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魔法学園物語~サー・トールの恋愛事情~  作者: ゆめあき千路
番外編 ローズマリーの裏事情~彼女がお茶会を主催したわけ~

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18/60

(三)偉大な魔法使いは慧眼にして多くを語らない

「ローズマリーッ!?」


 この声はリリィーナ教官。


 ええと、何がどうなったんだっけ。


 そうだ、わたしが修道院にいた頃、厨房のカマドで何度も爆発が起こった原因を、リリィーナ教官に訊いたことがある。

 わたしはサラマンダーと相性が悪いとか。


 あ、ここの授業でも、同じようなことを習ったわ。


 わたしのように、生まれながらに精霊の力を身の内に持っている者は、きちんと制御ができなければ、なにかのきっかけで四大精霊の力の欠片がいびつに生じてぶつかり合うとか、なんとか……。

 たとえば、本来いるはずのない場所に火の精霊サラマンダーが現れて、わたしが必死で集中して睨めっこしてしまったら。


 それも、ぶつかるってことの一種かも……。


 わたしは顔の前から両腕を下ろした。


 調理実習室の入口に、明るいグレーのサマースーツを着たリリィーナ教官がいた。右手には銀の短剣を携えている。その後ろに薄茶色の結い上げた髪が見える。ヒール高めの靴のせいでリリィーナ教官より頭一つ分背が高い、ポピィ教授がいらしてくださった!


「うわー、こりゃまた派手にやったね、ローズマリー」


 リリィーナ教官は、褒めるみたいな口ぶりだった。


「早くおどきなさい、リリィーナ。ローズマリー、ケガはありませんか?」


 リリィーナ教官の肩を叩き、ポピィ教授が前に出た。濃紺のドレススーツに臙脂色(えんじいろ)のリボンタイ。今日は授業が無いからエプロンは付けられていない。


 わたしが震える口を開く前に、リリィーナ教官が喋った。


「ご安心を、ローズマリーにはかすり傷一つありません。魔法の護りは効いています。ほかは見事に壊滅状態ですけどね。わたしからすれば、このくらいはかわいいもんでしょう」


 クスッと笑ったリリィーナ教官を咎めるように、ポピィ教授は、エヘン、と小さく咳払いした。


「口を慎みなさい、リリィーナ。あなたは家政学課のことは気にせずともよろしい。それよりサラマンダーをお探しなさい。ローズマリー・ブルー、何が起こったのですか」


 ポピィ教授にまっすぐ目を見られ、わたしは震え上がった。ポピィ教授は生徒に慕われているステキな方だけど、すごく厳しい先生でもあるのだ。


 わたしは床に座り込んだまま、サラマンダーが出現したこと、エリカに先生を呼んでくるように頼んだことや、めん棒を投げたりレモン水を床にぶちまけたことも、包み隠さず説明した。


 わたしは夢中で喋っていたのと、お二人の態度がとても冷静だったので、周囲の惨状に気付くのがワンテンポ遅れた。


 調理実習室と隣のパーティ室は、原型を留めていなかった。


 壁や天井は焼け焦げて真っ黒。流し場とキッチンカウンターは、水道官が床からはみ出しているからそこだったとわかる。調理実習室の一角を閉めていた巨大オーブンは、跡形も無い。


 爆発の中心だったから、粉々に砕け散ったのだろう。爆風は窓から抜けたらしく、窓のあった壁は天井から床まできれいに無くなり、そこから外の庭と学園を囲む鉄柵の向こうの白く寂しい通りの景色まで見えていた。


 隣室との境だった仕切り壁も無くなり、大テーブルがあった場所には焼け焦げた床に無数の黒い塊が転がっている。

 たくさんのお菓子と料理は原型をとどめぬ炭と化した。


 お茶会は中止だ。こんな状態でお客様をお招きできるわけがない。エリカと二人で1週間、あんなに一所懸命に準備をしたのに、こんなにメチャクチャになるなんて、(むご)すぎる。


 わたしはあまりのショックに呆然として、泣くことも忘れていた。


「それで、ローズマリー、あなたはどうして、一人でサラマンダーの居る場所に残ったのですか。危険に遭遇した場合は逃げなさい、と授業でも教えたはずですよ」


 ポピィ教授にさらに尋ねられ、わたしはうつむいた。


「それは……」


 わたしは、急に目の縁が熱くなった。ああ、そうか。わたしはサラマンダーへの対処方法を間違えたのだ。

 涙がぶわっと溢れてきた。

 わたしが間違えたから、エリカと一緒に1週間かけて準備したものが、何もかも消し炭になってしまった。わたしが、悪いのだ。


「サラマンダーから目を離して、どこかへ潜り込まれたら、わからなくなるかもしれません。お茶会のお菓子が黒焦げにされるかも、と思ったら、目を離せませんでした。わたしは修道院に居た頃に何度もサラマンダーに遭遇しています。見張るくらい、出来ると思ったんです。先生がすぐに来てくださると信じていましたから」


