない。うちのクラスで一番優秀な学生じゃないか」


 アイルズは妙な具合に納得しているようだ。カイルはその言い方が気に入らなかったらしく、ムッと口元を歪めた。


「それじゃ、クラスで二番目のアイルズくんは、意識せずにラテン語を使うのか」


「いいや、英語を使うね。寝言では母国語が出るのと同じ理由さ。誰だって、普段の生活では、自分の育った環境で日常的に使用されている言葉を使うものだろう。それが第一言語ってやつだよ」

「サー・トールの第一言語は?」


 カイルの疑問に、


「僕は日本人だよ」


 当たり前のことだけど、念を押した。


「日本語だね」


「日本語だよな」


 アイルズとカイルも頷いた。


「やっぱり君は変わっているよ」


 アイルズはやけに神妙な顔付きで付け足した。


「やっぱり、天才なんだな」


 カイルも大真面目だ。

 なんだか話が妙な具合になってきたので、僕は慌てて手の平を打ち合わせて火を消した。パシンと小気味よい音が響き、両手を左右に振った。


「僕は天才じゃないよ。魔法学が好きなだけさ」


 そのあとも二人のために、僕は何度も小さな火を点した。

 他にも、室内に風を起こして壁のタピストリーをはためかせたり、紅茶を飲み終えたマグカップを、空中の水分を集めて作った水滴で満たしたりした。


 僕は、これまでに習った精霊魔法はすべて難なくこなせた。これ以上の練習は必要なさそうだ。

 でも、アイルズとカイルと同じグループで夏休みの時間を共有したかった僕は、二つ目の課題を魔法学で申請した。




 次の日の昼休み、いつものようにアイルズ達と食堂へ行った僕は、これまたいつものようにリリィーナ教官に会った。

 リリィーナ教官は、僕を見て、わずかに眉をひそめた。リリィーナ教官が他人に感情を読まれるほどに表情を変えるのは珍しい。


 僕と一緒にいたアイルズはその変化に気付かなかったと言っていたが……。


 リリィーナ教官はいきなり話しかけてきた。


「サー・トール、君、寮で精霊魔法を使ったね」


 なんでわかったんだろう。


「アイルズ達と精霊魔法の練習をしていました」


 魔法学にも宿題や課題があるから、寮で魔法の練習をすることは許可されている。怒られるようなことは何もないはずだ。


「君は簡単にできるんだから、火を付ける魔法は練習しなくてもいいだろう。魔法は魔法だから、火を点けすぎないように気を付けなさい」


 リリィーナ教官はそれだけいうと、僕から離れていった。


 僕はピンポイントに火の魔法、と指摘されたことに驚いた。


 この会話は、なんとなく、あのサラマンダーの夢と関係があるような気がした。

 サラマンダーの夢を見たことを、リリィーナ教官に話した方がいいのかな……?


 僕は迷い、やっぱりやめた。


 特に困ったこともないのに、夢の話をするのは恥ずかしい。




 ローズマリーのお茶会が終わったその夜、僕はサラマンダーの夢を見た。

 正確にはサラマンダーと、古代ローマ人が出てきた夢だった。


 もしかして、家政学課の調理実習室で爆発事故を起こしたサラマンダーが、僕の夢に住み着いたかもしれないなんてことはないか?


 だが、リリィーナ教官との会話から数日すると、サラマンダーの夢の記憶も、かつて見終えた映画のように、いつの間にか僕の記憶の片隅に整理されていた。


 それきり僕は、リリィーナ教官との会話を忘れた。




 僕は、野外キャンプの責任者であるヒルダおばさんに、ローズマリーの補習を手伝いたいと申し出た。

 その希望は、すんなり許可された。それはもう、恐ろしいほどスムーズに、僕の申請は通された。

 これで僕は、ローズマリーと長い休暇をともに過ごせる。


 よもや、この選択が、波乱万丈にしてトラウマすれすれの思い出に満ちた夏休みとなる灰色の幕開けとも知らずに――――。


 そして、僕らの夏休みが始まった。






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