 わたしの膝の上には涙の滴がポトポト落ちた。


「サラマンダーはいませんね」


 リリィーナ教官がオーブンのあった辺りから戻ってきた。


「ここにいたのは、確かにサラマンダーなのですか、リリィーナ?」


 ポピィ教授の訊き方は冷ややかだ。リリィーナ教官もポピィ教授の教え子らしいのに、わたし達への接し方とはえらく違う。


 もしかして、あの噂のせいかしら。


 リリィーナ教官が家政学の教室へしょっちゅう来るのは、護身術を教えるのとは別に、調理実習で用意される食事が目当てだとか。でもまさか、偉大なポピィ教授の教え子が、家政学関係の魔法が使えないなんてあるはずがない……。


「痕跡はありました。かなり古い火の精霊のようですね。この学園にいる誰かの眷属なのでしょう。ここへ来たのは偶然ですよ」


 リリィーナ教官はわたしの方へチラリと目をくれて、


「花の聖母修道院にいたサラマンダーとは、まったく違うものなのは保障する。この調理実習室には二度と来ないから安心しなさい」


 リリィーナ教官の保障をもらい、わたしはやっと涙が止まった。


「では、火の精霊の後始末は、あなたに任せますからね」


 ポピィ教授はジロリとリリィーナ教官に横目をくれた。


「かしこまりました。それで、この調理実習室は、どうされますか」


「そうね、これでは、今日のお茶会はひらけませんね。10時まであと15分もありませんし……」


 ポピィ教授は顎に右手を当て、改めて状況を確認している。


 エリカが調理実習室の入口から覗いた。

 目をまるくしている。

 驚きすぎて言葉も出ないようだ。


 わたしの側に来るまでの足取りは、可哀相なくらい、カタカタと震えていた。


「ローズマリー、よく無事で……」


 エリカはわたしの側に、ペタンと座り込んだ。


「エリカ……ごめんなさい、メチャクチャになっちゃったわ」


 口に出して言った途端に、止まっていた涙腺がまた決壊した。

 わたしとエリカは両手を握りあい、うわーん、と泣き出した。

 だめだ、わたしの涙はしばらく止まらなさそう。


 あらら2人とも泣いちゃったか~、リリィーナ教官が呟いた。


「しょうがないか、あんなに頑張って作ったお菓子が、全部パア、だもんね」


「この子たちはまだ十五歳の女の子ですからね、この惨状では泣きもするでしょう。リリィーナ、家政学課の大先輩として、あなたがなんとかしてやりますか?」


 ポピィ教授に訊かれたリリィーナ教官は、


「あっはっは、そりゃー、無理です」


 明るく即答した。


 なんなんだ、この人の言い草は。わたし達が大泣きしているのに、ぜんぜん気にならないみたい。わたしは泣きながらもエリカの頭の陰から、ポピィ教授とリリィーナ教官の様子をこっそり窺った。

 ポピィ教授は眉間に縦皺を刻み、首を横に振っている。


 リリィーナ教官は言葉の明るさそのままに、アッケラカンとした笑顔だ。

 おおっと! ポピィ教授がこちらを向いた。

 わたしは慌てて目を伏せた。悲しくて涙が止まらない。でも、期待してくれていた人達には謝らなくちゃ、と心のどこかはすごく冷静になっていた。


「さあさあ、二人とも、泣かなくていいのですよ」


 ポピィ教授は、今日はじめての優しい声音になった。


「だって、だって、なにもかもメチャクチャで、今からお菓子の作り直しなんか、ぜったいにできませんもの。みんなに何て言えばいいか……」


 エリカがしゃくりあげながら訴えるその横で、わたしはグズグズと鼻をすすりあげた。さすがにわたしも、この惨状を悟くんには知られたくない。わたしにだって、失敗したら恥ずかしいという羞恥心はあるのだ。


 招待客はまだぎりぎり寮にいる時間だ。ポピィ教授から舎監のヒルダおばさんへ、お茶会は中止だと連絡していただこう。間に合えばいいけれど……。


「ローズマリー、エリカ」


 ポピィ教授に優しく名前を呼ばれ、わたしとエリカは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。


「泣かなくてもだいじょうぶですよ。あなた達は今日のお茶会のために用意したお料理もお菓子も、しっかり記憶しているでしょう。だったら、調理実習室もとなりの会食室も、元通りにすれば良いだけです」


 ポピィ教授の言葉が終らないうちに、サアッ、と一陣の優しい風が、調理実習室を吹き抜けた。

 次の瞬間、空中に黄金色の泡めいた光が大量に出現した。無数の光はふわふわと漂い、破壊された黒い室内をまばゆい黄金色に照らし出した。


 それは30秒と経たない間のこと。


 ハッとしたら、視界からは炭の黒色が見えなくなっていた。次には、室内に満ちていた淡い黄金色の光が、すう、と薄れていく。


 光の引いた後には、白い天井と壁があった。きれいな床には塵一つ落ちていない。調理実習室のオーブンやガスレンジは完全に元通りで、流しやキッチンテーブルに置かれた調理器具は、所定の場所にきちんと片付けられていた。


 パーティルームへ目をやれば、紅や白や黄色やピンクの薔薇が、天井まで飾られていた。真っ白なレースのテーブルクロスが敷かれた大テーブルには、お菓子や料理の大皿が所狭しと並べられている。そのご馳走の種類と量たるや、わたしとエリカが作った時よりもゆうに三倍以上ある。


 さらに、わたしはご馳走の中央に、サラマンダーに破壊される前とは決定的に異なる物を見出した。

 10キロはありそうなローストビーフの塊、艶やかなローストチキン、特大ハムの丸焼きだ!


 天国の晩餐会のメインディッシュもかくやと思うほどに、おいしそう!


 なのに、エリカは、唖然とした表情で固まっている。

 ポピィ教授とリリィーナ教官は、すぐに言葉が出ないようだ。


「……いつもながら、お見事ですが……しかし、予定ではここまで豪華なメニューでしたっけ?」


 リリィーナ教官は目をすがめていた。


 破壊された室内を元通りにし、前よりも素晴らしいご馳走を作り出したのは、ポピィ教授の魔法だ。ポピィ教授は、わたしが憧れ続けた夢と希望と理想のお茶会の卓を、魔法で忠実に、完璧に、再現してくださったのである。


「ええ、まあ……。これが、ローズマリーの夢とは……?」


 珍しく言葉を途切らせるポピィ教授を、わたしは尊敬の眼差しで見上げた。


「すばらしい魔法ですわ! これこそわたしが想像した、最高のお茶会メニューです。これでお茶会が出来ますわ!」


 わたしの勢いに押されたように、ポピィ教授は軽く頭をのけぞらせた。それからおもむろに卓上を見回すと、重々しくうなずいた。


「あなたの想像力には負けましたよ、ローズマリー。たしかに豪華なメインディッシュがあった方がお客さまも嬉しいでしょう。なにはともあれ、これでお茶会はできますね。では、あとはあなた方にまかせましたよ。私はちょっと用事を思い出しました」


 ポピィ教授は、ロングスカートの衣擦れの音も軽やかに、そそくさと調理実習室を出て行った。


「どうするのよ、こんなに大量の料理、私達だけじゃ片付けられないわよ」


 エリカがぼそぼそとわたしに言うと、わたしの背後で「ふうん」となぜか愉快げな響きを含んだリリィーナ教官の呟きが聞こえた。

 わたしはリリィーナ教官がどんな表情をしているのか確かめようと振り向いた、刹那、リリィーナ教官の姿は掻き消えた。


 廊下の方で、かすかな足音が遠ざかっていく。


 さっきのあれって、魔法で廊下へ瞬間移動したのかしら。それとも、局員はものすごく速く動けるという、体術の方だったのかしら。


 リリィーナ教官もお茶会には立ち合うはずなのに、ハの字ハムサンドを置いてどこへ行く気なんだろう。


 なんだか変な予感がするような……。


 まあ、いいか。


 いくらリリィーナ教官が悪戯好(いたずらず)きでも『学びの庭でお茶会を』のコンセプトを壊すようなことはしないだろう。

 わたしは楽観的に考え、思考を切り替えた。


「エリカ、お茶の準備をしなくちゃ。すぐにお客さまがいらっしゃるわ」


 元通りになった壁の掛け時計を見れば、10時6分前だ。


 とたん、パーティルームの廊下に面したドアがノックされた。

 最初のお客さまだ。


 いよいよわたし達のお茶会の始まりだ。


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